TBSラジオで月~金曜日の15時30分から生放送中の「ACTION」。木曜パーソナリティは、羽田圭介さん。
5月14日(木)のゲストは三省堂国語辞典編集委員で日本語学者の飯間浩明さん。冒頭では飯間さんがこのコロナ禍で見つけた新しい日本語「オン飲み映え確実」をご紹介。今日は歴史に残る文豪や現代の小説家が書いた新しい日本語について、現代の小説家である羽田圭介さんがお話を伺いました。
その①…夏目漱石飯間:夏目漱石は言葉遣いが結構自由と言われています。当て字も結構多いです。漱石は「バケツ」を「馬尻」って書くんですよ。かなりユーモアのある当て字だと思います。
羽田:漱石の文章って今読んでも全然古くないですよね。論理的で書かれているから、あまり遊びがない文章を書きそうだなと思っていたのですが、単語単位ではそういう遊び心があるんですね。
飯間:今日はひとつ挙げるとするなら、「いさぎいい」という言い方ですね。これは今だったら批判されるんですけど、「いさぎよい」ってありますよね。「潔い態度」とか。
羽田:確かに言われそうですね。
飯間:これは語源を遡ってみると、「いさ」と「きよい」に分かれるそうなんです。「きよい」って「清らか」ですよね。だから、「潔い態度」はすぱっときれいに諦めるときに使います。でも、現代人としてはそんな昔の語源はどうでもいいので、「いさぎ」と「いい」に分けての「いさぎいい」という言い方になります。そうすると、「お前は日本語知らないな」と言われてしまいます。そこで力強い味方となる夏目漱石の文章を読んでみると、「いさぎいい」が出てくるんですね。『彼岸過迄』という後期の作品を読んでみると、「いさぎいい光を四方の食卓から反射していた」と出てきます。これはテーブルにかけた白い布が「いさぎいい光」を反射していると言っています。漱石の意識としても、「いさぎ」と「よい」に分けて、それを江戸弁風に「いさぎいい」にしたんじゃないでしょうか。それで、「漱石は語源知らないんじゃないか?」と言うのはナンセンスで、現代の我々にとっては今どう使うかが大事であって、しかも語源もあまりよく分かっていません。
羽田:芥川龍之介は暗い作品が多いイメージです。
飯間:自ら命を絶った人ですから、ネガティブな考え方が反映されているのは確かなんですが、文章を見ますとこの人は古典に詳しい人なのでその言葉が出てきたり、何百年の語源に遡って書こうという態度がある人ですね。時には現代っぽい言い方もあるんですが。この芥川の時代には別に間違いでもなんでもなかった言葉が、今は間違いと言われたりする言葉の一つに「あかつき」というのがあります。例えば「大学に合格したあかつきには ~」みたいな使い方ですね。このように良いことが起こったときにこうしよう、みたいな文脈で使われます。だから「大学入試で失敗したあかつきには~」とかで使うと間違ってるよと言われます。では芥川龍之介はどうだったのかを調べると、マイナスの意味で使ってるんですね。『邪宗門』という小説の中で、「予を殺害したあかつきには」とフレーズがあります。
羽田:確かにマイナスなときに使ってますね。
飯間:「俺を殺害したあかつきには、お前は刑を受けるぞ」ということを書いています。マイナスな場合で使ってますね。羽田さんはご自身の文章で「あかつき」はマイナスのときに使いますか?

羽田:使わないと思います。僕がどの言葉を正しいとする、間違いとするというのは読書で培われてきたので、先人たちがなかなかマイナスの意味で「あかつき」を使ってこなかったので、僕も使わないと思います。
飯間:おそらく戦後になってからプラスの意味で使われていることが多くなっていますね。でも歴史を遡ってみると、芥川だけでなく他の作家も「あかつき」をマイナスの場合で使っていることが多いようです。
羽田:それは見落としてました。この「あかつき」の使い方は辞書的にはどうですか?
飯間:従来の辞書は調べる範囲がどうも狭かったみたいで、プラスの文脈でしか例文は載ってないですね。ただ中にはよく調べた人もいらして、辞書を作る私の先生の世代の人が芥川とか昔の文献を調べてみたら、マイナスの意味での使われていることが明らかになったんです。だから辞書を作る人も、見る範囲が狭いと説明も偏ってしまうんです。
このほか現代の小説家の言葉の使い方について伺いました。
◆5月14日放送分より 番組名:「ACTION」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200514153000