TBSラジオで放送中の「ACTION」。木曜パーソナリティは、羽田圭介さん。

7月9日(木)のゲストは、作家の中村文則さん。なんと、ご自宅のあらゆる箇所で水漏れが発生している大変な中、出演してくださいました…!今日は中村さんの最新作『逃亡者』について様々な観点から、羽田圭介さんがお話を伺いました。

『逃亡者』あらすじ…
第二次世界大戦時、「悪魔の楽器」と呼ばれるトランペットが旧日本軍兵士を鼓舞し、一つの作戦を成功に導いた。そして時は現代、そのトランペットを手にしたフリージャーナリストが謎の人物や宗教団体に追われる身となってしまう…。

宗教について
羽田:中村さんはデビューのときはそんなにだったと思うんですが、いつからか宗教について小説で書くようになっていましたよね。いつぐらいからなんですか?

中村:僕は無宗教なんですが、世界的な問題を調べていると、宗教が悪い意味として出てくることが多いです。僕個人で言うとドストエフスキーとか太宰治とか、文学からキリスト教や宗教の知識を得ていますね。だからもともと興味はありました。『教団X』では宗教の悪い面を強調したのですが、今回は宗教にハマってしまう人の気持ちも分かるというか、一概に否定するわけにはいかないんじゃないかという思いがあったり。

中村文則が語る『逃亡者』の宗教、差別、戦争の画像はこちら >>

中村:あと、日本の人権や平等思想というのはいつから来たのかも興味があって。日本ってもともと悪い殿様とかからずっと弾圧を受け続けてきた歴史があるんですけど。これは小説でも書きましたが、最初キリスト教が日本に入ってきたときに、宣教師たちは「愛」という言葉をどう訳したか。
「神の愛」が日本の「愛」だと性愛的な意味も入って違うので、どう訳すかを苦心して、「御大切」と訳したと。当時は戦乱の世なので、日本人に命が大切という概念は薄いんです。その中でも「一人ひとりの人間は大切なんだ」という今では当然なんですけど、「愛」を「大切」と訳したところがもしかしたら日本の平等の最初かなと思って。それで「島原の乱」というものがあります。この島原の乱の一揆側のほうから幕府側へ文を結んだ矢が飛んでくるんです。その矢には、「天地同梱 万物一体 一切衆生 不撰貴賤」という言葉が載ってて。これは「天も地も全て一体で、全ての人間存在に上下はない」という言葉なんですけど。これが平等を謳ったフランス革命より100年早いんです。このキリスト教の教えがこう昇華したのが面白いなと思って。で、これは後の江戸幕府、明治政府、昭和の大戦中なんかでは絶対に受け入れられない思想なので。それを支配側は感じ取って、徹底的に弾圧するんですけど。こういう流れがあったことを書いておきたい思いはありますね。
あと僕自身のルーツが長崎にあるので、そういうことが重なったところはありますね。

差別について
羽田:作中で「なぜ差別的発言をしてはいけないのか」について、「答えはそれが社会的動物の知恵だから」とあります。また、「表現の自由の領域にない」ともありますね。日本では気付かずに差別的行動を起こしている場面が多いと思うんですが、中村さんはいつから差別に意識的になっていますか?

中村:文学を通してですね。いろいろ読んできたので、そういうものの関心はありましたね。僕は基本的に社会問題や政治問題もほぼ文学から入ってきてますので。人間って社会的動物なんです。社会的動物って群れる性質と他集団と争う動物的性質がどうしてもあるんです。差別ってその人間の個人の内面を見ないじゃないですか。「〇〇人」ってだけで判断して否定的に選別されてしまうので。その個人の内面を見ずに、属性だけで否定すると集団的な争いにどうしても展開しやすくなります。人間の歴史はそれを常に繰り返しているので。

だから社会的な知恵として差別はなくしたほうが世の中はスムーズに行くというのがそもそもあるんですけど。日本だとなかなか難しいですね。だからこそ言い続けなければいけないと思っています。
中村文則が語る『逃亡者』の宗教、差別、戦争

羽田:ちゃんと見ようとしないで形式に当てはめて「お前はこうだ!」と決めつけることが差別の正体かなって思います。疲れていると、全部自分の見たいようにしか見たくない側面ってあると思うんです。だから差別って、誰の心の中にも疲れたときとかに起こる決めつけかなって、小説を読んで思いましたね。

中村:あと「差別なんかない!」っていう人もいますよね。「そんなものはないんだ!」という人。これって「嫌な面は見たくないから、ないであってほしい」という気持ちですよね。

このほか、作中の戦争の話も伺いました。

◆7月9日放送分より 番組名:「ACTION」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200709153000

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