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音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる音楽コラム(2021/6/10)
「 映画『クルエラ』をより楽しむための音楽ガイド」高橋:本日はこんなテーマです!「映画『クルエラ』をより楽しむための音楽ガイド」。
高橋:映画の劇中で使われている音楽を解説するシリーズ、今回取り上げるのは5月27日に公開になったディズニー映画最新作『クルエラ』です。
スー:ここ最近ディズニーはヴィランのターンにきていますね。
高橋:ヴィランの実写映画化が着々と進んでいますよね。クルエラはご存知ですか?
スー:『101匹わんちゃん』に出てくるヴィランですよね。
高橋:そう、本名はクルエラ・ド・ヴィル。白黒の髪、痩せこけた頬、そして毛皮のコートがアイコンで。この映画は、そのクルエラの若き日の姿を描いた『101匹わんちゃん』の前日譚ですね。まずは映画の概要を紹介しましょう。
ディズニーアニメ『101匹わんちゃん』に登場した悪役クルエラの誕生秘話を、『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン主演で実写映画化。1970年代のロンドンを舞台に、ファッションデザイナーを夢見ていた少女エステラが徐々にヴィラン「クルエラ」となっていく過程を描く。監督は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ガレスピー。
この『クルエラ』、ディズニー実写映画の最高傑作との呼び声もちらほら上がっているんですけど、たとえるなら『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』と『プラダを着た悪魔』と『オーシャンズ』シリーズとティム・バートン版『バットマン』のいいとこ取りみたいな快作で。
スー:盛り込みに盛り込んだね(笑)。
高橋:フフフフフ。今週月曜日に発表になりましたが、まだ公開まもないのにすでに同じクレイグ・ガレスピー監督で続編の製作が決定していますからね。そのぐらい評価が高いということなのでしょう。
そんな『クルエラ』の大きな魅力を担っているのが音楽なんです。舞台が1960年代中盤、そして1970年代中盤~後半ぐらいのロンドンということもあって、全編を通して当時のロックやポップスがひっきりなしにかかり続けるんですよ。
スー:へー、パンクとか?
高橋:もちろん、時代背景的にパンクもかかります。トータルで35曲ぐらいかな?この大量に投入される60~70年代のロック/ポップスが、グラマラスなファッションと共に映画のスタイリッシュなイメージを決定づけていて。ちょっと雰囲気をつかんでもらう意味で、劇中で流れる音楽から一曲聴いてもらいましょうか。『101匹わんちゃん』の前日譚ということから挿入歌には犬にちなんだ曲がいくつか含まれているんですけど、これはそのうちのひとつですね。マニアのあいだで人気の高い1969年発表のファンキーなソウルナンバーです。
M1 Watch the Dog That Bring the Bone / Sandy Gaye高橋:では、ここからは『クルエラ』の挿入歌からストーリーと緊密な関係にある重要曲をネタバレを回避しつつ3曲紹介したいと思います。サウンドトラックに収録されている曲や予告編で使われている曲など、すでに劇中で流れることが情報として出回っている曲に限定して選びました。
まずはナンシー・シナトラの「These Boots Are Made for Walkin'」。アメリカ/イギリスの両チャートで1位に輝いた1965年の大ヒット曲です。歌詞は「このブーツは歩くためのもの。でも、いつかこれであなたを踏みつけていくことになるよ」という内容で。
スー:イエーイ!
高橋:ポップスにおけるウーマンリブ/フェミニズムの先駆けといえる曲ですね。映画では直近でいくと女性版オーシャンズの『オーシャンズ8』で効果的に使われていました。この『クルエラ』でもいよいよエステラが天才的なファッションセンスを発揮して、まさに既存のファッションのモードを踏みつけるようにして頭角を表していくタイミングで登場します。しかも、そのシーンでエステラは流れてくる曲に合わせて一緒にリズムをとりつつ口ずさんでいたりもして。予告編で使われていた曲であることも考えると、今回の映画の裏テーマソングといってもいいかもしれませんね。エステラはファッションデザイナー志望ですから、ブーツをモチーフにして自立した奔放な女性を歌った曲を当ててきたのも洒落ていると思います。
M2 These Boots Are Made for Walkin' / Nancy Sinatra高橋:いま蓮見さんが曲を聴きながら『うたばん』が始まりそうだっておっしゃっていて。
蓮見:はい、そんな感じがしました(笑)。
高橋:いや、まさに『うたばん』のオープニングで使われていた曲なんですよ。
蓮見:そうだったんですね。へー!
高橋:続いてはアイク&ティナ・ターナーの「Come Together」、1970年の作品。ビートルズのカバーですね。
この映画ではアイク&ティナ・ターナーによるロックの名曲カバーが2曲流れるんですよ。これから聴いてもらう「Come Together」と、もうひとつはレッド・ツェッペリンの「Whole Lotta Love」。
高橋:なぜオリジナルではなくティナ・ターナーが歌うカバーバージョンを使っているかというと、なにせビートルズとレッド・ツェッペリンですから許諾が下りなかったのかもしれませんが、自然に考えれば女性シンガーに歌わせることによってエステラ/クルエラの心情を代弁させようとしているのでしょう。わざわざ同じアーティストのカバーを選んでいるわけですからね。
それぞれの曲がなにを意味しているのか。まずレッド・ツェッペリンの「Whole Lotta Love」は愛の飢餓感を歌った曲ですが、これはエステラをひとりで育ててきた彼女の唯一の理解者の母への愛、あるいは物語のキーになるエステラが母から譲り受けたペンダントに対する執着を表しているのではないかと。一方のビートルズの「Come Together」はエステラの宿敵、彼女の運命を大きく変えることになるカリスマファッションデザイナーのバロネスへの復讐/逆襲の狼煙として使われています。
「Come Together」は「いますぐ一緒に行こう、集まろう」と呼び掛ける歌ですが、果たしてここでクルエラは誰を招集しようとしているのか、というところですよね。
高橋:蓮見さんより今度は映画『アルマゲドン』でこの曲を聴いたことがあるとのご指摘がありましたが、まさにまさに。『アルマゲドン』の劇中ではエアロスミスによる「Come Together」のカバーが使われています。
蓮見:ビンゴですか?ですよね!
スー:今日の蓮見さん、すごい!
高橋:フフフフフ、素晴らしい! それでは最後、こちらは新録曲です。劇中でクルエラの相談役を担うビンテージショップの店員、アーティを演じるジョン・マックレアが歌う「I Wanna Be Your Dog」。これはパンクのゴッドファーザー、イギー・ポップが在籍していたストゥージズの1969年の作品のカバーですね。
スー:へー、カバーなんだ。
高橋:この「I Wanna Be Your Dog」は映画のハイライトといえるとあるシーンで流れるんですけど、ここで思い出してもらいたいのは『101匹わんちゃん』でクルエラがなにを企んでいたかということですよね。
スー:犬の毛皮で服をつくろうとしていたんだっけ?
高橋:その通り。彼女は子犬のダルメシアンをさらってきて毛皮のコートをつくろうと画策していましたよね。それを踏まえると、「I Wanna Be Your Dog」(あなたの犬になりたい)なんてタイトルの曲が流れてきたときの不吉さ/不気味さったらないわけですよ。なのでちょっとゾッとするシーンではあるんですけど、クルエラの残忍さを過激な歌詞とパンキッシュなサウンドで打ち出した名場面/名選曲だと思います。
スー:ディズニーは『眠れる森の美女』の魔女マレフィセントからヴィラン作品の実写映画化を始めたわけですが、いままで画一的/一面的に悪者として描いてきたキャラクターたちがなぜこういうことになったのか、そのバックグラウンドの多面性/多様性を見せるターンに入ってきているということですよね。このクルエラも『101わんちゃん』ではただの悪者として描かれていたけれど、決してそうではないんだと。
高橋:そう、そこに至るまでのストーリーがつくられ始めたということですね。
M4 I Wanna Be Your Dog / John McCrea高橋:以上、映画『クルエラ』の挿入歌を紹介してきましたが、冒頭でも触れた通りこれは劇中で流れる30曲以上に及ぶロック/ポップスのほんの一部にすぎません。まだまだ魅力的な音楽シーンが山ほどあるんですよ。
たとえば、クルエラの本名のクルエラ・ド・ヴィルの「ド・ヴィル」。これは「デビル」をもじったものになるんですけど、そんな彼女が悪の女クルエラとして生きていくことを誓うシーンで聞こえてくる曲ですよね。これがなんとも贅沢な使い方で悪魔に関連したロックの名曲が2曲メドレーで流れるんですけど、もうブリティッシュロックファンにはたまらない選曲だと思います。
スー:つまり大人でも十分に楽しめる映画ということですよね。「ディズニーの」「『101匹わんちゃん』の」という触れ込みからくるイメージとはまたちがった作品になっていると。なるほど、見てみたいです!
高橋:音楽の使い方も含めて、これまでのディズニー映画にはなかったタイプの攻めた作品だと思います。劇場はもちろん、ディズニープラスのプレミアアクセスでも配信されているのでぜひチェックしてみてください!
◆6月10日放送分より 番組名:「ジェーン・スー 生活は踊る」
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