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8月11日(金)放送後記
「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は『イノセンツ』(2023年7月28日公開)。です。
宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは日本では7月28日から劇場公開されているこの作品、『イノセンツ』。
不思議な力に目覚めた子供たちの姿を描いた、ノルウェー産のサイキックスリラー……まあ、合作ですよね(註:ノルウェー・デンマーク・フィンランド・スウェーデン合作)。9歳の少女イーダは、両親、自閉スペクトラム症の姉アナとともに、郊外の団地に引っ越してくる。そこで不思議な力を持つベンとアイシャに出会い、親しくなるのだが……ということです。イーダ役のラーケル・レノーラ・フレットゥムさんを含め、メインの子役4人はみんな、ノルウェーのアカデミー賞と称されるアマンダ賞にノミネートされた……全員、主演賞にノミネートされたんですよね。監督は、『わたしは最悪。』で第94回アカデミー脚本賞にノミネートされた、エスキル・フォクトさんです。
ということで、この『イノセンツ』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。
「正直『原案:大友克洋『童夢』』と入れなきゃダメなんじゃないか」(リスナーメール)
代表的なところを要約しつつご紹介させていだきます。ラジオネーム「マカ・ママレード」さん。「『イノセンツ』、見てきました。子供たちの邪心がない純粋な感性が見せる、底なしの残酷さに戦慄を覚える作品でした。主人公のイーダが自閉症の姉アナをつねるオープニングから、猫に対するベンの残虐な行為、アイシャのひとり人形遊び、アナのお絵かきなど、それぞれの子どもたちの性格や能力、個々の関係性などを言葉で説明するのではなく、冒頭から映像でしっかり明示していく語り口の巧さに唸らされました。また、子供たちの中でも一際残虐性を発露するベンが時折見せる、自身が傷つけた者を思い涙する姿など、一面的ではない(だからこそ恐ろしい)キャラクター造形も印象に残るものでした」……先ほど(番組内でも)言ったけども、ちょっとギョッとするところはあるんだけども、そこで本人はちょっと、自分のやってしまったことに涙したりもしてるんですよね。
「クライマックスで描かれる、『ジョン・ウィック:チャプター2』でのコモンとキアヌの対決の一場面のような、かつ『童夢』も彷彿とさせる『当の本人はものすごい殺し合いをしているが、周りの人たちは全く気づいていない』という緊張感あふれるコントラストにも惹きつけられました。全編を通して見方によって、超能力が本当に発露したとも見えるし、あるいは子どもたちの妄想か偶然が重なった結果の顛末に見えるのも面白かったです」。
一方、ダメだったという方。「石黒直樹」さん。「はじめてメールいたします」。ありがとうございます。「8月3日に新宿ピカデリーにて『イノセンツ』を見ました。閉じた子供だけの世界で繰り広げられる、幼いがゆえの残酷さがエスカレートしていくひりついたドラマは、かなり人を選ぶと思いましたが、緊迫感満点で面白かったです。映画としては高評価なのですが、それゆえに大友克洋の『童夢』からの引用の露骨さがかなり引っかかりました。
特にラストのベンVSアナ&イーダの戦いは、『童夢』でのエッちゃんvsチョウさんのラストバトルにまんま過ぎて、これはインスピレーションとかオマージュじゃなく、パクリと言われても仕方ないレベルでアウトではと。
ということで私も『イノセンツ』、TOHOシネマズ日本橋で2回、観てまいりました。特にですね、TOHOシネマズ、安い日だった1回目の方はですね、小さいスクリーンではありましたけども、ほぼもう座席が埋まった状態で。普通の日の方もそこそこ入ってたんで、静かに評判が広がってる、という感じがちょっとしましたね。
クライマックスは確かに『童夢』まんま! だが……映画として大変優れている
ということで、北欧版『童夢』という触れ込みでね、私も聞いていた本作。念のため、最速で説明をさせていただくと、1980年から81年に連載され、1983年に単行本が出た、大友克洋による、日本漫画史に燦然と輝く超絶大傑作『童夢』。私、完全リアルタイム世代でございます。日本の漫画表現の、ひとつの到達点。いまだにそうだと思います。今でも読み返すたびに度肝を抜かれます、という一作でございます。
現在は、講談社『OTOMO THE COMPLETE WORKS』8巻目、というのが一番手に入れやすい状態になっています。
で、実際に観てみてどうだったか? 僕なりの結論というのを、ちょっとその部分に関して先に言っておけばですね……クライマックスまでは、要は大半の部分は、「いや、たしかに通じるところは多いけどもね。でも、少年少女の超能力物って、別に『童夢』が最初ってわけじゃないからさ……たとえば『キャリー』とか『フューリー』とかあるわけで。あとは大友克洋自身ね、『童夢』を『エクソシスト』の影響で描いた、っていう風に言ってるんで……なので、なんでもかんでも“日本が誇るコンテンツ”に結びつけて論じたがる傾向っていうのは、どうなんですかね?」なんて思いながら、観てたんです。クライマックスまでは。なんですが、だんだん「ああ、ここはたしかに『童夢』っぽいな」とかね、「ここは『AKIRA』っぽいな」みたいなところが、ちょっと増えていってですね。
最終的にクライマックス。「団地の中庭での、表面上は静かな最終対決シーン」に至りまして。「ああ、その要素も! その要素も……その要素も! 足してくるんだ! だったら……」って。
少なくともクライマックスシーンに関して言えばですね、先ほどのその石黒さんのメールにあった通りで、僕も、エンドクレジットに、「原案」を探しました(笑)。「原案って入ってないかな?」っていう程度には、まあ割とはっきり『童夢』そのままの要素が、めちゃくちゃ多いです、クライマックスは。
ただですね、本作における面白いところ、ユニークなところというのは、むしろそこまでの、もちろん『童夢』とはまた違う視点とかテーマの、あるいは『童夢』以上にその「子供だけが持つ超能力」というものの意味を深く掘り下げてもいるところだ、という風に僕は思うし。特にその、子供たちの素晴らしすぎる演技を含めて、映画としての見せ方が、大変優れている作品であるのは間違いないところなので。なんていうのかな、その『童夢』に似ている要素があるからといって、簡単に「見切った」気になってしまうのもどうなんだ、っていうか。そんな簡単に見切っていい作品でもないと思うんですよね。そんな感じがいたします。
監督としてのエスキル・フォクト、前作との共通点
脚本・監督のエスキル・フォクトさん。ノルウェーの方でございます。アカデミー脚本賞にノミネートされた『わたしは最悪。
ちなみに『IGN Japan』のタニグチリウイチさんによるインタビュー記事の方ではですね、「『童夢』からの影響は最後のシーンに大いに表れていると思う」なんてことをはっきり言いつつですね、「この映画が世界のいろいろな国で公開されて、どういった作品から影響を受けたといった批評が出ても、そこに『童夢』は挙がってきません。どうやら『童夢』が絶版になってしまっていて、読んだことがない人が多いみたいです。だから、『童夢』をよく知る日本の人たちに、そのことを感じ取ってもらえるのはとても嬉しいことです」なんてことを言っていたりするんですけどね。他のインタビューでは「他の国ではバレなかったけど、日本ではバレてしまいますね」みたいなことも言ったりするんですけども(笑)。
ということで、『童夢』要素の話はちょっと、ひとまずこのぐらいにしておくとして。そのエスキル・フォクトさん。さっき言ったようにですね、本作が監督としては2作目で。2014年に、まず日本タイトル『ブラインド 視線のエロス』というね、こういうの(邦題)がついてる作品を出しているんですね。これ、日本では劇場未公開、DVDスルーで。まさにいつも(映画監督/脚本家/スクリプトドクターの)三宅隆太さんにおすすめいただいてるような、「一見いわゆる“文芸エロス”というパッケージングなんだけど、実際観ると結構感じが違くて……」みたいな、まあ堂々たるアートムービーでございまして。実はサンダンスで脚本賞を獲ったりとか、世界的に賞をいっぱい獲って、評価されている一作でございます、この『ブラインド』。
まあ、中途失明した女性が、夫の行動を妄想し始めて。それがどんどん彼女の内面を反映した独自の物語となっていって……で、どんどん、映画としては現実と虚構の境がシームレスになっていく、みたいな話なんですけども。主人公の内面と外側の世界が、距離を隔てて共鳴していく……たとえば、離れたところにいるはずの夫の行動が、あたかも自分のすぐそばでというか、そこで体験していることように感じられていく、とか。あとは、それを限りなく主観的な、「近い」視点で見せていく……対照的に非常に突き放したロングショットとの効果的な併用で、それを見せていく、みたいなあたりも含めてですね、映画の語り口として、今回の『イノセンツ』とはっきり通じるものがある作品でございました、『ブラインド 視線のエロス』。すごく良かったですね。面白かった。
で、今回は、そのアート映画的な語り口……言うてもこの『ブラインド』の方は若干、頭でっかちな感じの映画ではあるんですけども、今回はそのアート映画的な語り口、テクニックを、ホラー映画的、ジャンル映画的な枠組みに持ち込んでみせた、ということじゃないでしょうかね。
ちなみに『ブラインド』の主人公イングリッドというのを演じているエレン・ドリット・ピーターセンさんというのは、先ほど言った『テルマ』にも出ているし。今回の『イノセンツ』の実質主人公的なイーダの、お母さん役ですね。しかも、イーダ役のラーケル・レノーラ・フレットゥムさんの、実のお母さん! だからあんなに、顔もそっくりなんですね。
あるいは、同じく『ブラインド』で、エイナーという孤独な男……というイングリッドの妄想を演じていた、マリウス・コルベンスツゥベツさんという方はですね、今回の『イノセンツ』では、あの、「石を持つ男」役で出ていますね。まあ、どっちにしろかわいそうな役なんですけども(笑)。みたいな感じ。
「子供たちだけの世界」モノとしてまず素晴らしい
ということで、『イノセンツ』でございます。無垢なものたち……すなわち、子供たち、ってことですよね。もっぱら彼らの視点、子供たちの視点、彼らの目線で進んでいく作品であります。
オープニング、本作の実質主人公のイーダの、顔のドアップですね。なんかゆらゆらと明滅する光から、どうやらこれは車の中なんだなと。で、画面の外から、何やら奇妙な声が断続的に聞こえてくる。それは実は、引っ越し中の車内で、声の主は、隣にいる、いわゆる自閉スペクトラム症と思われる、お姉さんのアナであると。これ、アルバ・ブリンスモ・ラームスタさんという方が演じていらっしゃいます。この方は(自閉スペクトラム症当事者ではなく)演技でこれをやってるわけですけど……そんな状況がだんだんわかってくると。先ほどのメールにもあった通り、いろんな状況とか設定説明が、セリフじゃなく、手際よくわからせていくのがすごいうまいですね、この監督ね。やっぱりね、そこは脚本家でもあるんでね。
とにかく本作はですね、この冒頭の時点では、コミュニケートが困難なこのお姉さんに、人間的な内面を感じられていなかったこの妹イーダ。で、そもそも両親はこのお姉さんの世話に必死で、自分は放っておかれるという状況に、不満、鬱屈を溜め込んでいた、という妹イーダがですね、最終的には、お姉さんの内面というのを知り……お姉さんの内面にタッチし、そして、親の胸に飛び込んでいくまで、の話なんですよね。彼女が家族との関係を取り戻していくまでの話なんです。とっても一貫してる、ということでございます。で、引っ越していくわけですね。引っ越し先の団地、山の上に団地が見えるわけです、車の中から。
引っ越し先の団地はちょうど夏休みで、人がまばらなんです。つまり、そもそも大人たちの監視の網が手薄になっている、という状況。その中で、それぞれに親のケアを十分に受けられない、一人で何とかするしかない子供たち……しかも、既存の子供たちのコミュニティの中にも、いろんな理由で入っていけない子供たちが、ポツンポツンと、寄り添い合うように親しくなっていく。
たとえば、さっき言った通りイーダの場合、両親はお姉さんの世話にかかりっきりで、「あんた、自分で何とかしなさい」だし、時にそのお姉さんアナの面倒も、一人で見なきゃならない。ちょっとヤングケアラー的なところもあったりする。
あるいは、そのイーダとまず親しくなる、少年ベン。これを演じるサム・アシュラフさんは、お父さんがインド系でお母さんがペルシャ系というルーツを持つ方ですけども。劇中では、お父さんの存在はなくて、お母さんから、おそらくちょっと、乱暴な育て方をされてるというか、虐待的な扱いを受けてるのではないか、と推察される男の子。
また、お姉さんのアナと精神的に完全シンクロするアイシャという女の子は、ヨーロッパ系のお父さんは写真立てかなんかに写っていて、他界でもしているのかな、みたいな感じ。で、アフリカ系移民のお母さんが、一人でどうやら、もうシクシク泣いたり、大変な思いをしながら……おそらく差別なんかも受けながら、大変な苦労をしながら育てているっぽい、みたいな。
で、このように、孤独で放っておかれている子供たち、って意味では共通してるんだけども、家庭環境とか社会背景の違いっていうのも、それぞれにあって。それが後に、彼らの行動の違いにも反映されていく、っていう感じですよね。いずれにせよ、大人的な社会性、社会規範とは隔絶された子供たち、わけても、特に子供たちの中でも孤独な彼ら四人だけの世界が、この団地の中、すなわち中庭と、池と、森と、地下室……この映画を観ると、この団地の地形が頭に入るんですね。地形が頭に入る映画はいい映画です!という。この団地の中の世界というのが、この子たちの間にだけ、広がっていて。で、念動力的なものとか、テレパシー的なものっていうのは、あくまで彼らの間で交わされるコミュニケーションの中にのみ、生じるなにかで。お父さん、お母さんたちの前では、決してそれは生じないなにかなんですね。だから本作では、「超能力」っていうワードは一回も出てこないですし、大人たちがそれに客観的に気づくこともない、っていうことになってるわけです。
その意味で、本作はですね、『禁じられた遊び』的な子供映画というか、「子供たちだけの世界」物の系譜……最近では『怪物』とかもそういう要素ありましたしね。『ミツバチのささやき』とか、なんだろうね、『フロリダ・プロジェクト』とか、みたいなような、そういう系譜でもありますよね。
ちなみに、本作における素晴らしい子役演技。監督はですね、大人と全く同じように、シーンとかセリフの意味をしっかり理解してもらってから、特に適切な感情表現の仕方っていうのを引き出しながら、演じてもらった、っておっしゃってます。子役だからって、サプライズ的な演出をするってことには、監督はすごくはっきり、批判的な発言もされてたりしますね。「それは子供にちょっとトラウマを与えるから、よくない」みたいなことをおっしゃっています。
善にも悪にも転じうる人間の可能性、その危なっかしさから目が離せない!
とにかくそんな感じで、子供たちだけの目線、世界……ゆえに、善悪の線引きも時に曖昧というか。無垢ゆえに、ネガティブな感情を行動に転化することに躊躇がない。特に、おそらく家庭内がそれなりに暴力な雰囲気でもあるっぽい、そして周囲からも暴力的な扱いを受けてきたっぽい、ベンくんはですね、特に危うさを抱えていて。一方で、そもそも「共感力」っていうのがその能力であるらしいアイシャさんは、一貫して、善意を発揮する存在でもあるわけです。
つまり、子供だから、社会的な規範としての善悪っていうのはまだ(判別が)できてないんだけど、内側から発露する何かとしての善悪、っていうのはあって。つまりこれは、人間というものの本質的な両面性、その可能性……人間の善の可能性、悪の可能性、どっちへも転びうる可能性の話をしてる。だから、その能力をどう使うか、とかっていうような話になっていって。ここが僕、なぜ子供たちが、もしくは子供的な内面を持った人が超能力を持って、それで(最終的には)戦い合うのか?っていう意味づけとして、『童夢』よりもちゃんと掘り下げてるところだと思う。本作がすごく優れてるところだと思います。
なのでですね、彼らがまさしく無邪気に、いわゆる超能力をですね、要するに念動力みたいなものを見せた後で、「わあ、すごーい!」「うおー、どうやってやったの?」みたいに言ってるところで、「ええと、私はね……肘をこうやって(外側に少しだけ)曲げられる!」みたいなね(笑)。全く同じ調子でね、超能力を楽しみ。でもいろいろ、「これならどうかな? これならどうかな?」って言ってやっていくうちに、どんどんどんどんパワーを増していく様が、微笑ましくも……危なっかしい。子供たちのみの遊びという意味で、微笑ましくも危なっかしいという意味で、目が離せないのよ!(笑) 目が離せないの、この映画。「君ら、大丈夫か?」みたいな感じでね。
全編とても丁寧、テクニカルで、緊張感が途切れない
で、細かい話ですけどね。たとえば前半。イーダがですね、すごくいらついてるわけですよ。放っておかれているから。で、お姉さんアナの靴にですね、かなり危険な、はっきり邪悪ないたずらを仕掛けるところがあります。で、その仕掛けたガラスで指を切っちゃったイーダがですね、その指をなめようとした瞬間、やや食い気味のテンポで、(梱包用の)プチプチを彼女がイライラとつぶしてるところに……要するに、指をなめようかっていう瞬間に、プチッ、プチッ、プチッて音がするわけ。なんか知らないけど、すごいドキッとする、食い気味のテンポの編集がされていて。そういう、画面構成とか編集とか音とか音楽の使い方が、全編、とても丁寧、テクニカルで。一見、何も起きていないような場面でも、緊張感が全く途切れない作りになっているところも、本当に優れてると思います。
また、後半ですね、ベンがどんどん、それこそ『AKIRA』の鉄雄くんばりにですね、「闇落ち」していく中ですね、あの、お母さんについ能力を使ってしまうくだりで。その前のところで彼が、インド料理のチャパティを食べて、開けた穴から……要するに彼が何に「狙いをつけている」のか、っていうのを、覗いて見せていく、っていう。その見せ方もすごいうまいし。
あと、たとえばですね、それこそ『童夢』よろしくですね、他の人間を操り、人を攻撃させる術をベンくんが身につける。で、家に帰ろうとするイーダとアナとお父さんがいる。そうすると、後ろに……これ、画面はシネマスコープで、横長だと思ってください。左側の道を、こっち側、手前の方に向かって歩いてくるアナ。そうすると、後ろの方からずんずん歩いてくる黒い服の男が、一瞬見えるわけです。「あれ? 怖い!」って思うんだけど、カメラはそのまま、右側にパンしちゃって。で、団地の中に入ってく一家を捉えるわけです。なので、「今、そっち側から、左側からやって来た男、たぶんこっちに近づいてると思うんだけど。怖い怖い怖い……」って思ってると、まさに左側から、男がバーン!と入ってきて。フレームインしてきて、閉まりかけのドアをガンガンガンガンッ!ってやるっていう。つまり、シネマスコープ、横長の画面を、非常に生かしたサスペンス、ショック演出、みたいな。こういうところもさすが、うまいですよね。といったあたりでございます。
土壇場の「覚醒」展開、地形の生かし方、お見事!
またですね、あくまで子供の世界の話として徹底している本作。歯止めが利かなくなったそのベンくんの暴走を止めるのは、もうね、ちょっとお姉さんも頼れないし、もう自分しかいないのか!っていうイーダ。彼女だけは、能力がないんですよ。なのに、「もう、ちょっと行きがかり上、自分が止めるしかない!」とばかりに覚悟を決めるイーダの、まあ健気なこと、不憫なこと。お母さんにね、「意地悪されたらどうする?」「えっ、大人に言う」「自分が大人だったらどうする?(言う人がいなかったら、どうする?)」みたいなことを聞く、かわいそうなイーダ。そして、「もう、しょうがない……!」って、彼女にとっては、「決戦」ですよね。決戦に出かける、覚悟をする前に、もう一回戻ってきて、「ママ!」って抱きつく。この、もうちょっと涙なしには観られない、不憫なイーダの姿。こういう、子供映画としても非常に見事なところがありますし。
そして、そんな涙ぐましいイーダの頑張り描写……しかも、イーダが頑張れば頑張るほど、大人の、傍目には全く違うものとして映ってるんですよ。これがまた、イーダは頑張って物事を解決しようとしてるのに、大人には「なに? あのとんでもない子!」みたいになっちゃってる、みたいなね。
でも、この描写があればこそ、クライマックスですね……たしかに、全体にまんま『童夢』ではあるクライマックス、なんだけどね。『童夢』にはない要素……つまり、「それまで力を持っていなかった主人公の“覚醒”」がしっかり用意されていて。めちゃくちゃ燃える!展開になるわけですよ。アガる!っていうね。そういうところが足されているんで、ある意味ここは『童夢』超えをしているところかもしれないし、とかね。
あとですね、舞台立てとしても……もちろん、展開としてはすごく『童夢』まんまなところもあるんだけど。あの、池を挟んで……さっき言ったようにこの団地の中の地形、あれ、よく見つけてきましたよね。もしくは、その見つけてきた団地の地形をうまく生かした演出をしてるのか。とにかく、「池を挟んでいる」っていうことが、もちろん映画的な距離感を示す、あるいはその水面が動くというその超能力表現にもなるし、あともうひとつ、「ミラー効果」ですね。「もうひとつの世界」っていうのを感じさせますよね。あれを間に挟んでいるのが、めっちゃいい効果を上げている。つまり、『童夢』の映像化として、おそらく大友克洋がやったってここまでうまくやったか?っていうぐらい、よくできてるわけですよ。
ちなみにですね、大友克洋さんは、『童夢』では、今回のそのコンプリートの方に入ってるインタビューで、「目から光線とか、杖を振るとか、そういう記号的じゃない、物質を壊したりへこましたりすることでの超能力表現、っていうのを模索した」という風におっしゃっていて。だから『童夢』はすごいんですけど、その意味では本作、本当にこれ以上ないぐらい……要するに物理的な動きでのみ、超能力を表現する。なんなら超能力ってワードを使わずに、というかね。そういうところもね、見事にやっていて、ということですよね。
「『童夢』+α」な子供映画として、文句なしに面白い! ただまあ、やっぱ……(笑)
あとはその、たとえば子供が出てくる映画で暴力的な描写もありますけど、ハリウッドだったらここまでは踏み込まないだろう、っていう一線を、まあこれは北欧、さすが余裕で踏み越えてくる!ところも含めてですね、非常にスリリングです。といったあたりでございます。
まあ『童夢』的な要素ももちろん強いですが、『童夢』プラスα、『童夢』のブラッシュアップ版、とも言えるようなところもありますし。先ほどから言ってるように、子供映画の新たな傑作、という面もありますし、というところで。文句なく面白い!という一作だと思います。しかも舞台立て、さっきも言ったように、夏休みなんで! 今、日本のこの夏休み、劇場で観るのにぴったりなんで。今、劇場でかかっている諸々の映画の中で、「面白さ」っていう意味ではかなり(上位に)いくんじゃないでしょうかね。しかも、アート映画的な、見事な丁寧な描写もあります。子供の演技も見事でございます。泣けるし、燃えるし、怖いし、といったあたり。めちゃくちゃおすすめ! 『イノセンツ』、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!
(CM明け)
あーでも、『イノセンツ』、やっぱ……「原案(:大友克洋『童夢』)」のクレジットは、要ると思います……(笑)。