1日、京都サンガF.C.に所属する元日本代表DF田中マルクス闘莉王が都内で記者会見を行い、今季限りで現役を引退することを発表した。これまで熱い魂で日本サッカー界を牽引してきた闘将が、会見で現在の心境や19年間のプロ生活などを振り返っている。
質疑応答など、コメントは以下のとおり
――日本へのルーツでもある日系人のお爺様やお婆様がいますが、2人から聞かされた言葉で印象に残っているものは?
「僕は1998年に来日しましたが、当時は携帯もなく、インターネットもなく、情報もものすごく少ない中で、日本へ来ることになりました。おばあちゃんも、おじいちゃんも、戦前にブラジルへ移民したわけで、あの時の日本と98年の日本の違いがあまりにも多すぎて、環境的なアドバイスは正直、あてになることはあまりありませんでした。でもおばあちゃんにずっと言われていた『日本魂』、『日本人魂』、人に対する『リスペクト』、そういうところはブラジルとは違う。本当に口すっぱく言ってくれたことが、会うたびにそういうふうに言ってくれたことが、日本に来て少しでも文化を理解し、少しでも言葉を話すことつながった。そのおばあちゃんの言葉の意味がどんどん膨らんでいき、やっぱりこういうことを言ってくれていたんだなと。(日本に来て)もう21年、3月で22年になるんですが、(日本に)いればいるほど『日本人魂』、人に対する『リスペクト』というのは大切なものだなと感じます」
ーー 印象的なチームメイトについて
「ありがたいことに、まっすぐ生きてきたせいかわかりませんけど、仲間よりも兄弟のような選手がたくさんできました。血はつながっていないんですが、心がリンクしているような感じが会うたびにしています。本当に数え切れない、もう名前を挙げれば誰かのことを忘れていまいそうで、ちょっと失礼になってしまうかもしれません。ただ、たまに自分は失礼なことをするので、名前を言わせてもらいます。本当に楢さん(楢崎正剛)であったり、岡野さん(岡野雅行)、平さん(平川忠亮)……、もう数え切れないほどの人がいるのでね。一回飲んだだけで、またこの人と飲みたくなる、この人と楽しい時間を過ごしたくなる。たくさんの人たちがいる中で、こんなよそ者を受け入れ、たくさん支えてくれた仲間たちとは、本当に切っても切れない縁だと思います。日本代表の監督でもある森保さんにも、(広島に)入団した当時から色々と食事に連れていってもらいました。いろんな人たちにお世話になったなと、心から感謝しなきゃいけないなと思ってます」

――現在の日本代表には長友や川島ら戦友がいるが、日本代表に伝えたいことや想い
「自慢に聞こえるかもしれませんが、いまだに(W杯)ベスト16の壁があって、一番近くに迫ったのが、越えそうだったのが2010年の代表だと思います。前回(ロシアW杯)の西野監督(が率いる日本代表)の活躍もも素晴らしく、目に光るものがあった。
ーー引退を報告した際の家族の反応は?
もう22年間も日本にいます。年に1回くらい(ブラジルへ)帰って、帰るたびに両親の歳の取りぐあいを見ると、妹に任せきりですごく罪悪感を感じます。もう両親は60歳を過ぎ、200歳ぐらいまで生きて欲しいんですが、それは不可能。少しでも側にいて、支えてやりたいなと思います。