※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の窪田真之が解説しています。
「 [動画で解説]日本株下落強まる 恒大不安 米国債務上限問題は大丈夫? 」
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日経平均急落:中国・米国不安に加え、岸田政権への期待低下も影響
6日の日経平均株価は前日比293円安の2万7,528円でした。朝方、買い先行でいったん前日比387円高まで上昇したものの、すぐに戻り売りが増えて売り込まれました。戻り売り圧力の強さを感じさせる展開でした。
日経平均:10月6日の動き

今週3日間(10月4~6日)の下落は、外国人投資家(投機筋)による日経平均先物の売りが主導したと考えています。
TOPIX(東証株価指数)の3日間の下落率が▲2.2%なのに、日経平均の下落率が▲4.3%と、2.1%ポイントも大きくなっているからです。中国不安と米国不安の両方を受けて、外国人投機筋が世界景気敏感株の日本株先物を売ったと考えています。
とりわけ、香港市場で中国「恒大集団」の取引が3日間にわたり停止されている影響が大きいと思います。ドル建て債の利払いができていない恒大に対して、何らかの発表が出るのでないかと不安が広がっています。
ただし、中国不安・米国不安だけが、日経平均が売り込まれた理由ではないと思います。誕生したばかりの岸田政権への期待がしぼみつつあることも外国人投資家の売りを呼んだと見ています。
政治の変化をよく見ている外国人投資家
日本株の動きを予想する時、「外国人から日本がどう見えているか」を常に考える必要があります。私はファンドマネージャー時代、欧米の年金基金や中東・アジアのソブリンウェルスファンドとしばしば日本株の見方について議論してきました。
その経験から分かっていることを言いますと、まず外国人投資家は日本の政治を良く見ています。
資本主義の構造改革・成長戦略を推進する自民党が選挙で勝って、支持率が高まり強いリーダーシップを発揮する時に、日本株を積極的に買ってきます。自民党の支持率が低下する時には、日本株を売ってきます。
今年に入って菅政権の支持率が低下し、衆院選で自民党が大敗して政権が弱体化する懸念が高まったことから、外国人は日本株を売っていました。
しかし、菅首相が突然退陣表明したことで、「これから選ぶ新総裁の元で衆院選に勝利し、資本主義の構造改革と成長戦略を強力に推進する政権が誕生する」期待が高まったと判断して、株の買い戻しに動いていました。
ところが、誕生したばかりの岸田政権から出たメッセージは、外国人投資家から見て、資本主義の構造改革・成長戦略を強力に進めるメッセージと受け取ることができませんでした。
また、出たばかりのメディア各社の内閣支持率は、45~59%と政権発足直後の調査として低めでした。政権基盤が強化される期待も低下しました。
外国人投資家にとってネガティブに聞こえたポイント
岸田政権の目指す方向として「新しい日本型資本主義」があります。小泉政権・安倍政権が進めてきた新自由主義からの転換を訴えています。
「富める者と富まざる者、持てる者と持たざる者の分断を防ぎ、成長のみ、規制改革・構造改革のみではない経済をめざす」と言っています。
外国人投資家は、小泉政権と安倍政権を高く評価していたので、そこで進めてきた規制緩和や構造改革に否定的であることはネガティブに聞こえます。
岸田首相は、格差縮小も成長も規制改革も構造改革も全部重視すると言っているように聞こえますが、格差縮小に一番力点が置かれていることが文脈からうかがえます。その流れの中で、金融課税強化を打ち出したことは、3つの点からネガティブでした。
【1】ベンチャースピリット育成にマイナス
ベンチャースピリットの欠如が、日本からベンチャーが生まれにくい理由の1つです。リスクを負ってベンチャー起業して成功した時にIPO(新規株式公開)で得られる株式売却益への課税を強化する方針は、ベンチャースピリットの育成にとってネガティブです。
日本に株価を意識しない経営者が多いことを是正するために、ストックオプションなどを利用した株価連動型の報酬を増やす流れが出ていましたが、株式市場から得られる収益に課税を強化する方針は、その流れにも反します。
【2】自分年金作りを推進する方針にマイナス
公的年金だけでは老後の生活費が不足する可能性があることを示唆する報告書が、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」から出されてから、自分年金作りを推奨する流れが続いています。
長期金利がゼロで債券投資では資産形成が難しい時代に、適切にリスクを管理した上で株式投資を採り入れることが求められていますが、株式投資への課税強化はこの流れにも反します。
【3】株式市場に対してフレンドリーでない首相と見られた
欧米では、資本主義の成長戦略を進める政権リーダーは、その成果を見る指標として株価を重視しています。岸田政権が就任早々に株式投資収益への課税強化に言及したことで、岸田政権は株式市場に対してフレンドリーでないと取られた可能性があります。
岸田政権の政策全容が見えているわけではないので、これからのメッセージの出し方で、外国人投資家の見方は変わる可能性があります。ただし、就任直後に出したメッセージからは、株式市場にとってフレンドリーでない首相と受け取られた可能性があります。
外国人投資家は小泉内閣と第2次安倍内閣を高く評価
ここで2001年4月以降の日経平均の動きと、日本の政権推移を振り返ります。
小泉政権発足以降の歴代首相と日経平均の動き:2001年4月~2021年10月(6日)

上のグラフで、外国人投資家の大量の買いによって日経平均がNYダウ平均株価を大幅に上回る上昇率になった年が2回あります。赤丸をつけている、2005年と2013年です。
2005年はNYダウが前年比0.6%下落する中で日経平均が40.2%上昇しました。
この2つの年の共通点は、「解散総選挙で自民が大勝、小泉首相・安倍首相が強いリーダーシップを発揮」したことです。
資本主義の構造改革・成長戦略が進む期待から、外国人が日本株を積極的に買ってきました。米国株以上に、日本株が魅力的になったと外国人が考えた年です。
2012~13年に日本株ファンドマネージャーだった私は、欧米・中東・中国・韓国の機関投資家とよく話しました。国が違っても、日本株を見ている外国人投資家の考えには共通点がありました。
アベノミクスがスタートした2013年によく聞かれたのは以下の言葉です(多数の外国人の言葉を筆者が要約)。「社会主義的な政策を進める政党から資本主義政党に政権が戻ったので、日本株のポジションを増やす」
そうした外国人から見て、岸田政権が就任直後に打ち出したメッセージは、格差縮小・成長・構造改革の中で、格差縮小により力点があると見られかねない内容だったと言えます。
外国人がいかに日本の政治の変化をよく見ているか理解いただくために、小泉政権以降の、解散総選挙前後の日経平均をお見せします。解散総選挙後の大きな動きは、外国人投資家が引き起こしています。
衆院解散総選挙前後の日経平均の動きを比較:総選挙の28営業日前から、58営業日後までの動き

2005年の第3次小泉政権による郵政解散選挙と、2012年12月の第2次安倍内閣がスタートした選挙の直後に、外国人投資家は、日本株を大量に買ってきました。
総裁選・衆院選への株式市場の評価、2つのシナリオ
9月9日のレポート で私は2つのシナリオをお見せしました。
◆株式市場にとってのバラ色シナリオ
◆株式市場にとっての悲観シナリオ
2つのシナリオのどちらに近い展開になっているか、途中経過を評価します。まず、1.総裁選で足の引っ張りあいでなく前向きな政策議論が尽くされる、についてはほぼ完璧だったと私は評価します。
問題は2.3.4.です。
岸田政権が自民党を結束させられたかというと、現時点で疑問があります。組閣人事に違和感を唱える声が自民党内に出ています。
出たばかりのメディア各社の内閣支持率を見ると、国民の支持率を高めて政権基盤を強化することにも、あまり成功していると言えません。かねてより世論調査で支持率が高かった河野太郎氏の処遇にも疑問が出ています。
ただし、始まったばかりの岸田政権の評価は、これから実施する政策によってどのようにも変わる可能性があります。資本主義の構造改革と成長戦略を強力に進める政権と見られるようになれば、外国人投資家の評価は高まります。
最後に注釈です。本レポートでは日本株を動かす外国人の見方を解説することに力点を置いています。特定の政治家や政党を応援する意図はありません。
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2021年9月9日: 総裁選・衆院選どうなる?外国人投資家は日本の政治をどう見ているか
(窪田 真之)