最高値に迫る日経平均。日米合意が文書化され、自動車関税が引き下げられる見込みとなったことが好感されています。

しかし、合意覚書をよく読むと、そこには重大なリスクが潜んでいることが分かります。日米合意の重大リスクと、日本株の投資判断について解説します。


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著者の窪田 真之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日経平均、最高値。日米合意にひそむ重大リスク 」


日経平均最高値に迫る

 8日の日経平均株価は一時4万3,838円まで上昇して、8月19日の日中につけた史上最高値(4万3,876円)に迫りました。大引けは、前週末比625円高の4万3,643円でした。


 三つの材料が上昇に寄与しました。


【1】4日、日米関税交渉の合意内容に基づく大統領令にトランプ大統領が署名、自動車関税が2週間以内に15%に引き下げられる見通しに。
【2】5日発表の8月米雇用統計が弱く、9月17日の米利下げはほぼ確実に。
【3】石破茂首相が辞任を発表、新首相への期待が先行。


 これらの三つの材料に対し、日経平均を動かしている外国人投資家は「買い」で反応したようです。

いずれも、第一印象では好材料と見なせます。私も、三つの材料が、日本の政治・経済が良い方向に進むきっかけになることを期待します。


 ただし、楽観ばかりできるわけではありません。私が一番心配しているのは、日米関税合意に含まれる、対米5,500億ドル(約80兆円)投資の進め方です。


 このままの条件では米国に有利な内容で、米国政府が指示する投資案件への投資が困難となる可能性もあります。トランプ大統領が指示する投資案件への投資を日本が拒否する場合、米国は日本への関税を引き上げると明記されているので、先行きの不安材料として残ります。


対米投資の進め方に大きな問題

 4日にトランプ大統領が署名した大統領令で、日本政府が約束した対米5,500億ドル投資について、「歴史的に重要な合意」「米国政府が投資分野を決定する」と書かれていますが、それ以上、詳しいことは記載されていません。


<日米関税交渉合意、大統領令に記載された内容>
リスクだらけの対米80兆円投資、日経平均は最高値を超えられるか?(窪田真之)
出所:各種資料より楽天証券経済研究所が作成

 対米投資の進め方について、日米両国政府が署名した合意の「覚書」に詳しく記載されています。私が、特に重要と思うポイントは、以下です。


<日米関税合意の覚書、対米5,500億ドルについての記載概要>
リスクだらけの対米80兆円投資、日経平均は最高値を超えられるか?(窪田真之)
出所:各種資料より楽天証券経済研究所が作成

 覚書作成以前は、対米投資について、日米両国政府の理解に著しい隔たりがあったと思われました。覚書によって認識のずれはかなり縮小したと考えられます。


 それでもまだ、重要な認識違いがあると、私は思います。投資案件を実行する主体が、日本企業か米国企業か、そこに重大な認識違いがあると思います。


 覚書に書かれている内容を素直に読めば、投資の実行主体は米国企業である、と取れます。上記概要の中で、赤字で書いた部分を改めてピックアップします。


<日米の認識違い?米国企業が事業主体と解釈される部分>
リスクだらけの対米80兆円投資、日経平均は最高値を超えられるか?(窪田真之)
出所:筆者作成

 覚書を読むと、事業に必要な資金に日本の政策投資銀行などの融資を使うが、事業主体は米国企業が想定されていると考えられます。日本企業が技術を有する分野について、日本企業は事業に必要な技術や材料などを提供するベンダーやサプライヤーとして入るだけと思われます。


 ラトニック商務長官はメディアのインタビューで「日本からの投資は、日本企業が行う投資ではない」とはっきり言っています。日本政府も、日本からの投資は、政府系金融機関を通じた投融資と述べています。その意味では、説明は一致しています。


 失敗するリスクが大きくて、米国の民間企業がちゅうちょする投資案件について、日本の政府系金融機関がリスクを取って、資金をつけて実行させるのが、トランプ政権の狙いと考えられます。投資が成功すれば回収されるキャッシュフローの半分を使って、政府系金融機関の融資は返済されます。投資が失敗に終わった時は、政府系金融機関に巨額の損失が発生するリスクがあります。


対米投資80兆円、トランプ大統領が日本に要請するのは高リスク案件か

 対米投資5,500億ドル(約80兆円)は、リスクが高すぎて、やるべきでない案件が多くなる可能性があります。


 トランプ大統領は、「半導体、医薬品、金属、重要鉱物、造船、エネルギー、パイプライン、人工知能(AI)、量子コンピューティング」など米国の経済・国家安全保障上の利益を促進する分野に投資の焦点を当てると言います。


 ただし、有望分野で、民間企業が放っておいても勝手に投資していく分野については、わざわざ日本に投資を要請する必要がありません。

日本の投資でやらせようとするのは、トランプ大統領がいくらハッパをかけても民間企業がやろうとしない高リスク案件と思われます。以下の投資案件で言うと、カテゴリー2、カテゴリー3が多くなると思われます。


<米国の投資案件:トランプ大統領が日本に要請するのはカテゴリー2・3か?>
リスクだらけの対米80兆円投資、日経平均は最高値を超えられるか?(窪田真之)
出所:筆者作成

 日米合意がなくても、日本企業はこれまでもこれからも、成長市場である米国へ積極的に投資していくことは明らかです。80兆円くらいはやっていくと考えられます。


 ただし、日本企業が自発的に行う米国投資は、日本が約束した対米投資5,500億ドルに含まれない可能性があります。例えば、日本製鉄がUSスチールを買収して実施する投資は、この仕組みに入らないと思われます。


 上の表で、カテゴリー2および3に該当する投資案件が、日本に要請される可能性があります。


対米投資のリスクについて筆者の印象

 日本による対米投資を振り向けたいとトランプ大統領が関心を持っている分野は「エネルギーや半導体、重要鉱物、医薬品、造船など」です。高関税をかけても米国内で代替生産ができるかどうか分からない分野に関心を持っていると考えられます。分野別に、私が受ける印象は、以下の通りです。


【1】エネルギー


 アラスカでの原油・ガス開発への巨額投資を要請してくることが、ほぼ間違いありません。トランプ大統領は、原油・ガスについてこれまでの環境規制を緩和し「掘って掘って掘りまくれ」とハッパをかけています。ところが、思うように開発投資は増えていません。

原油価格が下がってしまったこともありますが、それだけではありません。


 低リスクで容易に開発・増産が可能な鉱区(パーミヤンなど)が、米国内で少なくなってきていることも影響しています。高リスクの新規開発をやらないと大幅な増産は望みにくくなってきています。


 そこで、リスクの高いアラスカでの新規開発を、日本や韓国の投資によって実現しようとしているわけです。仮にアラスカで原油・ガスの採掘に成功しても、それを運ぶためのパイプラインなどのインフラ設備を整備しないと出荷できません。それにも巨額の資金が必要です。


 原油・ガスの採掘に成功し、パイプラインなどのインフラを整備し、安定的に収益を稼ぐようになるまで、長い年月が必要となります。


 日本にとって非常にリスクの高い投融資となります。開発に失敗した時は、巨額の融資焦げ付きが発生します。開発に大成功しても、融資を無事返済してもらうだけで、油田・ガス田やパイプラインの所有権は、米国企業に帰属することになります。もし、そのように割の悪い投融資となるならば、受けることができないと思います。


【2】半導体


 インテルが米国で半導体ファウンドリー(生産受託)事業に進出しようとして、失敗して撤退しようとしていることに、トランプ大統領は非常に不満です。


 日本などの資金を使って、日本にリスクを負わせた上で、なんとしても米国での半導体生産を大幅に増やそうとしていると考えられます。日本は、資金を投入した上で、半導体材料や半導体製造装置をベンダーとして供給することが求められると思われます。


 しかし、どんなに巨額の資金を投入しても、技術力が不足している分野で投資が成功する可能性は低いと思われます。


 TSMCが米国で立ち上げようとしている半導体プロジェクトならば良いですが、インテルの案件ならば、投資するのは危険かもしれません。


【3】重要鉱物


 レアアースやレアメタル(リチウムなど)、銅、カリウムなど重要鉱物の米国内生産を増やすことを、トランプ大統領は急いでいます。重要鉱物を海外からの輸入に頼っていることが、関税交渉上の弱点となっているからです。そこに日本からの投資を期待していると思われます。


 トランプ大統領は、ハイテク製品の製造に不可欠なレアアースの供給を中国に頼っていることが、米国の重大な弱点であることを思い知らされました。米国優位で進んできた米中関税交渉で、中国がレアアース7種の禁輸を持ち出してから一気に形勢逆転したからです。レアアースの世界生産の約7割、製錬ベースでは9割超を中国が握っています。


 中国が禁輸を持ち出すと、電気自動車(EV)ほか世界のハイテク製品の生産が止まってしまう問題があります。米国は近年、レアアース開発・生産を急いでいますが、まだ世界生産で約14%のシェアにとどまっています。

米国で生産したレアアースでも、環境負荷の大きい製錬については、中国に一部依存しています。


 トランプ大統領は、日本と共同でレアアースの開発を進めることを要請してくると思われます。レアアースの開発には長い年月とコストが必要で、リスクの高い投資となります。


 ただし、日本自身も、中国にレアアースを依存している問題の解決策として、中国以外からの供給ルートを増やすことを必死に考えているところです。その意味で、米国と共同でレアアース開発を進める意味はあります。開発リスクについては、慎重な検討が必要です。


 以上、日米連携しての共同開発の可能性についてコメントしました。もし米国企業だけで実施する開発で、日本の政府系金融機関がリスクだけを負うスキームならば、安易に受けることはできないと思います。


【4】医薬品


 米国はドイツから大量に医薬品を輸入しています。トランプ大統領は、そこに高関税をかけてブロックした上で、米国内で医薬品を製造することをもくろんでいます。すでに特許切れしているジェネリック医薬品や、抗生物質を米国内で生産することが検討されるかもしれません。


 ただし、それらの投資を行って、採算が取れるかどうかは分かりません。トランプ大統領は、米国内での医薬品価格の大幅引き下げを目指しているからです。投資採算について、慎重な検討が必要です。


【5】造船


 日本はかつて造船業で世界トップでしたが、今は中国と韓国に抜かれて世界3位です。トランプ大統領は、世界の海運業で使われている船舶の多くが中国製であることを、安全保障上の脅威と捉え、米国での製造を目指しています。そこで、日本に期待がかけられています。


 日本は、LNGタンカー、LPGタンカー、自動車輸送船など、高い技術と品質が必要とされる船舶では、高い競争力があります。ただし、造船業が衰退して長い年月を経た米国での生産にシフトできるかどうかは、分かりません。


 また、大型タンカーやコンテナ船、ばら積み船では、中国が圧倒的なコスト競争力を有しており、それに対抗できません。日本企業にどういう関与が求められるかまったく分かりませんが、米国で造船業を復活しようとする試みはかなり難しいものになりそうです。


 以上は、日本に求められる投資がどういうものか分からないまま、私が雑然な感想を述べただけです。今後、さらに詳細な内容が分かりましたら、もっと詳しく分析します。


日本株の投資判断

 楽観先行で日経平均は最高値に迫っていますが、日米関税合意について、まだトラブルが起こる可能性もあり、注意が必要です。


 日本株は割安で長期的な上昇余地は大きいと考えています。ただし、これからもさまざまなショックに見舞われて、急落・急騰を繰り返すと思います。時間分散しながら割安な日本株に投資していくことが、長期の資産形成に寄与すると考えています。


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