『シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」で、JR宇部線の宇部新川駅や山口県宇部市をモデルにした風景が登場し、話題となっています。宇部の街なかには様々な庵野作品のモチーフが見られるほか、駅としての魅力も多く秘めています。
2021年3月公開の映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:II』。新型コロナウィルスの影響による延期もありましたが、もともとこの「完結編」は、2008(平成20)年頃に予定されていた公開が何度も順延されていたこともあり、作品の感想とともに「やっと見ることができた」との安堵に似た声も多く上がっています。
そして、作中の重要な部分でJR宇部線の宇部新川駅が登場したことも話題に。同駅がある山口県宇部市はシリーズ総監督である庵野秀明さんの出身地ということもあり、市内には作品ゆかりのスポットが多くあります。作中で「第3新東京市」として登場する神奈川県の箱根などと同様に、作品ゆかりの地を巡る「聖地巡礼」のスポットとしても以前から知られた存在です。
さっそく、同作品で登場した宇部新川駅構内のスポットを巡ってみましょう。
宇部新川駅の1番・2番ホームの間にある通過線は、貨物輸送が多かった時代の名残でもある(宮武和多哉撮影)。
現在多くのファンが探しているのは、一直線に伸びる線路の向こうに主人公・碇シンジが佇む劇場版ポスターと同じ構図ではないでしょうか。この場所であると推測される「松浜踏切」「小串通踏切」は宇部新川駅の南東側、ホーム端から300mほどのところにあります。
映画公開期間中の駅構内では、作中でも流れる列車到着メロディ(JR西日本広島支社汎用のもの)に聴き入る人々や、登場人物が佇んだ3番ホームや陸橋につながる階段などで記念撮影をするカップルも多く見られます。
もし駅を訪れた際は、作品の世界を楽しみつつ、余裕があれば頭上を見てみましょう。陸橋やホーム上屋の鉄骨として再利用されている古レールは明治時代に輸入されたもので、よく見るとドイツやベルギーの当時の製造業者のロゴが入っており、歴史的な観点から眺めるのも楽しそうです。
映画公開直後にNHKで放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』の冒頭で、庵野監督自らが作中のモデルとなった駅の階段を駆け上がるシーンも見られました。監督の故郷・宇部に対する思い入れは相当なもので、「エヴァ」に限らず、さまざまな作品に宇部市・山口県ネタが登場します。
例えば、庵野作品として1989(平成元)年に公開されたアニメ映画『トップをねらえ!』で描かれる2032年の世界では、東京~那覇間を2時間で結ぶ特急「ウルトラひかり」の途中停車駅が「名古屋・大阪・岡山・広島・宇部・博多」となっており、他のシーンでは山口県のローカルブランド「シモラク牛乳」(現在の「やまぐち県酪」)の広告が堂々と掲示されていました。

駅構内の売店は特に関係ないものまで『エヴァ』仕様(宮武和多哉撮影)。
宇部新川駅を出て、南側に広がる市街地にも『エヴァ』シリーズに登場したスポットが点在しています。作品内の空撮映像で映っていたビジネスホテルや、過去の劇場版にカップ麺として登場した「ラーメン一久」の支店、起動システムの名前のもととも言われているスーパー「オーナイン」跡地はほど近くにあります。
駅前のバスターミナルから路線バスを使えば、作中に登場する宇部興産専用道路の「興産大橋」や、これまた作中に登場する団地によく似た場所などを巡ることも可能です。帰りには、登場人物の葛城ミサトが愛飲している日本酒「獺祭」を買い求めてみてはいかがでしょうか。
もともと「宇部駅」だった宇部新川駅いまでこそ『エヴァ』の聖地となっている宇部新川駅は、その歴史も注目です。もともと山陽本線が宇部市中心部から5km以上北西側に外れていたこともあり、地元の有力者たちが設立した宇部軽便鉄道(のちに宇部鉄道、現在のJR宇部線)の駅として、1914(大正3)年に開業しました。
宇部鉄道が戦時中に国有化されると、宇部新川駅は以来20年ほど「宇部駅」を名乗り、現在の山陽本線・宇部駅が「西宇部駅」を名乗っていたことからも窺えるように、この駅は人口16万(2021年現在)を擁する宇部市の中心街にほど近い場所にあります。宇部線と小野田線(起点は1駅隣の居能駅)の列車が発着するほか、駅前や近隣のバスターミナルからは宇部市交通局(市バス)、サンデンバス、船木鉄道バスが走っており、移動の選択肢はとても豊富です。
周辺には、前述した宇部興産をはじめとする多くの工場が立地し、西隣の山陽小野田市とともに国内有数の工業地帯として発展してきました。街中の飲食店はデカ盛り・ガッツリ系のメニューが充実し、巨大なドライブインもあるなど、いまも続くその活気を感じ取ることができます。
工業地帯に置かれた宇部新川駅も、かつては電車区(運行上の拠点)が置かれ、石灰石を輸送するホッパ車(バラ積み貨物輸送用の貨車)が多く駐在するなど、宇部線最大の拠点として長らく重要な役割を果たしてきました。しかし1982(昭和57)年に「宇部興産専用道路」が全線開通し、同社の貨物輸送がそちらに切り替えられたこともあり、宇部新川駅の貨物営業は廃止され、現在は旅客列車のみの扱いとなっています。

宇部新川駅の外観(宮武和多哉撮影)。
現在は宇部線の利用者数が落ち着いていることもあって、2019年には軌道を撤去しBRT(バス輸送高速システム)を導入する案が検討されましたが、山口県内の他路線と比較しても輸送密度が高いこともあり、具体的に話が進みませんでした。宇部線は、沿線に比較的大きな町が多いものの、全線が単線かつ「宇部岬」を回り込むためカーブを描く線形がネックとなり、あまりスピードアップできないのが課題といえそうです。
なお、箱根や宇部以外に『シン・エヴァ』に登場する“聖地”として、天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅も作中シーンのモチーフになっているといわれています。