密を避けた通勤のニーズに応える短距離の高速バス路線の新設が相次いでいます。短距離路線は高速バス市場で大きな割合を占め、きめ細かな通勤ニーズに対応してきましたが、路線開設には様々な条件も。
コロナ禍の2021年現在、満員電車での通勤を避ける需要に応えるため、通勤利用を想定した短距離の高速バス路線の新設が相次いでいます。たとえば2021年10月から運行を開始した柏の葉キャンパス駅(千葉県柏市)~東京線などです。
高速バスというと、世間では夜行のイメージが強いようです。しかし1日当たりの運行便数、約1万5000便(コロナ禍前)の内訳を見ると、夜行便はおおむね片道350km以上の長距離路線が中心で、全体の1割強に過ぎません。実は、ほとんどが片道300km以下の昼行路線です。
昼行路線は、さらに、片道100km強、所要時間2時間弱くらいを境として、それ以上が「中距離」、以下が「短距離」路線と分けることができます。前者は予約(座席指定)制が中心、後者は先着順による自由席が中心という違いがあります。便数で見ると、前者、後者ともに高速バス全体の4割強といったところです。
個室タイプなど豪華車両も走る夜行路線に比べると華やかさに欠けるものの、意外にも存在感の大きい高速バスの短距離路線について、事例や特徴、課題を見てみましょう。
横浜駅に停まる京浜急行バスの東京ディズニーリゾート行き。コロナ前はTDRへの路線は底堅い需要があった(2017年、成定竜一撮影)。
大都市郊外から都心へ向かう通勤通学路線は、短距離路線の代表格といえるでしょう。首都圏では、千葉県各地から東京への路線が充実しています。とりわけ木更津市、君津市などから東京湾アクアラインを利用して東京駅、品川、新宿などへは、朝夕ラッシュ時、相当な便数が走ります。木更津金田IC前に立地する木更津金田バスターミナルからは、朝は3分間隔という「地下鉄並み」の頻度で東京駅行が発車しています。
同じ千葉県でも、木更津など「都心から遠めの郊外」では、停留所周辺の巨大な有料駐車場に自家用車で集まってくるパーク&ライドが中心であるのに対し、新浦安地区など「近めの郊外」では、路線バス用の停留所を高速バスがこまめに回って徒歩圏内での集客を図るというように、路線タイプによる特徴も見て取れます。
名古屋圏では、愛知県小牧市、三重県桑名市や東員町から、栄や名鉄バスセンターへ高速バスが頻発しています。京阪神でも、京都府京田辺市から京都駅や大阪なんばへ、また兵庫県三田市から、大阪梅田や神戸三宮へといった路線が特に充実しています。いずれも、自治体や民間によって開発された大規模な住宅地が広がる地域です。
県庁職員の人事も高速バスは掴んでいる!?札幌や福岡など中核都市、また県庁所在地クラスの都市では、衛星都市やニュータウン発の通勤通学に特化した路線は少ない代わりに、近隣の都市を結ぶ都市間路線が、途中停留所からの通勤通学需要で対応しています。札幌~小樽線、仙台~山形線、広島~呉線、福岡~北九州線や佐賀線などは、朝夕ラッシュ時には5~10分間隔と頻発しています。
これらも近郊に住む人が都市へ向かう需要に応えるものですが、なかには、一見すると“逆方向”の需要に主眼を置いているものもあります。たとえば県庁所在地から県内第二、第三の都市への通勤需要に配慮がなされているようなケースがあるのです。
例えば長野~松本線は、県内の二大都市を結ぶ路線ですが、平日のみの運行で、途中の停留所から両都市への通勤通学の比重が大きいことがわかります。特徴的なのは、14往復(一部運休中)あるうち、朝の長野→松本の1便のみ、松本バスターミナルではなく、郊外にある「松本合同庁舎」へ直行する点です。ここは県の支庁舎の一つです。つまり、人事異動によって松本勤務となった県庁職員の長距離通勤で成立しているダイヤと言えます。

アルピコ交通が長野県内の路線で運行している車両の例(成定竜一撮影)。
宮崎~都城線は、朝の宮崎→都城の1便のみ、宮崎駅を発車後、郊外住宅地である生目台を経由してから都城に向かいます。県庁のほか、地元の銀行や農協など県内で人事異動が行われる組織は多く、こちらも宮崎から都城への長距離通勤が多いようです。
長野→松本では目的地側で、宮崎→都城は出発地側で工夫している点では対照的なものの、前者では、長野インター前停留所にパーク&ライド用の駐車場があり長野市全域から集客し、かつ合同庁舎直行便の5分後に通常の松本市内への便を設定してあることから、合同庁舎の職員以外はそちらを利用しているようです。
このように、地域の通勤ニーズにきめ細やかに対応している高速バスを、もっと様々な場所で走らせられるのでは、とも思う人もいるかもしれませんが、課題も存在します。
必要なのは「ウラ」の需要通勤通学需要の比率が大きい短距離路線の課題は、まず収益性です。片道1時間半くらいの路線だと、一人の乗務員が1日にだいたい2往復できるのですが、朝の上りと夕方下りに需要が集中するため、その折り返し便が「カラ」で走ることになってしまうのです。
客単価で見てみると、片道3時間程度の中距離路線では1日に1往復しかできないものの、乗客ひとり当たり片道3000円程度を見込めるのに対し、1時間半の路線だとだいたい1000円強。
それを補完するのが、観光客など逆方向、いわゆる「ウラ」の需要です。たとえば銚子~東京線は、乗車率の低い午前下り、午後上りの一部の便を、中間地点にあたる酒々井IC近くのアウトレットモール経由とし、都内から向かうショッピング客の需要を取り込んでいます。佐賀~福岡線は、折り返し便の一部を、鳥栖IC近くのアウトレット行き直行便に振り向けています。
三田~大阪線の場合、三田周辺にはアウトレットに加え関西学院大学のキャンパスもあって、通学需要をも掴んでいます。ほかに、京浜急行バスのエリアである神奈川県横須賀市の電力中央研究所のように、郊外に大きな事業所がある場合も同様です。
その意味で、成田、羽田の両空港のほか、東京ディズニーリゾートや木更津のアウトレットなど狭いエリアに多様な目的地を抱える京成バス、京浜急行バスらは、短距離路線の運用を組みやすい事業者と言えるでしょう。

2021年10月運行開始の柏の葉キャンパス~東京駅線は京成、JR、東武の3社共同運行(画像:京成バス)。
コロナ禍において長距離の移動が控えられたなか、通勤通学需要に支えられた短距離路線の落ち込みは、高速バス業界の中ではマシな方と言えます。さらに、冒頭で触れた柏の葉キャンパス~東京駅間のような新路線も目立ちます。他路線の運休により車両と乗務員に余裕がある上に、在宅勤務が増え会社員が鉄道の通勤定期を購入しなくなると、オフィスに出社する日には鉄道と高速バスを使い分けることも容易になるため、新路線開設のハードルは下がっています。
もっとも、通勤経路は習慣性があるため、多くの人は急には変えません。