長野県には、駅構内で提供される「駅そば」店舗が数多く存在します。それぞれの店舗は個性が強く、かつ大きな駅では隣どうしに店を構えるほど密集。
「そば処」として知られる長野県は、人口10万人あたりのそば店の件数が44.5軒と、全国平均(14.92軒)の約3倍。山形県とほぼ横並びではあるものの、他の45都道府県を大きく引き離していますが、その状況は鉄道でも見られ、「駅そば王国」でもあります。
県内主要駅には改札内外に2、3軒の店があり、また郊外に行けば、驚くような小駅の立ち食いそば店に行列ができていることも。善光寺のご開帳や諏訪大社御柱祭で来訪者が増えている2022年5月現在、気軽に立ち寄れる長野県内の駅そば店を巡ってみましょう。
長野駅在来線ホームの「蕎麦処しなの」(宮武和多哉撮影)。
●長野駅
まず新幹線・在来線のターミナルである長野駅では、同じ駅ナカで複数のそば店が共存しています。JRの駅では6・7番線ホームに1軒(蕎麦処しなの)、新幹線上りホームに1軒(新幹線ホームそば店)、改札前にはかつて長野駅弁を担っていたナカジマ会館が運営するそば店も。これに加え、つい近年まで、在来線3・4・5番ホーム(裾花峡)や構内待合室(福寿草)、新幹線の下りホームにも立ち食いそば店がありました。
JR構内の各店は「八幡屋礒五郎」の七味を使用したり、鹿肉メニューを提供したりと、そばが美味しいだけでなく特徴がある店ばかり。さらに、長野電鉄 長野駅の待合室で営業しているそば店「しなの」は、心なしかJR各駅より濃いめの出汁が特徴で、名物の「肉チートロそば」(肉+チーズ)はかなりボリュームのある一品です。
●松本駅、塩尻駅
松本駅では、改札内2か所で長らく営業していた「山野草」がコロナ禍の中で惜しまれつつ閉店。
このほか、改札内からのそば店入口が極端に狭いことで知られる塩尻駅も、改札外を含めると複数のそば店があります。各駅ともコンビニや駅弁販売などがあるにもかかわらず、駅そばはそれぞれの特色を出しつつ共存共栄しているのです。
小さな駅にもそば店 地元民は駅へ行く?駅そば店が根付いているのはターミナル駅だけではありません。「なぜこの店に?」と驚くような小ぢんまりした駅にも、小さな駅そば店が息づいているのです。
たとえば、しなの鉄道北しなの線 黒姫駅(信濃町)。1日の乗降客数は約500人、その多くが朝晩に集中する中、日中5時間だけ営業する「黒姫駅そば店」は開店と同時に多くの来客で賑わいます。
同駅は2015(平成27)の北陸新幹線開業でJRからしなの鉄道に移管にされましたが、その直前にJR系列のそば店・売店が撤退。しかし駅周辺に飲食店が少ないこともあり、地元から再開の要望が強く、それまで店を切り盛りしていた方を信濃町が職員として雇用したうえで、駅の委託を請け負う「信濃町振興局」が運営を受け継ぐ形で、半年後の再オープンに漕ぎ着けました。この店では通常の麺(ゆで麺)と「特上」(生麺)の2種類を選ぶことができ、遠方から食べ比べに来る人も多いそうです。
地元への密着ぶりでいえば、しなの鉄道線 戸倉駅(千曲市)の待合室にある「信州そばかかし」も負けてはいません。この店はそば・うどんだけでなく惣菜類も豊富に提供しており、カウンターには野菜の煮物や鮭の白味噌煮、天ぷらなどがぎっしりと並び、見た目は惣菜屋のよう。ピリ辛のもつ煮が何よりの名物で、ビールとの合い口は絶品です。
ほか同線の沿線には、地元の要望に応じて、駅長が定年退職後に店を引き継いだという小諸駅の駅そば(清野商店)もあります。

しなの鉄道の戸倉駅(宮武和多哉撮影)。
松本の界隈では、JR篠ノ井線の村井や南松本(改装工事で休業中)といった住宅街の小さな駅前にて、松本駅弁を手掛ける「イイダヤ軒」がそば店を展開しています。また鉄道だけでなくバスターミナルだった「長野ターミナル」のように、乗り入れ路線の消滅でターミナルとしての機能をなくしても、そば店だけは健在(草笛・長野ターミナル店→真田丸)という場合も。
県内の市中では観光客をターゲットにした単価の高いそば店も多いですが、香りの高い麺や出汁をほぼワンコインで味わうことができる駅そばは、駅周辺の住民にとって「気軽にそばを食べたい」という需要に応える場所としても機能しているのだそうです。
「チェーン化」進む長野の駅そば しかしクオリティ高長野にはまだまだ多くの駅そば店が存在。「どうしても食べに行きたい!」と思わせるクオリティの高い店も少なくありません。
しなの鉄道線の軽井沢駅は、新幹線開業まで最大66.7パーミルという急勾配区間(横川~軽井沢)を控えた運行上の拠点でしたが、現在も横川の「おぎのや」がそば店を営業しています。細めの生麺は、食感がプリッとして噛むたびにその香りを楽しめて、1杯380円(2022年現在)。

茅野駅の「榑木川」(宮武和多哉撮影)。
駅そば店は近年、チェーン傘下に入るケースが全国的に増加しており、長野県内では、前出した松本駅の「榑木川」がその例です。裏手の親店舗である「榑木野」は、茅野駅や信濃大町駅などでも既存の店舗を引き継いでいますが、他県のチェーン店より明確に個性を際立たせています。
同系列は石臼挽きの八割そばを提供していますが、各店舗とも、時間がかかる生麺とは思えないスムーズさです。「生麺提供の駅そば店」は近年増えてはいますが、オペレーションや出汁・トッピングとの合い口でせっかくの生麺が生かされていないケースもある中、薄利多売の駅そばで高いクオリティを維持できているのは驚きです。
他方、ここ数年で篠ノ井駅や飯山駅など、そば店が消滅した駅もあります。それぞれの特徴を持ってしっかり生き残っている駅そばを、善光寺ご開帳や御柱祭見物のついでにも巡ってみてはいかがでしょうか。