2022年8月末、防衛省が「令和5年度概算要求の概要」を発表しました。そのなかには陸上自衛隊が運用予定の輸送船舶が2隻盛り込まれていました。

ただ、手本となるのはアメリカ陸軍の支援船のよう。どんな船なのか見てみます。

横浜市民も知らない? 横浜港にある米軍基地

 巨大空母「ロナルド・レーガン」や揚陸指揮艦「ブルーリッジ」を始めとして多数のアメリカ軍艦船がひしめき合う神奈川県の横須賀基地。アメリカ軍艦船の基地としては、長崎県の佐世保とともによく知られた場所ですが、実は神奈川県には横須賀以外にもアメリカ軍艦船が常時停泊する基地がもうひとつあります。それが横浜市にある「横浜ノースドック」です。

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横浜ノースドックに停泊するアメリカ陸軍のラニ―ミード級汎用揚陸艇(武若雅哉撮影)。

「横浜ノースドック」が完成したのは、太平洋戦争末期の1945(昭和20)年のこと。元々は、「瑞穂埠頭(みずほふとう)」という名でしたが、終戦に伴い、アメリカ軍が接収。以後は在日米陸海軍が使用する米軍専用のふ頭です。「横浜みなとみらい」がある横浜港の概ね中央に位置しているのですが、横須賀のように戦闘艦艇が配備されているわけではないため、あまり目立つこともないからか、アメリカ軍の専用施設だということを認識している人も多くないように思われます。

 ただ、一方で横須賀には配備されていない、非常に珍しい米軍艦艇が横浜ノースドックには配置されています。そのひとつが、ラニーミード級汎用揚陸艇(通称LCU)。

1990(平成2)年から就役しているアメリカ“陸軍”の船です。

 一般的に、軍用船というと海軍が運用していると思われがちですが、近海航行用や河川通航用の小型船などは陸軍が自前で持っている例が多いです。揚陸用の艀(はしけ)などはイギリス陸軍なども運用しているほか、戦前の旧日本陸軍はさらに大きな空母型の「あきつ丸」や「くまの丸」といった船も運用していました。

陸軍が自前の船を持つメリット

 自前であれば、いちいち海軍に支援要請を出す必要がなく、なおかつ海軍の運航計画を考慮することなく、自分たちのスケジュール最優先で動かすことが可能になります。また建造に際しても陸軍として使いやすいように独自設計を盛り込むことが可能です。そういった経緯から、アメリカ陸軍は独自に揚陸艇を整備し、横浜ノースドックに配置しているといえるでしょう。

 ラニ―ミード級汎用揚陸艇は海軍艦船と違い、外洋を航行する必要がないため、スピードは遅く航続距離も短いです。しかし、使い勝手は最大限考慮されており、たとえば船首は砂浜などに直接車両をおろすことができるよう、「バウランプ」と呼ばれる揚降式の道板構造であり、戦車なども自走で乗り降りできるようになっています。

「陸上自衛隊の輸送船」どんなの? モチーフはアメリカ陸軍の揚陸艦 横浜港で並ぶ可能性も
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海上自衛隊が保有する輸送挺1号型。基準排水量420トンで、物資など約25トンを運搬することが可能(画像:海上自衛隊)。

 ラニ―ミード級汎用揚陸艇の大きさは、全長約53m、最大幅約12.8m、満載排水量約1100トンです。サイズとしては海上自衛隊の輸送挺1号型(全長約52m、最大幅約8.7m、満載排水量約540トン)よりも大きく、海軍が運用していてもおかしくありませんが、実はラニ―ミード級よりもさらに大きなフランク・S・ベッソン・ジュニア大将級兵站支援艦というものまで、アメリカ陸軍は運用しています。

 フランク・S・ベッソン・ジュニア大将級兵站支援艦のサイズは、全長約83m、最大幅約18.28m、満載排水量約4200トンです。こちらは、海上自衛隊が2000年代初頭まで運用していたみうら型輸送艦(全長約98m、最大幅約14m、満載排水量約3200トン)に勝るとも劣らない大きさであり、そのような大型艦を陸軍が独自に運用できるということは、いかにアメリカが兵站(ロジスティクス)を重視しているか物語っているのではないでしょうか。

 ただ近い将来、陸上自衛隊もアメリカ陸軍と同じように、これら支援船舶を運用するようになりそうです。

陸上自衛隊が運用する予定の輸送船とは

 防衛省は2022年8月31日に発表した「令和5年度概算要求の概要」において、小型級船舶(LCU)2隻の取得要求を盛り込んでいます。昨年2021年の防衛予算では中型級船舶(LSV)1隻と小型級船舶(LCU)1隻の取得が明記されていたことから、それに続くものといえるでしょう。

 防衛省の公開資料では、イメージとして中型級船舶(LSV)の方にフランク・S・ベッソン・ジュニア大将級兵站支援艦が、小型級船舶(LCU)の方にはラニ―ミード級汎用揚陸艇の写真がそれぞれ使われていました。

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アメリカ陸軍のフランク・S・ベッソン・ジュニア大将級兵站支援艦の2番艦「ハロルド・C・クリンガー3等准尉」(画像:アメリカ陸軍)。

 これらの使用用途は離島間における隊員や物資の輸送で、まず搭載量1700tクラスの中型級船舶(LSV)1隻と、搭載量350tクラスの小型級船舶(LCU)1隻の計2隻を取得する予定です。まず、この2隻を取得・運用して、その効果を検証したのち、所望の成果が出た場合は、本格的に複数の中型級船舶(LSV)と小型級船舶(LCU)の調達に乗り出すと思われます。

 なお、中型級船舶(LSV)と小型級船舶(LCU)ともに運用は主に陸上自衛隊が担うようで、すでに一部の陸上自衛隊員は海上自衛隊の各種教育機関(学校など)に入校し、所要の教育訓練を受けています。

 そうなると、設計から運用まで、アメリカ陸軍の支援船がお手本になることは間違いなさそうです。普段はあまり脚光を浴びることない横浜ノースドックですが、もしかしたら近い将来、そこに陸上自衛隊の支援船とアメリカ陸軍の揚陸艇が並ぶかもしれません。