イタリアの本土とシチリア島を隔てるメッシーナ海峡で、大規模な橋を架ける工事がようやく始まりそうです。完成すれば世界最大のつり橋になります。

IHIが正式受注から18年 完成予定もすでに経過

 長靴の形をしたイタリア本土。そのつま先部分に軽く蹴り上げられたように横たわっている三角状の島がシチリアです。本土とシチリア島を隔てるメッシーナ海峡では、世界最長の吊(つ)り橋を架ける工事が、近々ようやく始まることになりそうです。

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メッシーナ海峡大橋の完成イメージ(画像:Stretto di Messina S.p.A.)。

 橋の設計は、デンマークの建築事務所が担いました。2024年2月に決定された最終設計案によると、2030年代後半に完成予定のメッシーナ海峡大橋は主塔間の距離(中央径間)が3300mと、トルコ西部にある「チャナッカレ1915橋」の世界記録(2023m)や、かつて最長を誇っていた日本の明石海峡大橋(1991m)を大きく上回る規模。

主塔の高さも399mと、フランスのミヨー橋(343m)を抜く計画です。

 幅員60.4mの橋は鉄道と道路の併用で、片側3車線(緊急用車線を含む)の道路が線路2線を挟みます。鉄道で橋を渡る場合の平均所要時間は15分で、現在の旅客列車をフェリーに積み込んで渡る場合の2時間、貨物列車の3時間から大幅に短縮される見通しです。

 背が高い大型船の通過を可能にするため、橋の上が大渋滞して重みがかかる時でも桁下空間の高さ(クリアランス)は65mを実現。航路内における可航幅は600mが確保されています。

 建設には日本のIHIを含む多国籍な企業が参加予定ですが、IHIのウェブサイトには2006年に受注したことが華々しく掲載され、完成予定は2015年という記載が残っています。

しかし実際は、その完成予定を大幅に過ぎた現在も着工すらできていません。なぜなのでしょうか。

自然災害・環境破壊にマフィア

 実は、シチリア島とイタリア本土を橋で結ぶ構想は2000年以上前からありました。メッシーナ海峡の最も狭い部分の距離は約3kmしかないため、紀元前251年には、いかだと樽をひたすら連結させて臨時の浮き橋を造り、軍事目的の象を140頭、イタリア本土に渡らせたことがあるという記述が残っています。

 そんな至近距離にもかかわらず、それ以降、この海峡に橋やトンネルなどの頑強な建造物を造る構想は浮かんでは消え、消えては浮かび、また消えていきました。

2000年以上の悲願!?「世界最長のつり橋」ようやく着工へ 課題ありまくりでも実現にこぎつけた“大人の事情”
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メッシーナ海峡大橋の完成イメージ(画像:Stretto di Messina S.p.A.)。

 古代から名だたる指導者たちを逡巡(しゅんじゅん)させてきた最たる理由は、自然災害だったと言えるかもしれません。メッシーナ海峡は海流が速くて複雑なことで悪名高く、潮流が安定しません。また、断層の上に位置し、1908年にはマグニチュード7超えの地震も発生しています。

 近年では環境意識の高まりとともに、海峡付近の生態系保護も問題視されるようになりました。

 マフィアの存在も妨げになっています。貧困層から搾取しているシチリアのマフィアにとって、橋がもたらす経済発展は邪魔なのです。

また、マフィアと建設業の癒着もあるため、橋の建設がマフィアの資金源になるという問題もあります。

 問題は山積したまま何一つ解決されていないにもかかわらず、2023年3月に橋の建設許可が正式に下りました。その裏には2つの「大人の事情」がありました。

 まず、橋の建設で旗振り役を務める副首相兼インフラ大臣にして極右政党「同盟」の党首、マッテオ・サルビーニ氏のイメージ挽回(ばんかい)作戦です。

 同盟は「反移民・欧州懐疑主義・反グローバリズム」などのスローガンで不満分子を扇動し、2019年の欧州議会選挙では34%という驚異的な得票率を獲得しました。しかしそこから人気は陰り、直近の調査では支持率8%前後と低空飛行が続いています。

政治的不人気の中、6月には欧州議会選挙を再び迎えることから、それまでに、独裁者ムッソリーニや、政権を4回も握った故・ベルルスコーニ元首相が断念した橋の建設を実現させ、有言実行の頼れる指導者のイメージを獲得する必要があるのです。

 極右政党「同盟」はもともと、北部イタリアを支持基盤にしています。南部イタリアに巨額投資をすることで、「全国的な指導者」という印象を植え付けたいという思惑も見えます。

問題山積のまま許可が降りたワケ

 橋の建設が現実味を急に帯びた2つ目の理由は、欧州連合(EU)から巨額の助成金を得られる公算が高くなったからです。

 EUは現在、EU内の420以上の主要都市を鉄道や海路を組み合わせてつなぐ「欧州横断輸送ネットワーク(TEN-T)」にとても力を入れています。EUのインフラ投資基金、コネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ(CEF)は2014~2020年度に240億ユーロ(約4.6兆円)をすでにTEN-Tにつぎ込んでおり、2021~2027年度に306億ユーロ(約5.1兆円)の追加予算を発表しています(欧州議会による)。

 この予算にイタリアが飛び付き、2024年4月、メッシーナ海峡大橋もTEN-Tの助成対象として検討するプロジェクトへ正式に加えられました。

 ただ、2000年以上も実現せず、様々な政治家に野望を断念させてきたメッシーナ海峡の橋の建設は、やはり、一筋縄ではいかないようです。

 というのも、TEN-Tの検討対象へ正式に加えられたことを発表する欧州議会の文章には、「150億ユーロ(約2.4兆円)ともいわれる橋の巨額建設費に比べて、経済的な費用対効果の説明が不十分。環境破壊の問題も解決されていない」という強い指摘も付記されています。そもそも、TEN-Tは環境に優しい輸送網の充実を大変重視しています。環境問題は譲れない論点になりそうです。

 実際、橋の建設を担うStretto di Messina社はイタリアの環境大臣に「書類の準備が間に合ってない」と明かさざるを得なくなりました。結局、6月頭に着工予定だった橋の建設はすでに9月以降にずれ込みそうな暗雲が立ち込めています(イタリアのANSA通信による)。2千年越えの悲願の橋が本当に架かる日は、来るのでしょうか。