見た目はバスながら、電車のように走行するトロリーバス。現在の日本では「立山黒部アルペンルート」に残るのみです。

なぜそこにだけ走っているのでしょうか。そこには黒部の歴史と多くの不思議がありました。

かつては広く走っていたトロリーバス

 電車のように、空中へ張られた架線から電気を取り入れ、走行するバスがあります。「トロリーバス」です。日本でもかつて東京都営、大阪市営などのトロリーバスが各地で活躍していました。しかし運行の自由度が高い、架線などの設備が不要といったメリットがあるディーゼルバスの台頭とともに、姿を消していきます。

 そんなトロリーバスが現在でも日本で唯一、ある場所で生き残っています。黒部ダムや、標高2500m近い北アルプスの山々を越え、長野~富山間を結ぶ「立山黒部アルペンルート」です。

 なぜこの場所でのみ、トロリーバスが生き残っているのでしょうか。そこには昭和30年代、黒部ダム建設時の“教訓”がありました。

昭和30年代、黒部ダムで

 黒部ダム建設のため造られ、「破砕帯」など掘削の困難さが映画『黒部の太陽』の題材になった全長5.4kmの関電トンネル。そこでトロリーバスを運行し、「立山黒部アルペンルート」の一部を担う関西電力は、トロリーバスを使っている理由について次のように話します。

「国定公園内のため、環境への配慮からトロリーバスを使っています」

 ダムの建設時、関電トンネルを通過した多数の作業車。その排気ガスが問題になり、ダム完成後にトンネルで観光用交通機関を運行するにあたって、トロリーバスを使うことになったといいます。

 関電トンネルにトロリーバスが走り始めたのは1964(昭和39)年。当時はまだ、現在のような電気自動車は実用的ではありませんでした。

 なおトロリーバスは現在、日本国内では「立山黒部アルペンルート」でしか走っていませんが、その「アルペンルート」内で2路線が運行されています。ひとつがこの関電トンネルトロリーバス。そのほかに、大観望~室堂間を結ぶ立山トンネルトロリーバス(1996年開業)があります。

トロリーバスは「バス」ではない?

 電車は固定されたレールの上を走りますが、トロリーバスにはレールがなく、架線から電気を取り込む「トロリーポール」が外れないよう、運転する必要があります。運転は難しくないのでしょうか。

「普通のバスと比べ特に難しいものではありませんが、カーブではトロリーポールが架線から外れやすいため気を遣います」(関西電力)

 このように、電車とは違うトロリーバス。しかし実は、バスのようでバスではなく、「電車」の仲間です。トロリーバスは「無軌条電車」、簡単にいえば“レールがない電車”と表現され、日本では法的に「鉄道」へ分類されます。

そして運転士は「動力車操縦者運転免許」という“電車の免許”を所持しています。

 ただトロリーバスの運転士は合わせて、自動車を使った旅客運送に必要な「大型二種免許」も所持。路線バスや観光バスも運転できるのが特徴的なところです。

関西電力なのに中部電力の理由

 そんな、電車なのかバスなのか曖昧なトロリーバス。実際に乗ってみると、実に不思議です。視界は明らかに「バス」なのにも関わらず、音は「電車」なのです。

「バスのイメージで乗ると、音が静かなことに驚くと思います。振動も少ないです」(関西電力)

 ディーゼルバスと異なり、トロリーバスの床下にあるのは電気機器。「VVVFインバータ制御」という電車と同じ制御方法で、電気とモーターをコントロールしながら走行しています。

 関電トンネルトロリーバスで現在使用されている300形車両は、初代「のぞみ」用車両である300系新幹線と同じモーターを搭載。「アルペンルート」の坂道で、その力を活かしています。

 ちなみに、関電トンネルトロリーバスが使っている電気は、関西電力ではなく中部電力のものです。

黒部川第四発電所(くろよん)など、路線のすぐそばにある黒部川水系で関西電力は発電を行っていますが、その電気は関西向けのもの。関電トンネルトロリーバスが走る場所は、中部電力のエリアだからです。

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