「川幅日本一」の標柱が立つ県道が埼玉県に存在。しかし、走ってみるとフツーに家が建っていて、バス停まであり、「川はどこ?」状態です。

どういうことなのでしょうか。

「川幅日本一」思ってたのと違う?

 埼玉県に源流を発し、東京湾に流れ込む「荒川」は、埼玉県民と東京都民、合計約1680万人の飲み水などとして利用されているだけでなく、関東地方を豪雨災害から守る治水上の要でもあります。中流域の川幅は非常に広く、とくに埼玉県吉見町と鴻巣市との間は「2537m」とされ、両自治体は「川幅日本一」と大書された標を立て、町おこしの一環としてもPRしています。

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埼玉県道27号東松山鴻巣線の吉見町側に立つ「川幅日本一」の標(植村祐介撮影、一部加工)

 この川幅の数値から「対岸が見えないほどはるか彼方まで続く川面」を思い浮かべるかもしれません。しかし、川幅日本一の標がある「埼玉県道27号東松山鴻巣線」を走ると、そこに広がるのは想像とはまったく違った景色です。

 吉見町側から堤防の取付道路を上がり、堤防の手前にある件の標を見ながらクルマを進めても、見渡す限り広がるのは田園地帯で、川らしさは皆無です。堤防から1kmほど走ると、右手には数十軒からなる集落も現れ、バス停も設置されています。この間、道路は左右の田園よりわずかに高い盛り土の上を走り、ここが“川の中”とは思えません。

 700mほど続く集落が途切れると、道路はゆるやかな上り坂となり、正面に橋の親柱が見えてきます。視力のいい人なら、進行方向に向かって左の親柱に「荒川」と記されているのがわかるでしょう。そして右の親柱には「御成橋」と、橋の名称が刻まれています。

 しかしここで荒川を渡るのかと思うのは、まだ早計です。

この御成橋はさらに続く田園地帯を高架でまたいでいくだけで、川は一向に姿を見せません。

 そしてようやく荒川が視野に入るのは、橋を400mほど走ったところです。ただその川幅は30mほどしかなく、見えた瞬間にはもう渡り切っているレベルです。

 川を渡ってから300mほどで、今度は右側に鴻巣市側の川幅日本一の標が見えてきます。吉見町側とは異なり、“堤防らしさ”ははっきりしませんが、足下の田園地帯からの高低差でここが堤防だと推察できます。

 ではなぜ、実際には川幅が約30mしかない荒川のこの部分が、2537mの「川幅日本一」とされているのでしょうか。その答えは、「川幅の測り方」にあります。

川幅日本一が本当に効果を発揮した時

 吉見町側、鴻巣市側にそれぞれ立てられた標には、「川幅日本一」の文字のほかに、川幅についての“注意書き”が貼付されています。

ビックリ記録「川幅日本一」をまたぐ県道! 広すぎる…けど景色がフツーすぎる! 一体どういうことなのか?
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集落にはバス停も。「御成河岸」という名称が川沿いを示す(植村祐介撮影)

 その注意書きにはまず、実際の川幅日本一はこの標よりも数百m上流側であることが記されています。しかし水をたたえた荒川の川幅がその数百mで一気に広がるわけではありません。じつは重要なのはその下に「※」付きで案内される、距離測定の基準です。

 ここで示された川幅は「荒川左右岸の計画高水位での堤防間の距離」と説明されています。

 計画高水位(けいかくこうすいい)とは、川の堤防工事などの基準となるもので、堤防が耐えられる最高の水位を指します。そして実際の堤防の高さは、この計画高水位からさらに余裕を持たせ築かれるのが一般的です。

 ちなみに計画高水位よりさらに低いところに、関係防災組織が水害に備え警戒にあたる「警戒水位」、もう一段低いところに関係防災組織が待機する「指定水位(通報水位)」があります。

 つまりこの区間の川幅日本一は、洪水の危険が高まるギリギリまで川の流量が増えたときの川幅を基準とし、その数値を示しているというわけなのです。

 では、ふだん約30mの荒川の川幅が、実際に2500mまで広がることはあるのでしょうか。

 近年では、2019年の台風19号による豪雨で、この地域の荒川が増水し、一面が広大な湖のようになりました。堤防の間にある集落も、土地の低い部分では水害に見舞われた模様です。

 その水は県道27号東松山鴻巣線を洗う高さには上がってきませんでしたが、このとき水を被った河川敷の田園地帯では、川幅は「2000m」を上回るレベルまでは広がったのではないかと思われます。そういう意味では「川幅日本一」は、想定される最大幅としてはあながち間違いではなかったとも言えます。

 吉見町と鴻巣市、幅2500m超を隔てる両岸の堤防は一見オーバースペックにも思えますが、もしもっと狭い河道(川の水が流れる部分で、つねに水が流れる「低水路」と高水時のみ流れる「高水敷」を含む)を想定して設計していたのであれば、川の水は堤防を越えて氾濫し、大きな被害が出ていたことでしょう。

 なお荒川では、洪水に対してさらなる安全マージンを持たせるため、さいたま市、川越市、上尾市にまたがる「荒川第二・第三調整池」の建設が進められています。

この工事が完了すれば、中流域から下流域にかけての治水安全度が大きく向上することになるはずです。

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