バンコクの中心地にあるタイ国鉄のマッカサン工場は、機関車、気動車、客車の整備や検査、改造などを手掛ける大工場です。工場見学の折に敷地内の外れへと足を踏み入れると、変わった櫓(やぐら)が載った小さな台車に目が行きました。
櫓は明らかに放置されているもので、周囲の職員に用途を尋ねても「分からない」とのこと。ふと、足元が気になって台車を覗くと、なんと旧日本陸軍鉄道連隊の九七式貨車であることが判明しました。
九七式貨車は、保線用台車や森林鉄道の木材運材車のような平たい2軸台車の外観をしており、当時の鉄道連隊が国内外で作業する際に使用しました。最大の特徴は、作戦地域には様々な軌間が存在したため、軌間変更が可能な構造だったこと。車軸にボールベアリングを採用していたことです。
九七式貨車は、単体で使用するだけでなく、2両の床板をつなげてボギー貨車のように使うこともありました。床板や台枠の組み合わせによって無蓋車、人員輸送、資材輸送とマルチに使用が可能で、森林鉄道の運材台車と役目が似ています。ちなみに先輩格にあたるのは、九一式貨車でした。
鉄道連隊は本運転時に国内から輸送、もしくは現地徴用などで車両を調達していましたが、戦地で線路の破壊や応急敷設の際に使える軽貨車が必要であり、応急運転やレール敷設用などに九一式貨車が開発されました。
九一式貨車は2軸台車に台枠を組み、車軸は走行抵抗を少なくし、なおかつ劣悪な線路状況でも難なく走行するようボールベアリングを採用しました。1929(昭和4)年に試作車が完成し、鉄道第一連隊での試験を経て鉄道連隊に制式採用されました。九一式は皇紀2591年の末尾二桁を表わしており、1931(昭和6)年の制式化でした。
九七式貨車は皇紀2597年=1937(昭和12)年に制式採用された車両です。九一式の車体を強化したマイナーチェンジ車であり、車軸のボールベアリング構造や全体的な車体構造は踏襲されました。
双方を比較すると、全長は九一式6760mm、九七式7300mm。全幅は九一式1940mm、九七式2500mm。全高は九一式1675mm、九七式1700mm。というわけで、車体は九七式のほうが若干大きいです。外観上の相違点はわずかであり、連結面の台枠の“丈”は九七式のほうが広く、九一式の台枠がボルトとリベットの混在、九七式の台枠はリベット打ちのみです。
九一式は台車を2台使用した無蓋貨車時の物資搭載量が5tであるのに対し、九七式は8tと、改良によって搭載量が増強されました。なお、対応可能な軌間は双方とも同じで、1067mm、1435mm、1524mmを基本とし、東南アジア地域はメーターゲージのため、1000mmにも対応しました。
この台車がなぜ現在のマッカサン工場に存在するのか、現場の方々は存じずに謎のままですが、タイでは戦時中にビルマ(ミャンマー)とを結んだ泰緬鉄道(泰緬連接鉄道)が日本陸軍によって建設され、多くの九一式と九七式貨車が導入されたので、戦後に巡り巡ってマッカサン工場へやって来たのかもしれません。
九一式と九七式は共通で運用され、鉄道牽引車に牽引されたり、牽引車の車軸として改造されたりと、作戦地域で様々な用途に使われました。旧泰緬鉄道、現ナムトック線のクウェー川駅前には一〇〇式鉄道牽引車と九七式貨車が展示されています。
海外に残された九一式と九七式貨車は、今も多くの国で眠っていると思います。似たような寸法の台車を見つけたときは、軸受け部と車軸を観察することをお勧めします。まだまだ意外な場所で発見されるかもしれません。

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