第36回を数えた「東京オートサロン2018」に、もはやかつてのような、どこかアングラな雰囲気は感じられません。同イベントはどのようにして、現在の地位を獲得するにいたったのでしょうか。
今年(2018年)で36回目を迎えた「東京オートサロン」は、出展者422社、展示車両880台と過去最大の規模となり、日本初の本格コレクタブル・カー公開オークションを開催するといった新たな試みもありつつ、1月14日(日)に無事閉幕しました。
「東京オートサロン2018」は1月12日から14日の3日間にわたり幕張メッセにて開催された(画像:東京オートサロン実行委員会)。
オートサロン事務局が発表した来場者数は、会期の3日間合計で31万9030人(1日目は報道関係者と特別招待者および、特別入場券〈前売り3000円/当日3500円、以下チケット価格はすべて税込〉の入場者)。1日当たりの平均は10万6343人となります。昨年10月に開催された「東京モーターショー」と比較すると、「モーターショー」は11日間で77万1200人、1日平均7万109人と「オートサロン」のほうが大幅に上回っています。また、注目すべきは「プレビューデー」の来場者数です。
「モーターショー」も「オートサロン」も一般公開に先駆けた金曜日にその日を設定しています。入場料3500円(当日)も一緒です。そしてこの日の来場者数は「東京モーターショー」が2万3100人に対し、「東京オートサロン」が7万8352人となりました。
事務局の見解は…?通常よりも高い料金を支払って本当に好きな人が行くと見られるプレビューデーの来場者数からも、「モーターショー」と「オートサロン」の違いがわかりますね。これにはどのような理由があるのでしょうか。東京オートサロン事務局は次のように分析します。
「『クルマ単体ではない』ということが拡大の要因と考えています。『東京オートサロン』は“今の”クルマを楽しむお祭りであり、良い意味で種々雑多。具体的には展示車両の幅の広さ、またクルマそのもの以外にも周辺パーツやグッズの展示・販売もあり、さらにデモランやライブなどの人気コンテンツも抱え、楽しみ方のレンジが広い。つまり、アソビがあって“楽しい”ことが『東京オートサロン』の特徴(特長)です。400を超える出展者と800台以上もの車両がひしめく会場では、来場者の層が様々であっても、彼らにとって何かしら見たいもの、また楽しみ方が用意されています。これらの理由から弊展が伸びていると考えております」(東京オートサロン事務局)
「東京オートサロン2018」は、1日平均10万人を超える来場者を記録した(画像:東京オートサロン実行委員会)。
確かに、かつての「ちょっとアングラな改造車が集まるイベント」というイメージはもはやほとんどありません。会場限定のミニカーから、チューニングの頂点ともいえるレーシングカーまで幅広く楽しめるのが「東京オートサロン」の特徴と言えるでしょう。ブースでのグッズ販売も来場のお楽しみのひとつといえます。会場限定価格で大幅に安くなっているケースも多く、「東京オートサロン」に来てよかった、という印象が一層深まります。
1980年代の「オートサロン」はどんな感じだった?ところで、「東京オートサロン」が始まったばかりの1980年代はどんな様子だったのでしょうか。「東京オートサロン」がまだ「東京エキサイティングカーショー」と称していたころ、その第2回開催の1984(昭和59)年からほぼ毎年「オートサロン」を訪れている自動車部品輸入業の河野一彦さんは、最近の傾向について「ひと言でいうと、中身重視から見た目重視になりました」といいます。
1984年の「第2回エキサイティングカーショー」にて、当時高校生だった河野さん。30年以上オートサロンに関わっている。
「BMWとBMW ALPINAの違いがわからない人にも楽しめるイベントになったと言えます。マニア向けの改造車のショウという位置づけから、多くの人がわかりやすいイベントになったことで認知度もあがり、来場者も増えましたね」(河野さん)
1984年の会場にはRE雨宮(千葉県富里市)の、雑誌『オプション』開催「第1回国産最高速テスト」で1位になった「RX-7」(最高288km/h)も展示されました。RE雨宮はレース活動でもその名を広く知られるチューニングショップです。
1984年開催「第2回エキサイティングカーショー」の様子。写真は河野一彦さん提供。
筆者(加藤久美子:自動車ライター)は「東京オートサロン」と名前を変えた翌年、1988(昭和63)年開催の第5回に、実は同時期に開催されていた「東京外車ショウ」と間違えて会場を訪れたのが最初でした。バブル時代の始まりといえる頃で、ドイツのチューニングメーカー、ケーニッヒのクルマが大挙して出展されたのをはじめ、高級外車がどっと増えた年でもありました。
市民権を獲得したきっかけとは?1990年代前半はバブル崩壊もあり、その後は方向性が異なるRVやアウトドアブームの陰で少し元気がなかった「オートサロン」でしたが、1995(平成7)年にカスタムカーにとって革命的ともいえる出来事が起きました。道路運送車両法の「規制緩和」です。
それまではアングラな雰囲気もあった「オートサロン」ですが、1990年代半ば以降、急速に認知度が上がるきっかけとなったのもこれです。
1995年の「東京オートサロン」で発表されたR33型「スカイライン GT-R」(画像:日産)。
そして1995年開催の「オートサロン」では、日産「スカイライン GT-R(R33)」の新車発表が会場で行われ、これ以降、オートサロンの会場が自動車メーカーのスポーツモデルやモータースポーツ参戦計画などの発表に使われる機会も年々増えていくのです。つまり、自動車メーカーからも認知されるイベントになったということですね。
「チューニング」から「カスタム」へ2000年代以降は自動車業界全体に「エコ志向」が高まったこともあり、チューニングよりもカスタム、中身より外側を楽しむ出展が俄然増えてきました。国産自動車メーカーは全社が出展するようになり、タイヤメーカーを中心とする大手パーツメーカーの参加も急増。2010(平成22)年以降はJDM(いわゆる海外で人気の80年代から90年代の日本車を中心とする日本仕様車)人気やインバウンドの急激な増加、そしてメルセデス・ベンツやVW、アウディなど海外メーカーによる出展の増加もあいまって、国際色が一気に強まってきたと言えます。とくに2、3年前からはブースに中国語、英語が話せるスタッフを配置する出展者も増えつつあります。2015年には来場者数が初めて30万人を突破し、過去最高を記録しています。
「東京オートサロン2018」のトーヨータイヤブース(2018年1月、加藤博人撮影)。
2001(平成13)年から毎年出展しているトーヨータイヤの担当者に、昨今の出展内容について聞いてみました。トーヨータイヤは「SEMAショウ」(米国最大の自動車アフターマーケットのショウ)にも毎年巨大なブースを複数出展しており、最も気合の入った日本メーカーとして知られています。「オートサロン」においても同様で、今年はラリードライバーのケン・ブロックを筆頭に、超有名レーサーのデモランやトークショーを開催し多くの来場者を楽しませてくれました。
「北米では、乗用車と同じ感覚でライトトラックを運転するクルマ社会で、移動の手段として利用する日本の感覚とは異なったクルマ文化が根付いていると考えております。そんな北米市場で、当社はおもにピックアップトラックや、SUV用大口径タイヤでブランド地位を確立しております。今回の『東京オートサロン』を通して、当社がグローバルに活躍しているということを国内外に対して発信したいという思いのもと、迫力かつ躍動感のあるイメージに一新しました。」(東洋ゴム工業広報室)
いまや、世界3大カスタムカーショー(「東京オートサロン」米「SEMAショウ」、独「エッセンモーターショー」)としてその地位を確立し世界からも注目を集め、海外からの来場者も激増している「東京オートサロン」。日本のメーカーも地球規模で発信する傾向が今後ますます強くなっていきそうです。
【写真】グランプリ獲得「GRスーパースポーツコンセプト」
「東京オートサロン」出展車両を対象とした「東京国際カスタムカーコンテスト2018」グランプリは、TOYOTA GAZOO Racingが出展した「GRスーパースポーツコンセプト」(2018年1月、加藤博人撮影)。

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