戦闘機市場における「練習機としても使用できる軽戦闘機」は従来、主流とは異なる小さなパイだったのですが、ここにきてその主流をさしおいて活況を呈しています。逆転現象の背景になにがあるのでしょうか。
2018年7月16日から22日までの1週間、イギリス・ロンドン近郊のファンボロー飛行場で、「第51回ファンボロー国際エアショー」が開催されました。
ファンボロー国際エアショーに展示された「ヒュルジェ」の実物大模型(竹内 修撮影)。
「ファンボロー国際エアショー」は世界最大の航空ショーのひとつで、1996(平成8)年にはロシアのスホーイが出展した「Su-37」が、空中で高度をほとんど変えることなく宙返りをする「クルビット」を披露するなど、数々の戦闘機が伝説を作り上げる場所となっていました。
しかし今回の「ファンボロー国際エアショー」は戦闘機の出展が少なく、筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)が取材に訪れた16日から19日までの期間中の戦闘機の飛行展示は、イギリス空軍のユーロファイター「タイフーン」およびF-35Bの上空通過とアメリカ空軍のF-16のみ、地上展示にいたってはアメリカ空軍のF-15だけという、極めて寂しいものでした。
ただ、これは本格的な戦闘機に限った話で、それに比べれば能力は劣るものの、戦闘機パイロットを訓練する練習機としても使用できる軽戦闘機に関しては、トルコの航空機メーカーTAI(Turkish Aerospace Industries)が開発を進めている「ヒュルジェ」の実物大模型がトルコ国外で初展示されたほか、イタリアのレオナルドもM-346FAの実機を展示。またチェコの航空機メーカーであるアエロヴォドホディと、イスラエルの航空機メーカーIAI(Israel Aerospace Industries)が、新型機F/A-259の開発を発表するなど、活況を呈していました。
ジェット練習機に武装を搭載して、軽戦闘機として使用するというアイデアは新しいものではなく、イギリスが開発したジェット練習機「ホーク」は東西冷戦時代、有事の際に防空戦闘機として使用するため、短射程空対空ミサイル「サイドワインダー」の運用能力が与えられていました。また、航空自衛隊が使用しているT-4練習機にも、やはり冷戦時代に、機関砲をポッドに収納した「ガンポッド」の搭載が検討されたことがあります。
ただ、練習機は戦闘機に比べると飛行性能が低く、また搭載できる武装も限定されていたため、冷戦の終結によって緊張が緩和すると共に武装を搭載する必要性が薄れ、21世紀に入るまで、練習機に武装を搭載するというアイデアは下火になっていました。しかし近年、このアイデアに基づいた新型機が続々と開発され、その市場は活性化しつつあります。
「軽」が注目されるワケ、戦闘機市場はどうしてこうなった?練習機兼用の軽戦闘機市場が活性化した最大の理由は、本格的な戦闘機の高性能化にともなう価格の高騰にあります。
アメリカと旧ソ連は東西冷戦期に、同盟国や友好国の軍事力を強化するため、戦闘機を無償または安い価格で提供していました。
しかし東西冷戦の終結にともない、アメリカとソ連(ロシア)は同盟国や友好国に対して、無償または安価に戦闘機を供給することをやめてしまいました。冷戦時代に米ソ両大国から安価に戦闘機を提供された国々のうち、韓国のように東西冷戦期に経済成長を遂げた国は、老朽化した戦闘機の後継としてF-15KやF-35Aといった、高価で高性能な戦闘機を導入しています。
一方アジアやアフリカ諸国のなかには、高性能化にともない高価になった新型戦闘機を導入するだけの財政的な余裕が無い国も少なくありません。このためこうした国は冷戦時代にアメリカから導入したF-5や、ソ連から導入したMiG-21といった、老朽化した戦闘機を使い続けています。

ファンボロー国際エアショーで開発が発表されたF/A-259のイメージ画像(画像:アエロヴォドホディ)。

イギリスが開発した「ホーク」練習機の最新型「ホークLIFT」。搭載できる武装の種類が「ホーク」に比べて増加している(竹内 修撮影)。

韓国のKAIがロッキード・マーチンと共同開発したF/A-50(竹内 修撮影)。
もちろんこうした国々も新型戦闘機を欲しいのですが、F-16戦闘機の最新型F-16Vは約90億円、アメリカ製戦闘機に比べれば安いロシア製戦闘機でも、Su-35Sの価格は約70億円と言われており、財政的に厳しい国々にとって、おいそれと手が出せる代物ではありません。
これに対して、韓国の航空機メーカーKAI(Korean Aerospace Industry)がロッキード・マーチンと共同開発した練習機T-50に、武装の搭載能力を追加した軽戦闘機F/A-50は約40億円と安く、財政的に余裕の無い国々でもどうにか手の届く価格帯となっています。
F/A-50は財政難に加えて、国内での反米感情の高まりからアメリカとの関係が一時冷却化したためF-5の後継機を得ることができず、2005(平成17)年に戦闘機の運用能力を失ってしまったフィリピンに採用され、同国空軍では主力戦闘機として活躍しています。
近年練習機兼用の軽戦闘機市場が活性化したもうひとつの理由として、性能面で旧式の戦闘機を上回る能力を備えていることも挙げられます。
「ホーク」やT-4といった冷戦期に開発された練習機の多くは超音速飛行能力を備えていませんが、F/A-50は小柄な機体に、スウェーデン空軍などで運用されているJAS39「グリペン」と同じ「F404ターボファンエンジン」を組み合わせたことで、最大速度はマッハ1.5に達しています。
電子装置も本格的な戦闘機顔負けのモノを装備する機種が増えており、レオナルドM-346FAは、ブラジル空軍のF-5E/F戦闘機などに採用されている多機能火器管制レーダー「グリフォ」を搭載しているほか、航空自衛隊のF-15戦闘機でも近代化改修を受けた機体にしか装備されていない、パイロットのヘルメットに内蔵された照準装置も備えています。またアエロヴォドホディ/IAIのF/A-259は、航空自衛隊のF-2戦闘機などと同じ、故障が少なく捜索距離の長いAESAレーダーの搭載も可能とされています。
F/A-259はさらに、レーザー誘導爆弾やGPS誘導爆弾、レーダー誘導式の中射程空対空ミサイルなど、本格的な戦闘機と同様の武装を搭載できるほか、液晶ディスプレイを使用するグラスコクピットを採用しているため、将来本格的な戦闘機を導入する場合、戦闘機パイロットの訓練をしやすいというメリットもあります。

首部に「グリフォ」レーダーを搭載するM-346FA(竹内 修撮影)。

液晶ディスプレイを多用するF/A-259のコクピットのイメージCG(竹内 修撮影)。

韓国がF/A-50で得た経験を活用して開発を進めている国産戦闘機KF-X(竹内 修撮影)。
練習機兼用の軽戦闘機は買い手だけでなく、売り手にとっても航空産業のステップアップにつながるというメリットがあります。前にも述べたようにF/A-50は、韓国のKAIとロッキード・マーチンの共同開発機ですが、KAIは共同開発によって得た技術の蓄積を活用して、国産戦闘機KF-Xの開発に取り組んでいます。TAIはイギリスの支援を受け、国産戦闘機TF-Xの開発に着手していますが、「ヒュルジェ」の開発は本格的な戦闘機の開発に取り組むに前に、TAIが戦闘機開発の経験を積む目的もあったと見られています。
練習機兼用の軽戦闘機の多くは航空宇宙防衛産業をリードしてきたアメリカや西ヨーロッパ、ロシア以外の国々で開発・製造されており、世界の航空防衛産業の勢力図が変わりつつあることを示しています。

1996年の「ファンボロー国際エアショー」で注目を集めたSu-37だが、正式採用には至らず、わずか2機の生産にとどまった(画像:Mike Freer[GFDL1.2(https://bit.ly/2jFfcpp)]、via Wikimedia Commons)。