船の門出を祝う華々しい行事が進水式です。しかし、進水してそのまま出航できるわけではありません。
テープと紙吹雪が舞い、勇壮なマーチが演奏されるなか、船が水しぶきを上げて海へと滑り下りていく――「進水式」というと、そのような盛大な祝い事という印象を受ける人もいるかもしれません。このような進水式は「船台進水」と呼ばれ、海に向かって傾斜した船台の上で建造し、そのまま滑らせて海に浮かばせる方法です。
1969年に就航した「かとれあ丸」の進水式。レールを滑り、「おしり」(船尾)から着水する(画像:東海汽船)
進水式は船の歴史のなかで非常に重要視され、船の「門出」を祝う行事というイメージが強くついているのは事実です。それまで船台やドックで造られていた船が本来の活動場所である海上へ乗り出す、という意味では象徴的といえるでしょう。
そのため、進水式では洗礼の意味でシャンパンの瓶を船体にぶつけて割ったり、女性が船体を支えるロープ(支綱)を銀の斧で断ち切ったりと、儀式めいたことが行われます。ちなみにこの斧は、船ごとに新しく作られ、記念として船主に贈呈されます。
進水式の起源は定かではありませんが、西洋では古代から船の進水の際には祝い事をしていたといい、やがてそれが飾りや儀式に変わっていったとされています。また、中世ヨーロッパのスカンジナビア半島で猛威を振るったヴァイキングは、進水式で人を生贄として捧げたといいます。その名残が血の色を連想させる赤ワインの瓶を割る習慣として残り、やがて白ワイン、そしてシャンパンへと変わってきたというのが通説です。
とはいえ現在、10万トンを超えるような大型船では、「船台進水」はほとんど行われていません。代わって現在主流なのは、「ドック進水」と呼ばれる方法。水門を閉めて海水を排出したドック内で船を建造し、完成後、ドック内に海水を注入して船を浮かばせてから、海上に引き出す方式です。
こちらのほうが、船台での建造より効率がよく、進水時の安全性も高いため、大型船のほとんどはドックで建造されます。大きな船体が船台から水面へと滑り下りていくという盛大な進水式は、現在では減りつつあり、建造作業の一環としての性格が強まってきているのです。
ほとんどの場合、進水時はまだ船が完成したわけではなく、この時点で出航することはできません。船台での建造であれば、進水後、船はタグボート(曳船)で運ばれて岸壁に係留され、最終段階の艤装工事に入ります。進水時はできるだけ船体が軽いほうがよいので、エンジンやボイラーといった機関や電気機器などは進水後に装備されます。
しかしドックでの建造が主流となった現在では、ドックでの船体工事と並行して地上で艤装も行ってしまったほうが効率もよいため、艤装作業の大部分は進水前に行われるようになってきています。なお、艤装が完了した時点でも、船はまだ完成とはいえません。各装置の作動試験が行われ、最後に海上での試運転が実施されます。ここでさまざまな試験に合格して、初めて船は完成したといえるのです。
ちなみに、船台進水では海に滑り込む際、必ず「おしり」(船尾)から入ります。船首は船尾よりも細いため浮力がつきにくく、そのうえ造波抵抗も少ないこともあり、船体が海に沈んでしまうのです。また、舵やスクリュー、プロペラなどが損傷する危険もあるため、必ず船尾からと決まっているのです。
※記事制作協力:風来堂
【写真】進水式の核となる儀式「支綱切断」の瞬間

銀の斧で支綱を断ち切る。するとその先に繋がれたシャンパンが船体にぶつかり、くす玉が割られ、船は進水をはじめる(画像:東海汽船)