パトカーはじめ、道路を緊急走行できる車両は各種ありますが、陸自の装甲車にもそうした緊急車両があります。もちろん装甲車であることに意味があるのですが、全国に配備されているというこの化学防護車&NBC偵察車、どのようなクルマなのでしょうか。

全国におかれた陸自化学科と化学防護車&NBC偵察車

 街中を、赤色灯とサイレンをけたたましくならして疾走するパトカー(白バイ含む)や救急車、そして消防車。ドライバーやライダーであれば、走ってくる方向を確認して自身が運転するクルマやバイクを路肩に寄せますし、歩いていれば思わず目で追ってしまうこともあるでしょう。

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2017年5月、福岡駐屯地記念行事の訓練展示に登場した第4特殊武器防護隊のNBC偵察車。赤旗と赤色灯が目立つ(柘植優介撮影)。

 普段、私達にとって緊急自動車(通称「緊急車両」)というと、前述した3車種のイメージが強いですが、それ以外にも血液運搬車やドクターカー、鉄道会社やガス会社、電力会社のクルマなどにも緊急自動車に指定されている車両が存在します。

 そして自衛隊も、一部の車両が緊急時に備えて緊急自動車に指定されています。良く知られているところでは警務隊(保安警務中隊含む)が保有する覆面パトカーや1/2tトラック、白バイがありますが、実は警務隊に限らず、もうひとつ緊急自動車を日常的に運用している部隊として、全国の「化学防護隊」もあるのです。

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2014年の航空観閲式にて、会場脇で2台並んで待機する中央特殊武器防護隊のNBC偵察車(写真左)と化学防護車(同右)(柘植優介撮影)。
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車体上部に放射線測定器(外観が白色の大型カメラ)を装備した第6特殊武器防護隊のNBC偵察車(柘植優介撮影)。
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演習で、目立たないよう赤色灯を濃緑色のカバーで覆った第6特殊武器防護隊のNBC偵察車(柘植優介撮影)。

 化学防護隊とはNBC兵器(N:核兵器、B:生物兵器、C:化学兵器)に対処するための専門部隊で、万一敵がこれら特殊兵器(自衛隊では特殊武器と呼称)を用いた場合、使用された物質の特定や汚染エリアの限定、それらを浴びてしまった隊員や装備の洗浄、無害化を行うために編制されています。また、そのような特殊兵器に対処するためには高度な知識と技能が要求されるため、陸上自衛隊では「化学科」として独立した専門職種が設けられており、化学学校という専門の教育機関も設置されています。

 そして化学科隊員の実動部隊として、全国の師団/旅団隷下には特殊武器防護隊/化学防護隊(最終的には全て装備人員共に充実した特殊武器防護隊に改編される予定)が配置され、さらに陸上総隊(陸自の実動部隊の総司令部)直轄部隊として「中央特殊武器防護隊」という国内最大の化学科部隊も編制されています。

 NBC対処部隊は全国の警察や大規模消防にも編制されていますが、中央特殊武器防護隊の規模はそれらを凌ぎ、なおかつ装備も充実しているため、日本のNBC災害の最後の砦としても位置付けられています。

 実際、1995(平成7)年3月に起きた「地下鉄サリン事件」や(この時は前身の第101化学防護隊)、2011(平成23)年3月の東日本大震災の「福島第一原発事故」では、他部隊の応援を受けて部隊を増強した上で、最後まで対応にあたりました。

一見ただの装甲車、実は侮れないNBC車両

 このように陸上自衛隊には、全国に16個の特殊武器防護隊/化学防護隊があるのですが、それら部隊の専用車両として導入配備されているのが化学防護車とNBC偵察車です。

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赤色灯を回転させながら観閲行進する化学防護車(柘植優介撮影)。

 化学防護車は1987(昭和62)年から導入されている6輪式装甲車で、82式指揮通信車をベースに車体の各所に鉛板を封入し車体の密閉度を上げて、NBC兵器で汚染された地域でも活動できるようになっているのが特徴です。車体後部には乗員が降りずにサンプルが採取できるようマニピュレーターが装備され、車体上部には各種検知装置が搭載されています。

 NBC偵察車は化学防護車の後継として開発された新型のNBC対応車両で、2012年度から配備が進められており、外観的には8輪式の大型車体であることが特徴です。また各種検知機材は新型のものとなり、車内も化学防護車よりも格段に広く、将来的に新装備を増設するのにも対応できるようになっています。またサンプル採取は高度な操作技術が必要なマニピュレーターではなく、使いやすさを重視したゴム手袋とマジックハンドの組み合わせに変更されています。

 これらは陸自装甲車として防弾車体に迷彩塗装という外観ですが、なんと赤色灯とサイレン、拡声器も装備しています。なぜ装甲車なのにこれらが搭載されているのかというと、それはNBC対処が戦争だけでなく、テロや事故でも想定されるからです。

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化学防護車は密閉性を保つ必要があるため、赤色灯と拡声器の電源のとり回しは、消防車などのように屋根に穴を開けるわけにはいかず外側を這わせている(柘植優介撮影)。
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化学防護車は四半世紀に渡って少数ずつ調達されたため、生産時期によって赤色灯や拡声器の形状も異なっている(柘植優介撮影)。
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2016年までは化学科部隊は男性限定だったが、2017年から女性隊員が配置されるようになっている。2018年7月久里浜埠頭のPSI訓練にて(柘植優介撮影)。

 実際、前述したように過去実動したのは全てテロや事故です。だからこそ、緊急走行できるように赤色灯や拡声器などを装備しているのですが、これらは地下鉄サリン事件の時はありませんでした。以前は1 1/2t 救急車や警務科車両などは緊急自動車指定を受けていたのですが、JCO東海村臨界事故などの教訓から化学防護車も緊急自動車の指定が受けられるようになり、そして後継として開発されたNBC偵察車も同様の扱いを受けているのです。

 とはいえ、赤色灯は戦闘時には非常に目立ちますから、演習などでは濃緑色のカバーなどで擬装されます。

緊急自動車の指定を受けるには

 なお、緊急自動車は公安委員会の指定を受けなければなれません。赤色灯やサイレン拡声器などを装備すれば自動的に認定されるわけではなく、しかもおおむね各組織で緊急自動車の台数が決められているのです。そのため、警察や消防といった緊急自動車の保有台数が多い組織でない場合は、それまで緊急自動車指定を受けていた車両の入れ替えなどで新車を導入する際に、更新として指定してもらうしかないのです。最近では自衛隊車両に関しては拡充されるようになってきていますが、それでも指定を受けるまでは緊急自動車として用いることはできないため、NBC偵察車が部隊配備されたばかりの頃は、赤色灯や拡声器を装備していない車体も見受けられました。

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陸自に配備された当初のNBC偵察車。まだ赤色灯や拡声器は装備されていない。2012年6月、大宮駐屯地にて(柘植優介撮影)。

 ちなみに道路交通法では、緊急自動車に誘導されている自衛隊用車両は、緊急自動車の指定を受けていなくても(要は赤色灯や拡声器がなくても)緊急自動車とみなすとされているため、緊急を要する際に緊急自動車指定を受けている化学防護車やNBC偵察車が先導すれば、後続の高機動車や3 1/2t大型トラックなども緊急走行可能です。また、当然パトカーが先導する場合、その自衛隊の車列は緊急自動車とみなされます。

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大型トラックの荷台に専用シェルターを搭載した生物偵察車。本車も緊急自動車の指定を受けており、赤色灯と拡声器、サイレンを装備する(柘植優介撮影)。
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中央特殊武器防護隊本部中隊にのみ配備されている粉末散布車。要は濃緑色の大型化学消防車で、本車も緊急自動車の指定を受けている(柘植優介撮影)。
対NBC最後の砦! 「装甲」に意味がある緊急車両、陸自の化学防護車&NBC偵察車とは?

濃緑色の車体ながら緊急自動車に指定された1/2tトラック。これは警務科車両ではない(柘植優介撮影)。

 今回は化学防護車とNBC偵察車にスポットを当てたため、緊急自動車指定の詳細や緊急走行時の運転ルールなどは省きましたが、意外に普通の濃緑色の1/2tトラックでも緊急自動車指定を受けているものが存在します。

 それは、化学科や警務科の部隊に限らず普通科や特科、機甲科を始めとした他職種の部隊にも配備されているのです。この車両はオリーブドラブ色のボディに赤色灯とサイレン、拡声器を装備しているので、「自衛隊の警察車両」すなわち警務科車両と勘違いされることもありますが、これは一般部隊の緊急自動車指定車両です。なので陸上自衛隊の緊急車両は、実は全国の駐屯地/部隊に広く配備されているポピュラーなものなのです。

【写真】陸自と警察でだいぶ様相の異なるNBC対策車

対NBC最後の砦! 「装甲」に意味がある緊急車両、陸自の化学防護車&NBC偵察車とは?

2018年7月、久里浜埠頭で行われたPSI訓練で、神奈川県警のNBC対策車と並んだ第1師団の化学防護車。同じ目的のものだが使用想定が異なるため形状が全く違う(柘植優介撮影)。

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