東京、丸ノ内のオフィス街を、騎馬警官に警護された華やかな馬車の車列がゆるゆると通過し皇居へ向かって行きました。なんとも非日常的な光景ですが、実は重要な外交行事のひとつなのです。

丸の内のビル街を駆け抜ける儀装馬車列

 秋も深まり街路樹が色づいてきた2018年11月22日(木)、喧騒の丸の内オフィスビル街に聞き慣れない馬の蹄(ひづめ)の音が響きました。何事かとビジネスマンや観光客が立ち止まります。やって来たのは騎馬警官に警護された儀装馬車の列です。「ここは日本か?」と思わせるような珍しい光景に、多くの人がスマホを向けます。菊の紋章が付いた儀装馬車に乗っているのは、新任である駐日欧州連合代表部(EU)のパトリシア・フロア大使です。皇室関係行事にしか使われることのない東京駅正面玄関から馬車に乗り込み、皇居に向かいました。

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紅葉の始まった行幸通りを進む馬車列。「信任状捧呈式」でのひとコマ(月刊PANZER編集部撮影)。

 これは、外国の新任特命全権大使が日本に赴任して最初に行う公式行事である、信任状捧呈式の皇居への送迎の場面です。「信任状捧呈式」とは、特命全権大使が、派遣元の発行した外交文書である「信任状」を天皇陛下に捧呈する儀式で、外務大臣またはほかの国務大臣も侍立して新任大使を迎えるという、大切な外交行事です。大使が皇居に参内するにあたっては皇室用のクルマが送迎に使われ、自動車か馬車を選ぶことができるのですが、圧倒的に馬車が選ばれるといいます。この日は同じく新任である駐日コンゴ民主共和国のディディエ=ラマザニ・ビン・キティマ大使も馬車列の主客となっています。

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東京駅正面玄関に着いたフロア大使。出迎えるのは東京駅長。ここで馬車に乗り替える(月刊PANZER編集部撮影)。
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東京駅前では一時通行が規制され、大きな人だかりができる(月刊PANZER編集部撮影)。
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東京駅正面玄関から出発する馬車列(月刊PANZER編集部撮影)。

 大使はまず東京駅御車寄せに自動車で到着し、東京駅駅長が出迎えます。

そこで皇居からやって来る馬車に乗り換えます。先頭にパトカー、後衛にはSP(警視庁警護課)の警護車が付いて、15km/h程度でゆっくり移動していきます。馬車列は皇宮警察騎馬隊、警視庁騎馬隊に護られて、東京駅から行幸通りを進み和田倉門交差点を直進、皇居外苑に入り皇居正門から宮殿南車寄へと行進します。乗馬した騎馬隊は背も高く、遠くからでも目立ちます。クルマの往来の激しいオフィス街ですが、交通規制が掛かって一時的に動きの止まったなかを、蹄の音を響かせて走る馬車列は、そこだけ「おとぎ話」のような時間と空間になります。

大使館のSNSに必ずアップされる「楽しみな」行事

 和田倉門交差点と東京駅中央口交差点は、一時的に人も車も通行が規制されます。

ほとんどの人は何が行われているのか分かりませんので、警官や警備員に何事かと尋ねる姿があちこちで見られます。警官や警備員も慣れたもので、何の行事でどこの大使だということまで教えてくれます。その話がざわざわと雑踏に広がり、多くの人はここで立ち止まってスマホを取り出します。

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先導警護の警視庁騎馬隊(月刊PANZER編集部撮影)。

 信任状捧呈式に馬車を使う国は、日本以外ではイギリス、スペイン、オランダなどごく一部の国だけで、日本に赴任する大使の楽しみにすることのひとつになっているといわれます。儀装馬車による送迎そのものも外国では珍しいため、SNSの大使館アカウントからは、必ずと言ってよいほどその映像がアップされます。

 儀装馬車はどんな高級自動車より目立ちます。沿道の多くの人に注目され手を振られたり、一般の人もSNSに投稿したりしています。大使も沿道に手を振るなどして、歓迎されていることを実感するといいます。この儀装馬車列は国際親善の大きな役割を担っているのです。

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東京駅中央口交差点から行幸通りを進む(月刊PANZER編集部撮影)。
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随行員の馬車(月刊PANZER編集部撮影)。

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和田倉門交差点から皇居に入る(月刊PANZER編集部撮影)。

 ちなみに東京駅が大規模改修工事に入った2007(平成19)年4月から、この信任状捧呈の車列は、皇居前の明治生命館から発着していていましたが、駅改修工事の完成にともない東京駅発着に戻されました。2017(平成29)年12月11日、復活したルートを走る儀装馬車に最初に乗ったのは、駐日ベナン大使でした。

使われているのは100年以上前の馬車

 使われている馬車は儀装馬車4号とよばれ、100年以上前の1913(大正2)年に製造された馬車で、いまでも専門家によって大切に維持管理されています。船底型割幌(ふなぞこがたわりほろ)、漆塗で車体の胴は海老茶色、重量1098kg、全長4.51m、幅1.90m、高さ2.24m、2頭曳の座馭式(ざぎょしき。馬を操る馭者〈ぎょしゃ〉が馬車に座るスタイルのこと。馬に乗るスタイルを騎馭式という)4人乗りの馬車で、車体の胴両側に金高蒔絵の菊の御紋章があります。各部はピカピカに磨き上げられていますが、まさに走る美術工芸品といったところです。随行員は6名まで同行できるので、必要に応じて馬車が増やされ、この日は大使の儀装馬車を含む3台で車列が組まれました。

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儀装馬車4号。ぴかぴかに磨き上げられた漆塗りの車体(月刊PANZER編集部撮影)。

 日常では馬車はおろか馬を間近に見る機会もそんなに多くはありません。馬は近くでみると意外と大きく迫力があります。訓練されているとはいえ、クルマも人も多いオフィス街の真ん中です。神経質な馬をコントロールするには気を使うようです。沿道には警官や警備員が配置されますが、馬を刺激しないように撮影でフラッシュを使用しないよう何度も注意されます。外国人観光客が多いので英語でも案内しています。

 信任状捧呈式は、2017年には32件行われました。1日で2件(2か国)行うことが通常ですので、時間を合わせて待っていれば馬車列を往復で4回見るチャンスがあります。運行予定は宮内庁のホームページで公表されていますが、悪天候時には自動車列となる場合もあります。

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皇居から戻ってきた随行員の馬車(月刊PANZER編集部撮影)。
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大使を送り、皇居に帰る儀装馬車(月刊PANZER編集部撮影)。
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警視庁警備部の警護車(月刊PANZER編集部撮影)。

 来年の10月22日に予定されている新天皇即位パレード「祝賀御列の儀」には、儀装馬車列を期待したいところですが、警備上の問題など(馬車では万一の際、高速が出せない)から自動車が使われることが決まっています。政府はこのパレードで使用するオープンカー用に国産車を発注することにしていますが、どんな「美術工芸品」になるか注目です。

【写真】東京駅から皇居へ一直線、「行幸通り」

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皇居に続く行幸通り。通常は歩行者しか通行出来ない(月刊PANZER編集部撮影)。