京急線を40年間走り続けた800形電車が、まもなく引退します。それに先立ち、800形の特別貸切列車が品川駅から京急久里浜線の車両工場まで運転。

京急線から「あるもの」を最後に採用した車両が姿を消すことになりました。

「オリジナル塗装」を復刻した車両で運転

 京急電鉄で最後に「片開きドア」「1灯式ヘッドライト」を採用した800形電車が、まもなく引退の日を迎えます。2019年6月16日(日)、特別貸切列車「ありがとう800形」が引退に先立ち運転されました。

京急「だるま電車」800形が引退特別運転 伝統の「ドア」と「...の画像はこちら >>

特別貸切列車「ありがとう800形」。デビュー時のオリジナル塗装を復刻した編成が使われた(2019年6月16日、草町義和撮影)。

 800形は40年以上前の1978(昭和53)年にデビューし、1986(昭和61)年までに132両が製造された通勤電車。おもに普通列車(都営浅草線方面に直通する列車を除く)で使われてきましたが、老朽化が進んだことなどから引退が決まりました。

 このイベントでは、デビュー当時の塗装に戻された823編成(6両)を使用。4月に発売された記念きっぷの購入者のなかから選ばれた80人が乗り込み、品川駅を午前9時ごろ発車しました。

 車内では、お笑いタレント「ダーリンハニー」の吉川正洋さん、「ななめ45°」の岡安章介さん、ホリプロマネジャーの南田裕介さんら、鉄道好きの有名人による検札を実施。車両の形式にちなんだビンゴ大会も行われました。この列車に乗った京急沿線在住の50代男性は、800形がデビューした当時の印象について「インパクトがあった。

車内が意外とすっきりしたデザインでまとまっていた」と語りました。

 特別貸切列車は午前10時ごろ、京急久里浜線の北久里浜~京急久里浜間にある久里浜工場(神奈川県横須賀市)に到着。ここで参加者が下車し、800形の撮影会やトークショーが行われました。

 800形は、それまでの京急の車両からデザインが大きく変わりました。先頭の部分は、車両の連結時や脱出時に使うドア(貫通扉)がなく、横に大きく広がる窓を設置。その上には黒枠のガラス窓が3つ並び、そこにヘッドライトや行き先表示装置などが設置されました。

「新技術」と「昔ながらのデザイン」が同居

 また、従来の車両は赤をベースに白い細帯を窓の下に巻いていましたが、800形は窓の周りを白く塗り、白の部分を大きく広げました。特に先頭の部分は赤と白、そして黒の3色がそろっているためか、鉄道ファンからは「だるま」と呼ばれました。

京急「だるま電車」800形が引退特別運転 伝統の「ドア」と「ライト」消える

塗装変更後の800形。先頭部の姿はデビュー時とほぼ同じ(2014年7月、草町義和撮影)。

 この塗装はのちに、快特など通過駅が多い優等列車の塗装として使われることに。800形は従来車に近い塗装に塗り替えられましたが、先頭の塗装は変わりませんでした。

なお、2016年には823編成がデビュー時の塗装に戻されています。

 このほか、「界磁チョッパ制御」や「電力回生ブレーキ」など電気を効率的に使うことができるシステムを導入。運転室のハンドルレバーは、自動車のアクセルペダルに相当するレバーとブレーキレバーを一体化をした「ワンハンドルマスコン」を採用するなど、当時としては最新の技術や機器類が多数盛り込まれました。このイベントに同行した元運転士の関係者は、800形について「(貫通扉のある車両に比べ)運転室が広くて見通しもよく、ワンハンドルマスコンも使いやすくて運転しやすかった」と話しました。

 その一方、京急の車両の「伝統」となっていた昔ながらのデザインも「同居」しています。そのひとつが「片開きドア」です。

 かつての通勤電車のドアは、ひとつの引き戸が片側に開く「片開き」が一般的でしたが、1960年代から1970年代にかけ、引き戸をふたつに分けて両側に開く「両開き」が普及。ところが、京急は1970年代末期にデビューした800形まで片開きドアを採用し続けました。これは京急の副社長を務めた、故・日野原 保氏の方針によるものといわれています。

「片開き」を採用し続けた理由

 両開きドアは、ドアが開き始めてから閉まるまでのあいだに乗り降りできる人数が増え、停車時間を短くできるというメリットがあります。特に混雑が激しく、それが列車の遅れにつながりやすい通勤路線では効果的。京急本線も1960年代の混雑率が最大で200%を超えており、停車時間の短縮が課題になっていました。

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800形の片開きドア(2019年6月16日、草町義和撮影)。

 そこで京急は、両開きドアの国鉄電車と片開きドアの自社の電車を横浜駅で撮影して分析。一定の時間内で乗り降りできる人数は両開きドアのほうが多かったものの、片開きドアに比べてひとり増えるだけで、大きな差はなかったといいます。

 このため日野原氏は、両開きを採用するよりドアの数を増やすほうが停車時間を短縮できると考えました。1967(昭和42)年に登場した700形電車(2代目)は、片開きドアを採用しつつ、従来の旧1000形電車よりドアを増やして片側4ドアに。800形も引き続き、片開きのドアを片側4か所に設けました。

 このほか、通勤電車のヘッドライトも、ほかの鉄道では先頭車の上にひとつだけ設置する方式から2灯設置する方式に変わっていきましたが、京急は800形まで「1灯式ヘッドライト」を採用。これも日野原氏の方針だったといわれています。

 その後、両開きドアと2灯式ヘッドライトを採用した2000形電車が1982(昭和57)年にデビュー。これ以降の新型車両は、すべて両開きドアと2灯式ヘッドライトになり、4ドアの採用も800形で終了しました。

 こうして片開きドアと1灯式ヘッドライトの営業用車両は徐々に減り、2019年6月13日(木)の時点で800形の823編成だけに。この編成は6月16日以降、予備車両として数日間だけ残りますが、その後は正式に引退する予定です。

京急「だるま電車」800形が引退特別運転 伝統の「ドア」と「ライト」消える

ドアは片側4か所に設けられた。
京急「だるま電車」800形が引退特別運転 伝統の「ドア」と「ライト」消える

ヘッドライトも昔ながらの1灯式。
京急「だるま電車」800形が引退特別運転 伝統の「ドア」と「ライト」消える

事業用の車両は1灯式ヘッドライトと片開きドアが引き続き残る。

 なお、工事資材などを運ぶ事業用車両は800形より古い旧1000形の改造車で、1灯式ヘッドライトと片開きドアが引き続き残ります。

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