鉄道の定期券にも種類があります。ここでいう「種類」とは、材質や形態などのことです。

スマートフォンの電子データという、モノですらなくなりつつあるなか、かつての磁気定期券や、磁気式ですらない紙の定期券を振り返ります。

JRとえちてつ2枚持ちだった福井の高校時代

 外出を自粛し、桜景色の車窓を想起しながら思い出したのは鉄道の定期券のこと。いまの私(蜂谷あす美:旅の文筆家)は定期券を持たない生活を送っていますが、高校から大学、そして社会人になってからの10年にわたり、中断の時期を挟みつつ、手元には定期券がありました。

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筆者が大学3年のとき使っていたIC定期券。払い戻すと券面の印字は消えてしまう(蜂谷あす美撮影)。

 定期券との付き合いは、高校に入学した2004(平成16)年の春に始まりました。福井県内の自宅からJR越美北線を利用して終点の福井駅へ、さらにえちぜん鉄道に乗り換えて田原町駅(福井県福井市)へと、2社線を利用して通学していました。首都圏などであればよほどのことがない限り、複数の会社線を乗り継いでも定期券は1枚で収まる一方、地元では会社ごとに定期券を買い求める必要があり、2枚の定期券を持つことになったのです。

 1枚目はJR線の定期券。裏が黒く、ペラっとした磁気定期券で、自動改札が使える優れものです。もっとも、当時の福井駅に自動改札などというものはありませんでしたが。

 そのころの福井駅は、駅舎側の西口改札と、えちぜん鉄道駅舎と隣接している東口改札があり、私はこのうち後者を利用していました。

東口改札は、跨線橋端の階段へと続く部分に位置しており、窓口の係員にきっぷを見せる形式。小さな個人医院の受付を想像してもらえたらおおむね合っています。そしてそこには30cm四方の少し錆び気味の機械が置かれていました。しかも、機械にはきっぷを差し込めるくらいの隙間があるのです。

自動改札? 謎の機械の正体は…

「もしやこれは、秘密の自動改札?」

 抑えられない好奇心のままに私は定期券を隙間に差し込みます。すると、ジジジ……と小さな音とともに、定期券には日付が印字されました。種を明かすとこれは、自動改札でもなんでもなく、日付スタンプ代用印字機だったのです。

「日付スタンプ代用印字機」とは、きっぷに入場印を打刻するもので、基本的には係員が不在のときに使います。つまり私は、そこに定期券を差し込んではいけなかったのです。なお、福井駅に自動改札が導入されるには、2018年まで待つ必要があります。

ラミネート券 ICカードとは違う良さ 変わりゆく鉄道定期券 印字消えた券面に思うこと

えちぜん鉄道のMC6101形電車(画像:写真AC)。

 2枚目は、えちぜん鉄道の定期券。

購入時、必要事項を記入した申込書を窓口に提出すると、係員がその場でパソコンを叩きます。出力された長方形の紙を山折りにし、作業を進めていきました。

 最終的に渡される定期券はラミネート加工されたもので、手作り感にあふれていました。これだけだと心温まる定期券ストーリーで話は終わるのですが、ラミネート定期券にはひとつだけ欠点があります。ラミネートされたぶんだけ少し大きめで、手持ちのパスケースに入らなかったのです。そこで私はカードの隅をこっそりハサミで切り落としました。

クレジット機能もあるIC定期券 便利さと同時に感じるもの

 大学進学とともに上京したのちは、徒歩通学していたため、定期券とはしばらく離れます。3年生に進級し、通う校舎が遠方になったことで、再び定期券生活に突入。ラミネートでもなければ、磁気定期券でもなく、交通系ICカードに定期券情報を載せる「Suica定期券」でした。継続購入するたびに、表面の情報が新しいものに書き換えらえていきます。

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都市部の鉄道では、自動改札が一般的である(画像:PAKUTASO)。

 やがて大学を卒業し、社会人になると同じSuica定期券でも、今度はクレジット機能の付いた「ビュー・スイカ」に持ち替えますが、区間が学校最寄り駅から、会社最寄り駅に変更されたくらいで仕組みは同じです。

自動改札での動作に体が馴染んでいくのと同様、Suica定期券にも慣れていきました。

 そして、それは前職の出版社を退職したときのこと。定期券を払い戻すべく、駅窓口で手続きを行いました。払い戻しの証明書とともに戻ってきたビュー・スイカからは、いつなんどきもそこにあった自宅最寄り駅から会社最寄り駅間の定期券情報が消え失せていました。

 光にかざすと、わずかに「そこに定期券情報が載っていた」ことがわかるくらいで、毎日の通勤が、そして日々の仕事が、記録から記憶へと変化したような印象を受けました。それと同時に、自動改札がないのに磁気だったり、あるいは窓口の係員の作業が加わるラミネート加工だったり、そんな手触りにあふれたかつての定期券が恋しくなりました。

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