自衛隊の災害派遣にも種類がありますが、新型コロナウイルス対策での災害派遣はその要件を満たすのか否か、という声が聞かれます。「災害派遣」の基礎をふまえつつ、議論の争点などを見ていきます。

新型コロナウイルス対応で東京都が自衛隊に災害派遣を要請

 2020年4月6日(月)、東京都の小池都知事は、練馬区の練馬駐屯地に司令部を置く陸上自衛隊第1師団に対して災害派遣を要請しました。

 その実施期間は4月7日(火)から4月13日(月)で、活動内容は都内の宿泊施設に滞在する新型コロナウイルス感染者への食事の搬入といった生活支援です。防衛省統合幕僚監部によれば、この災害派遣には延べ約60名の人員が参加し、延べ約290名の患者への食事の提供および回収などを行ったとのことです。

 このほかにも自衛隊は、海外からの帰国者に対する空港での検疫支援やその輸送を行うために、いわゆる「自主派遣」という形での災害派遣も実施しています。

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新型コロナ感染拡大防止のため防衛省・自衛隊は3月28日より、空港や宿泊施設における支援を目的に「自主派遣」による災害派遣も実施している(画像:統合幕僚監部)。

 これまで、自衛隊の災害派遣といえば地震や豪雨災害といった大規模な自然災害に対応するものといったイメージが大きかったかもしれませんが、昨今の新型コロナウイルス対策のためのさまざまな活動をはじめ、その対応範囲は実は多岐に渡っています。

そもそも災害派遣って?

 災害派遣は、自衛隊法第83条の規定を根拠として行われる自衛隊の任務のひとつで、「天変地異その他の災害」(自衛隊法第83条1項)が発生した場合に、国民の生命や財産を保護するために行われます。

 ちなみにここでいう「災害」のなかには、地震や豪雨といった自然災害が含まれているのはもちろんのこと、航空機の墜落や船舶の遭難といった人為的な災害や今回のようなウイルスの蔓延にいたるまで、幅広い内容が含まれています。

災害派遣にも3種類あり

 災害派遣には、都道府県知事や海上保安庁長官などからの要請を受けて防衛大臣などが部隊を派遣する「要請による派遣」、そうした要請を待つ余裕がないというような一定の場合に防衛大臣などが自主的に部隊を派遣する「自主派遣」、そして自衛隊の基地や駐屯地といった防衛省の施設の近くで火災などが発生した場合に、そこにいる部隊の長が自主的に派遣を命じる「近傍派遣」という、3つの種類が存在します。

「災害派遣」の範囲どこまで? 新型コロナ対応追われる自衛隊 そもそものルールは…?

防衛省・自衛隊は自主派遣による新型コロナ対策のための災害派遣にて、空港での検疫支援や帰国者の移送、宿泊施設での生活支援などを担った(画像:統合幕僚監部)。

 今回の、都内の宿泊施設に滞在する新型コロナウイルス感染者への支援は、東京都知事からの要請を受けて行われたため「要請による派遣」にあたりますが、これは上記3つの災害派遣のなかでも最も一般的な形態です。

災害派遣のための要件とは

 しかし、いくら都道府県知事などから要請があった、あるいは事態が緊迫していたとしても、無制限に自衛隊の部隊に災害派遣命令が下されるわけではありません。

 派遣を行うためには、まず災害から人命や財産を社会的に保護する必要性があるという「公共性」、状況が切迫していて今すぐにでも救援が必要であるという「緊急性」、そして自衛隊の派遣以外にほかに適当な手段がないという「非代替性」、という3つの要件を満たす必要があるのです。

 さらに、防衛大臣などが自主的に自衛隊の部隊派遣を決定する「自主派遣」の場合には、緊急性の度合いが著しく高く、人命や財産を保護するためには都道府県知事などからの要請を待つ余裕がないというような要件を満たす必要があります。

新型コロナ関連の災害派遣 どう考えるべき?

 しかし、今回の東京都知事からの要請による災害派遣について、たとえば、2020年4月10日(金)付毎日新聞のオンライン記事などにおいて、特に「非代替性」要件の観点から疑問を投げかける声も聞かれます。さらに、冒頭で触れた帰国者支援などを目的とする自主派遣についても、本当に都道府県知事からの要請を待つ余裕がないほどに事態が切迫していたのか、という点についても意見が分かれるところでしょう。

 自衛隊の活動が際限なく拡大すれば、訓練の実施や人員の疲労などに関して、その負担は日に日に増加していくことは想像に難くありません。さらに、北朝鮮によるミサイル発射や、オホーツク海や日本海、東シナ海において、航空自衛隊が連日緊急発進を行っているように、日本周辺の安全保障環境は決して緩やかとはいえません。

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新型コロナ対策のための災害派遣にて、検査結果待ち帰国者の宿泊施設における生活支援の様子(画像:統合幕僚監部)。

 そうしたなかで、河野防衛大臣が4月7日(火)の記者会見にて「(感染者の生活支援などについて)なるべくスムーズに、速やかに、民間の業者に移行できるものは移行していく(中略)なるべくスムーズに民間の方々に業務の移管をしていきたいと考えているところです」と発言しているように、民間業者で対応できる活動は民間に任せるというのもひとつの手段といえるでしょう。

 むしろ、この河野大臣の発言や、派遣期間の短さなどを勘案すると、今回の災害派遣は自衛隊による自治体や民間業者などへの感染症対策のノウハウ伝授を目的にしている、と考えることもできるかもしれません。実際に、防衛省と統合幕僚監部は、家庭でも実践できる新型コロナ対策をホームページ上で公開していますが、これはまさに自衛隊の感染症予防に関するノウハウを一般にも伝授することを目的としています。

 一方で、今回の新型コロナウイルス対応については、こうした危機対応に常に備え、かつ組織的に活動を行うことができる自衛隊に任せた方が、結果としてこれ以上の感染拡大を防ぐことができる、という見方もできるかもしれません。

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