近年、漁獲量の減少が問題となっている、兵庫県の特産品「イカナゴ」。今回、全国初の「科学的な原因解明」がされたようです。

兵庫県と水産技術センターに取材しました。

(アイキャッチ画像提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

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イカナゴ減少要因の解明は全国初

兵庫県では2000年頃からイカナゴの不漁が問題視されてきましたが、その長期的な減少要因が科学的に示されました。ちなみに、「科学的に解明」されたのは全国初となります。

一体どのような理由でイカナゴの不漁が続いているのでしょうか。

「栄養塩の減少」が要因

兵庫県は「栄養塩の低下(貧栄養化)、具体的には窒素の低下がイカナゴの長期的な減少要因である」と発表しました。窒素やリンは「栄養塩」と呼ばれ、植物プランクトンが育つために欠かせない物質です。

つまり、栄養塩が不足すると植物プランクトンが減少し、イカナゴのエサとなる動物プランクトンも育ちにくくなります。エサのプランクトンが減ることで、イカナゴの栄養が不足すると産卵に必要なエネルギーを蓄えることができず、結果として漁獲量の減少につながってしまいます。

イカナゴ減少の要因を兵庫県が発表 全国初の『科学的解明方法』とは?
イカナゴのエサとなる動物性プランクトン(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

調査実施の背景

それでは、なぜイカナゴ減少について調査をおこない、今回の「科学的な解明」にまで至ることができたのでしょうか。その理由を兵庫県に取材しました。

瀬戸内海が抱える問題

兵庫県の農政環境部 農林水産局 水産課によると、瀬戸内海では2000年頃から「養殖海苔の色落ち」や「漁獲量の減少」が問題となっていたとのこと。この問題が発生した時点で「栄養塩の減少が瀬戸内海の水産業に悪影響を与えているのでは?」という推測がされていたそうです。

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イカナゴが減少する兵庫の海(提供:photoAC)

栄養塩減少の理由は高度経済成長期に増加した赤潮対策にあります。赤潮問題のため排水規制が厳しくなり、瀬戸内海に流れ出る栄養塩は減少しました。

排水規制によって赤潮の発生件数は減少しましたが、今回の発表が物語るように別の形で生態系に影響を与えてしまうケースもあります。海洋の生態系は微妙なバランスで成り立っているため、我々人間が調整することは非常に難しいようです。

法の改正が調査のきっかけに

上記した瀬戸内海の問題を受け、平成27年に海域を守る法律である「瀬戸内海環境保全特別措置法」が改正され、「栄養塩と水産資源の関連性について5年間の調査研究を行う」という附則が法律内に追加されました。

イカナゴが調査対象魚として選ばれたのには「兵庫県瀬戸内海を代表する魚種であること」、「既に漁獲データ等が蓄積されていたこと」の2つの理由があります。これをきっかけとして、県の水産課と水産技術センターがタッグを組んで本格的な調査がスタートしました。

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イカナゴ漁の水揚げの様子(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

どのような調査をおこなったのか

そうしてイカナゴの不漁要因を探るための調査がスタート。イカナゴ減少要因の科学的な解明に至るまでには、驚くほど緻密なデータ解析がされています。その分析手法について、兵庫県の水産技術センターに詳しく話を聞いてみました。

「栄養塩と漁獲量」の因果関係を調査

兵庫県の水産技術センターによると、まず栄養塩と漁獲量がおおよそどのような関連性を持っているのかを調査したそうです。グラフでその推移を見てみると栄養塩濃度(下記図中の「DIN:溶存無機態窒素」)が高い1990年前後はイカナゴも豊漁でした。一方で、栄養塩が減少している1990年代後半以降はイカナゴの漁獲量も大幅に減少していることが分かります。

イカナゴ減少の要因を兵庫県が発表 全国初の『科学的解明方法』とは?
栄養塩と漁獲量の関係(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

このデータからも「栄養塩濃度がイカナゴの漁獲量に影響する傾向がある」ということが分かります。しかし、これだけではイカナゴの減少要因を「科学的に解明した」とは言えません。

そこで、調査チームは以下1~5の「イカナゴ減少のシナリオ」を立てました。

1. 海域の貧栄養化
2. イカナゴのエサ不足
3. イカナゴ肥満度の低下
4. 産卵数の減少
5. イカナゴの減少

このシナリオを調査によって立証していけば「海域の貧栄養化(栄養塩不足)がイカナゴ減少の要因である」と言えることになります。

イカナゴのエサ不足を数値化

次に調査チームは、栄養塩不足でイカナゴのエサとなるプランクトンが減少していることを立証するべく、採取したイカナゴの胃中のエサ量を測定しました。そのデータが以下図です。

イカナゴ減少の要因を兵庫県が発表 全国初の『科学的解明方法』とは?
イカナゴの胃中エサ量推移(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

栄養塩が豊富であった1990年前後に比べると、2000年以降は食べているエサの量がガクンと落ちています。エサの不足と比例して、イカナゴの肥満度も年々減少していることが分かりました。(下図参照)

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イカナゴの肥満度の推移(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

孕卵数の低下

次に「栄養不足はイカナゴの卵の数にも影響するのでは?」と仮説を立て、実際に孕卵数(持っている卵の数)を調査したとのこと。その仮説は正しく、同じ体長であるにもかかわらず、昔と比較して近年のイカナゴの孕卵数は大きく減少していることが分かりました。

イカナゴ減少の要因を兵庫県が発表 全国初の『科学的解明方法』とは?
孕卵数が減少(提供:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)

この数々の調査によって、イカナゴ減少のシナリオ通りに「栄養塩濃度が低くなるとイカナゴの数も減少する」ということが科学的にも立証されたことになります。

さらに緻密な調査も

上記は調査内容の一例となりますが、調査チームはその他にも緻密な検証を重ねることで「栄養塩とイカナゴの漁獲量の関連性」を分析しています。内容は論文レベルの話になるため、調査の全てをご紹介することはできませんが、具体的な内容を知りたい方は「『豊かな瀬戸内海の再生を目指して』(引用:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター)」からご覧ください。調査チームの情熱が伝わってくる肉厚な内容となっています。

調査結果の活用に期待

今回の調査により、全国で初めてイカナゴ減少の要因が科学的に立証されたことになります。しかし、「調査内容をどのように活用するのか」が最も重要であり、これからが取り組みの本番と言えます。

兵庫県は調査内容を環境省や水産庁に提出し、「豊かな瀬戸内海の再生に向けた施策の推進」を働きかけていくとのこと。

「豊かな瀬戸内海を取り戻す」を合言葉に、同県の挑戦は続いていきそうです。

取材協力:兵庫県 農政環境部 農林水産局 水産課

取材協力:兵庫県立農林水産技術総合センター 水産技術センター

<田口/TSURINEWS編集部>