1970年代に起こった連続企業爆破事件の指名手配犯で、約半世紀におよぶ逃亡生活の末に病死した桐島聡の人生を、高橋伴明監督が映画化した『「桐島です」』が、7月4日から全国公開される。本作で主人公の桐島聡を演じた毎熊克哉に話を聞いた。
-桐島聡のことは知っていましたか。
指名手配ポスターの桐島聡という名前と顔写真は無意識のうちに覚えていました。街中のどこかに貼ってあったのでインプットされていたんでしょうね。それで何かニヤっとしている青年という印象はありました。
-最初にこの映画のオファーがあった時はどんな気持ちでしたか。
去年の1月に桐島聡を名乗る人物が亡くなったというニュースが流れてから、数カ月後にこの映画の話があったので随分早いなと思いました。僕は1987年生まれなので、事件のことも薄っすらと知っている程度で、後でちゃんと調べないと分かりませんでした。世間的にはテロリストで逃亡犯だった人物で、しかも話題になってから早い時期だったので大丈夫かなと思いましたが、高橋伴明監督から「毎熊でどうだ」というお話があったので、「絶対やりたいです」と二つ返事でお受けしました。
-脚本を読んでみてどんな印象でしたか。
桐島は逃げ切ったのに、なぜ最後に自分の名前をわざわざ名乗ったのかという謎があるんですけど、それについての解釈の提示は脚本には全くなかったんです。けれども、脚本を読んでいく中で、桐島の持ってる優しさとか真面目さとか、そういうものが伝わってきて、とても哀愁を感じました。だから、みんながテロリストだと思っているこの男を自分が演じるとなった時に、すごくやりがいがありそうだなと思いました。
-彼が逃亡中に何を考えどういう生活を送っていたのかは想像するしかありませんからね。
そこが大きいですね。本当に情報が少ないので。写真にしても3、4枚ぐらいしか残っていない。有名な指名手配のポスターに使われていた顔写真と、50代の頃の写真と、あとは動画があったのでそれを頼りにしました。それに加えて、脚本に書かれた想像の世界の部分が大きいです。キーナ(北香那)という女性との話や、アパートの隣の男(甲本雅裕)とのエピソード。そういうフィクションの部分が自分としてはめちゃくちゃ面白くて。だから最後に何で名乗ったのかも観客の皆さんが自由に想像してくれるんじゃないかと思いました。
-確かにイマジネーションというか、こうだったんじゃないか、こうあってほしいとか、いろいろと想像ができますね。
イマジネーションのきっかけになるというのがこの映画の最大の価値だと思います。この人がどういう人物だったのかを説明するのではなくそれを想像させる。僕もそうですけど、あの時代を知らない人たちがそれを想像したり、今だったら自分たちの武器って何なんだろうかとか、どんな武器なら人を傷つけずに主張を訴えられるのかとか、自分はただ見ているだけでいいのかとか、いろいろと想像をめぐらせることがすごく重要なのかなと思います。
-実際に演じてみて感じたことや、演じる上で心掛けたことや気を付けたことはありましたか。
自分が桐島を演じる上で一番重要だと思ったのは、(偽名の)「ウチダヒロシ」として、1人の部屋で朝を迎えて、窓を開けてコーヒーを飲んでというシーンでした。せりふがないので、演じる側としては、目覚めた時にこの日の彼はどういう心境なのかということを考えました。最初の方は「見つからないかな」という不安の朝、「大丈夫だ」という安心の朝もあれば、後半は「もうここらで終わせたいな」とか、いろんな感情があります。同じことの繰り返しの中でも変化があるようにしたいと思ったので、そこに一番気を使いました。
-桐島という人物についてどう感じましたか。共感はできましたか。
僕は今38歳ですが、自分以外のことのために戦ったり、行動を起こしたことがあるかと言われるとそんなにないなって。
-劇中で、桐島が彼女と一緒に映画『追憶』(74)を見るシーンがあり、河島英五さんの歌で有名な「時代おくれ」を歌いますね。どちらも桐島のロマンチストの一面がよく出ていたと思いますが。
脚本には曲名は書いてありませんでした。どの曲を歌うのかはいろいろと吟味してあの曲になりました。実際に桐島が暮らしていた部屋にはギターがあったり、音楽が好きだったという事実はあるので、歌を歌うシーンは僕にとっては大きなヒントになりました。どちらかというと彼が好んで聴いていたといわれるものは僕も好きなので。映画もそうですけど、その人がどういうものを好きだったのかを知るのは大きいですし、歌や踊りはせりふ以上の何かを持っている気がします。人格や性格を表すときにそういうものがヒントになります。演じる自分にとってもそうですし、多分この映画を見る人にとってもヒントになるんじゃないかと思います。
-完成作を見た印象はいかがでしたか。
『夜明けまでバス停で』(22)もそうでしたが、ドライに淡々と進んでいって、そのどこかにロマンが見え隠れするというのが、高橋監督の映画で僕がすごく好きなポイントで、この映画にも同じような感覚がありました。最後はちょっととがった終わり方だという気はしますけど。
-これから映画を見る方や読者に向けて一言お願いします。
観客の層としては、恐らくこの時代を知ってる方が一番多いと思いますが、できるなら、桐島聡が2、30代だった頃と同じ年頃の今の若い人たちに想像をめぐらせながら見てほしいと思います。全く知らない時代の話だけど、この人は何に怒っているんだって想像することによって分かってくることがあったりもします。なるべく無知な状態で見てもらうのもいいんじゃないかなと思います。
(取材・文・写真/田中雄二)