スポルティーバ・新旧サッカースター列伝 第11回

ドリブルはサッカーのプレーのなかの一つだが、そのドリブルのすばらしさでファンを熱狂させ、喜ばせてきたスターがいる。今回からは、自分の得意の型で相手DFを抜きまくった、名ドリブラーたちを紹介していく。

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<マシューズ型選手権>

 今回から数回は「ドリブル王選手権」、史上最強のドリブラーは誰かを考えたい。

 初回は「マシューズ型選手権」。アウトサイドで抜いていくフェイント・モーションの系譜を追ってみたい。とはいえ、もう本人の名前がついているぐらいなので、スタンリー・マシューズの優勝決定と思われるかもしれないが......まあ、行ってみましょう。

ドリブル王選手権! アウトサイドで抜くメッシ以上の名手がいた...の画像はこちら >>
 スタンリー・マシューズは、言わずと知れた1956年の第1回バロンドール(欧州年間最優秀選手)受賞者。マシューズを表彰したいがために賞を作ったとも言われているぐらいの伝説的名手(ストークシティやブラックプールで活躍。
イングランド代表で54試合出場)で、そのトレードマークが「マシューズ・トリック」と呼ばれたフェイントだった。

 右ウイングのマシューズのフェイントは瞬間的な速さ、というより間合いのとり方がポイントだったと思う。小刻みなステップで対峙する相手DFとの間合いを計り、右足のアウトでヒュッと縦へ持ち出して置き去りにした。タイミングで抜いている感じだ。

 50歳まで現役だった選手なので、いつが全盛期なのかよくわからないのだが、映像をチェックできたのは38歳の頃。若い頃はもっと速かったのかもしれない。


 よく似ていたのが1950~60年代に活躍した、ブラジルのガリンシャだ。やっぱり小刻みなステップで間合いを計りながら、縦へビューンと出る。

 ただ、ガリンシャの飛び出しは、まさにロケットスタートだ。比較した年齢が違うのでマシューズには分が悪いのかもしれないが、スピード自体は比較にならない。もう、あの速さがあればフェイントは要らないんじゃないかというぐらいなのだ。

 実際、ガリンシャは多彩なフェイントを持っていたが、抜くときはほとんどスタートダッシュ一発でぶっちぎっている。
現在のクリスティアーノ・ロナウドと同じで、いろいろ技は見せていても、いざ抜くときは圧倒的なスプリント力というタイプだった。

 マシューズ型に関しては、これを得意とする選手はたくさんいるけれども、最高峰は元祖のマシューズとガリンシャが双璧である。マシューズ型の使い手は、縦に抜いてクロスボールという形で終わるわけだが、ぶっちぎるスピードがないとクロスの段階でブロックされやすい。

 その点でガリンシャは特別で、トップスピードでロークロスを通すキック力と体のキレがあった。ガリンシャが縦にビューンと出た時点で、中央の相手DFも全員反応が遅れている。そして自陣ゴールへ戻る鼻先にシュートみたいなクロスが入ってくるので、おいそれと足も出せない。

ゴール前でクロスを受けるババやペレは、押し込むだけだった。

 マシューズの長身CFの頭上へプワーンと上げるクロスも風情があったが、現代性ということも考慮してガリンシャの優勝としたい。

<カットイン型マシューズ>

 縦に抜け出るのではなく、サイドから中央へカットインしていく変形マシューズ型も多くの名手がいる。

 先に書いてしまうと優勝はリオネル・メッシだ。カットイン型は縦へ抜けるタイプとは少し違う資質が要求される。マシューズやガリンシャのような縦突破型はスピードが絶対だったが、カットイン型は速さだけでなく足元からボールを離さないことが重要なポイントになる。
逆に言うと、フルスピードで走るよりも余力を残すぐらいでちょうどいい。

 というのも、縦突破では次のプレーはクロスボールに決まっているが、カットインの場合はシュートもパスも選択肢になるからだ。さらに、進む方向には次の相手もいるので足元からボールを離すと奪われてしまう。抜いて終わりではなく、むしろ抜いたあとのほうが大事。だからボールをいかに足元から離さず、顔を上げていられるかがカギになるわけだ。

 メッシは右足を右側へ踏み込んで、左足のアウトでボールを抱え込むように左方向へ運ぶ。
加速しても常に左足の前にボールがあり、歩幅も小さいので、相手は非常にタックルしにくい。

 しかもメッシは、歩幅と走るリズムを微妙に変えられる。とても微妙なのでスローで見てもよくわからないぐらいなのだが、例えば左へ斜行しながら右足を踏み込む。この右足の踏み込みで相手DFはシュートを予測してブロックの体勢に入るのだが、するとメッシは次の左足の運びが通常の半分ぐらいの歩幅になるのだ。

 そしてそのまま通過。つまり、一種のキックフェイントなのだが、蹴る動作そのものはしていない。ちょっと歩幅が違うだけだ。ただ、これをやられると相手DF側は全く止めるチャンスがないまま、メッシに目の前を素通りされてしまう。

 2人、3人とシュートコースを防ぎに行きながら、結局最後は打たれてしまう。メッシの斜行ドリブルの途中で、相手DFがバタバタと倒れてしまうのは、シュートブロックしようとブレーキをかけたのにそのまま通過されるので、再び追いつこうとして足がもつれてしまうケースが多いからだ。

 ボールを突いてスプリントするドリブルではないので、ガリンシャのような単純な速さはない。そのかわりボールが常に足元にあって、リズムの変化がある。例えば、最初に右足を踏み込んで左足のアウトで触るときに、メッシは右足を踏み換えているときがある。左足を着地させないまま、右足だけで二度地面を踏んでいるのだ。体を支える右足が強いので、左足をより自由に使えるのだろう。
(※注 メッシと似たカットインをするアリエン・ロッベンは、別のタイプとして次回以降に登場します)

<バカ型マシューズ>

 ブラジルで「バカ」のドリブルというのがある。バカとは牛の意味。バカのドリブルとは、例えば右側にボールを突いておいて自分は対峙する相手DFの左側を抜けていく、「裏街道」などと呼ばれている形のドリブルだ。なぜこれが「牛」なのかはよくわからないが、これのマシューズ・バージョンもある。

 右足のアウトサイドでボールを右へ運び、自分は左へ体を運ぶ。そのまま相手DFの左側を通過すればバカ・ドリブルだが、もう一度右へ体を運んでボールに追いつくという、なかなか手の込んだドリブルである。

 これの最高峰はロマーリオだと思う。

 GKとの1対1でよく使っていたのだ。GKの前で左足を左方向へ大きく踏み込む。そのとき、微妙なタッチでボールを右側へ逃がしておく。ボールは右へ、ロマーリオは左へ。

 この瞬間、たぶんGKはわけがわからなくなっている。ロマーリオの体の動きとボールの動きが反対だからだ。しかし、次の瞬間にロマーリオはステップを踏み換えてGKの目の前を通過していくのだ。

 普通なら、そのままバカのドリブルでGKから見て右側を通っていくところだが、それではボールに追いつかなかったり、追いついてもシュートの角度がなくなってしまうかもしれない。そこで、ロマーリオはGKを回り込まずにボールへの最短距離を行くわけだが、超人的な反転能力がないとまずできない。

 はっきり言って人間業ではない。猫でなければロマーリオにしかできそうもない。