ヤクルトの沖縄・浦添キャンプ。新外国人のアルシデス・エスコバーは、メジャー時代と比べたら2週間ほど早くキャンプ生活を過ごしている。



「このような時期に、こういった強度の練習をしたことがなかったので、もちろん疲れは感じています。でも、それ以上に(日本のキャンプを)楽しんでいます。チームがひとつになって楽しくやろうとする雰囲気というか、選手間で冗談を言い合いながら練習を進めている。そういった時間を、私はとても気に入っています」

 日ごとにチームに溶け込んでいくエスコバーの姿を見れば、シーズンへの期待はより大きくなるのだった。

ヤクルト進撃の起爆剤となるか。名手エスコバーがチームに与える...の画像はこちら >>

2015年にア・リーグのゴールドグラブ賞を獲得したアルシデス・エスコバー

 エスコバーのメジャーでの球歴は、じつに華やかである。通算11年で1367安打、41本塁打、174盗塁をマーク。
ロイヤルズに在籍した2015年は、「1番・ショート」としてワールドシリーズ制覇に貢献した。また、この年はオールスターにも出場し、ア・リーグチャンピオンシップではMVPを獲得。ゴールドグラブ賞にも選出された。

 そんなエスコバーに、日本式のキャンプについて聞くと、こんな答えが返ってきた。

「アメリカは個人で動きます。日本はチーム全体で動いて練習しますが、そのことに戸惑いはありません。
日本の野球文化に順応していかないといけないですし、それは日本でプレーしようと考えた時から決めていたことです」

 エスコバーは朝のアップからチームと離れることはない。アップでは一つひとつの動きが新鮮なのか、「こうやるのか?」と愉快そうに体を動かしている。また、室内練習場での打撃練習が終われば、裏方たちと一緒になってボール拾いもする。

「自分はチームプレーヤーですから、勝利に貢献するのであれば何でもやります。なので、このキャンプのメニューもまったく問題ありません」

 シーズンに入れば、ビッグプレーでチームを救ってくれることを期待していますと伝えると、「重要なのは基本に忠実であるということです」と言って、こう続けた。

「守備に関しては、状況に応じることが大事なことで、まずは無難なプレーでアウトを取ることが大切です。

アクロバティックなプレーはそうした積み重ねのなかから生まれるもので、私が心がけているのは、ステップと構え、そして正確な送球をすること。その3点です」

 エスコバーの守備は、チームにどんな印象を与えているのか。森岡良介内野守備・走塁コーチは「おそらく仕上がりとしてはまだ4割程度だと思うんですけど」と前置きして、こう話す。

「まず、基本にすごく忠実ですよね。そのなかで、打球をしっかりと自分のポイントまで引きつけて、捕球することができる。日本人には真似できないハンドリングの柔らかさがあります。
もっと派手な動きを想像していたのですが、丁寧で堅実ですよね。チームのテーマである『取れるアウトを確実に取る』というのを意識してくれているのかもしれません」

 状態が上がってきた時のイメージについて聞くと、こんな答えが返ってきた。

「技術的な部分での心配はないですよね。取れるアウトを確実に積み重ねてくれて、そのなかでYou Tubeで見られるようなビッグプレーは勝手に出てくると思います(笑)。あとは、環境の変化への対応だけだと思います。メジャーと日本ではボールの質感が違いますし、人工芝も多いですし、サインプレーもある。

いろいろ覚えることがありますが、エスキー(エスコバーの愛称)はすごく真面目なので、そこも心配していません」

 森岡コーチは、エスコバーの存在が、ここ数年レギュラー獲得のチャンスをつかみながら頭ひとつ抜け出せない若手たちの刺激になると期待している。

「キャンプインした時に、エスキーが入ったことで、彼らなりに『普通にやっているだけではダメだ』と自覚しているように感じました。みんな動きがよくなっています。ただ、彼らに誤解してほしくないのは『ショートはエスキーで決定』ではないということです。エスキーの技術をどんどん吸収して、彼と争ってほしい。みんなレベルアップしてくれることが、チームとしての底上げにもなりますから」

 そこで、ふたりの若手内野手に今シーズンにかける思いを聞いてみた。


 廣岡大志は昨シーズン10本塁打を記録するなど、大型遊撃手としての才能が開こうとしている。

「エスコバー選手は自分と同じポジションですし、試合はひとりしか出られないので、ポジションを獲りたいという気持ちが増したことは確かです。僕もメジャーリーグは好きですし、ゴールドグラブ賞を獲っている選手と間近でプレーできることは貴重なことです。ただ、吸収することについては、体型が似ていても骨格の違いもありますし、やっぱり自分は自分なんで……。

 自分はまだまだなんですが、ホームランが打てるというのはひとつの武器だと思っています。でも、それだけではダメなので、しっかりチームプレーや守備で貢献して、バッティングでは長打力と確実性をバランスよく出せればと思っています。そのための準備はしてきました」

 吉田大成は社会人からプロ入りした2年目の選手だ。

「僕はほかの選手よりひとつ下の位置にいると思っているので、エスコバー選手を意識する段階ではないです。まずは守備からアピールしていきたいです。自分としては去年より勝負できる形になってきていると思っています」

 吉田は、エスコバーを意識することはないが、観察はしているという。

「キャッチボールがめちゃめちゃうまいですよね。きれいな縦回転のボールで、ほとんど相手の胸元にいっていると思います。キャッチボールがうまい人は守備もうまいので見習っていきたい。ノックでも、最初はジャンピングスローとか派手な感じと思っていたのですが、実際はすごく丁寧に捕って投げていますよね。メジャーでゴールドグラブ賞を獲る選手は、基本をおろそかにしないんだと思いました。今は観察しながら、吸収できるところを探して試していきたいです。これはエスコバー選手だけではなく、どの選手に対しても思っていることです」

 余談だが、吉田は昨年の夏頃から青木宣親のバッティングを観察し、参考にしている。そしてこのキャンプで、青木から直接アドバイスをもらった。

「僕がノリさん(青木)のフォームを参考にしているのを知っていてくれて、個別打撃の時にうしろから見てくれていたんです。で、(フォームが)似ているんだから『オレのバットを使ってみろよ』って貸してくださり、使ってみたらすごくしっくりきて……そしたら『じゃあこれ使えよ』ってくれました。大事に使います」

 もうひとつ余談だが、青木とエスコバーはロイヤルズでチームメイトだった間柄である。キャンプ中、青木がエスコバーに対して気を遣っている姿を何度も目にした。

 このキャンプ、エスコバーの午後のメニューは”ランチ特打組”として、青木、雄平、坂口智隆といったベテランとの練習になる。その練習で普通にオーバーフェンスする打球を見れば、メジャーで通算41本塁打だったとはいえ、やはり格の違いを感じる。杉村繁打撃コーチは「もちろん、バレンティンのように4番を打って、30本とかはないだろうけど」と言って、現時点での見立てを語ってくれた。

「今は守備がクローズアップされているけど、メジャーで1400本近くヒットを打っているわけだから、心配はしていないですよ。34歳だけどスピードはあるし、勝負強いとも聞いている。うちには山田哲人や青木、村上宗隆がいるので、彼らのつなぎになってくれたらいいですよね。ただ、まだ状態は上がっていないけど、日本の球場はメジャーに比べたら狭く、投手の質も違うので長打が増えることも考えられる。我々としても手探りの状態です」

 昨シーズン、ヤクルトはひとつのアウトを取り切れなかったことで、ズルズルと失点を重ねてしまった場面が多かった。だが今シーズン、エスコバーがその実力を発揮すれば、12球団ワーストを記録したチーム防御率は改善され、接戦をものにできるチームへと変貌するはずだ。エスコバーはそんな希望をかなえてくれる選手なのである。