サッカースターの技術・戦術解剖
第18回 アルトゥーロ・ビダル

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<個人での欧州各国リーグ8連覇>


 2019-20シーズンが終了し、アルトゥーロ・ビダル(バルセロナ/チリ)の"9連覇"はならなかった。ユベントスでスクデット4連覇、バイエルン・ミュンヘンでブンデスリーガ3連覇、そして昨季はバルセロナでリーガ・エスパニョーラを制していたので、個人的にリーグ8連覇だったのだ。



メッシとも協調。バルサでもポジションをつかんだビダルの生命力...の画像はこちら >>
 行く先々でタイトルを獲得する優勝請負人としては、ズラタン・イブラヒモビッチ(スウェーデン)が有名だ。イブラヒモビッチの場合は、自身のゴールが勝利に直結しているのでわかりやすい。

 ビダルはストライカーではないので貢献度はわかりにくいところがあるが、これだけ優勝しているのは、単に強いクラブに所属していたというだけの理由ではなさそうだ。

 MFとして中央もサイドもできるし、攻撃的にも守備的にもプレーでき、あるいはそのすべてを同時にできる。優れたスキルと無尽蔵のスタミナ、ポジションセンスに長け、強烈なタックラーでもある。空中戦にも強く、得点力も備えている。
資質的に何でもできるので、どのポジションでも問題がない。

 バルセロナでは少ない出番に不満を漏らしていたが、今季はすっかりレギュラーとしてプレーしている。というより、現在のバルサにおいてビダルは不可欠の存在と言っていいかもしれない。

"戦士"のニックネームで呼ばれるビダルは、プレースタイルがバルセロナと合っていないように思える。バルサのインテリオール(インサイドMF)と言えば、シャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタ(共にスペイン)だ。

 そして現在所属するフレンキー・デ・ヨング(オランダ)なら、シャビやイニエスタの後継者と言えそうだが、ビダルはまったく違う。
なにせ戦士なのだ。むしろバルサの哲学の下では否定されてきたタイプである。

 ただ、これまでのバルサにまったくいなかったタイプでもない。

 最近では、ビダルと似たパウリーニョ(ブラジル)がプレーしていた。ロナウジーニョ(ブラジル)が移籍してきたシーズンには、エドガー・ダービッツ(オランダ)がいた。いずれもカンテラ育ちではなく、外部からの補強選手だが、必要だから獲ってきたわけで、バルサはバルサらしくない選手を必要とする場合があるということだ。



<変形4-3-3で見つけた居場所>

 今季のビダルのポジションは、主に4-3-3の右インテリオールである。かつてのシャビのポジションだ。もちろん、ビダルにシャビのようなプレーが求められているわけではない。ビダルが必要とされているのは、バルサの4-3-3がすでにかつてと同じではなくなっているからだ。

 4-3-3が変質した原因は、リオネル・メッシ(アルゼンチン)にある。

 メッシの能力を最大限に活かすこと。
これが歴代監督の課題になっている。ジョゼップ・グアルディオラ監督は、右ウイングだったメッシをセンターフォワード(CF)にコンバートして「偽9番」(CFから中盤に下りてきてプレーする役割)としてブレイクさせた。

 やがてルイス・スアレス(ウルグアイ)が来たので、メッシは元の右ウイングに戻ったが、こちらは言わば「偽7番」(ウイングから中盤に入ってプレーする役割)である。

 そしてエルネスト・バルベルデ監督はついにメッシ、スアレスの2トップによる4-4-2へ踏み切った。メッシの起用法としては最もシンプルで、システムとしても歪ではない。

「偽7番」では、メッシの守備負担を軽減すると同時に、右サイドで幅をとる役割を周囲が請け負う必要があり、右サイドバック(SB)の消耗は明らかだった。
最初からトップに置いておけば、シンプルにMFとDFが4-4のラインで守備をすればいいので、特定のポジションが疲弊することも避けられる。

 だが結局、今季は元の「偽7番」に戻している。伝統の4-3-3を維持したいという思いもあっただろうが、単純に消耗しない選手=ビダルがいたからという理由もあるに違いない。

 攻撃時にメッシは中央へ移動する。そして守備はしない。そこで右のインテリオールにはサイドへスライドしての守備が求められる。

右のハーフスペース(サイドと中央の中間エリア)とサイドをカバーする役割に、運動量と守備力を兼ね備えたビダルはうってつけなのだ。

<協調しながら個性を発揮する生命力>

 2019-20シーズン、バルサはメッシのパートナー探しに苦しんでいた。

 スアレスはいる。しかし、かつてのネイマールにあたる選手がいなかった。右からメッシが繰り出す長いパスを受けてフィニッシュできるアタッカーがいない。左SBのジョルディ・アルバ(スペイン)はメッシとの感覚を最も共有できる選手だが、SBなのでスタートポジションが低く、アシストはできてもフィニッシュを期待するのは難しい。

 ネイマールに代わる選手としてアントワーヌ・グリーズマン(フランス)を補強したのだが、期待外れに終わっている。メッシとのコンビネーションを確立できず、グリーズマン自身も調子を落としてしまった。アンス・ファティ(スペイン)ではまだ経験不足は否めず、ウスマン・デンベレ(フランス)は負傷離脱したまま。

 メッシは、得点からアシストへ、徐々にプレースタイルをシフトしている。今季得点王とアシスト王を獲っているが、優勝するためにはもっとアシストがあるべきだった。ドリブルで密集へ突っ込んでいく"ラッシュ"も相変わらずやっているが、頻度は減っている。

 少し引いた位置からピンポイントのパスを狙うほうへシフトしたなかで、パートナー不在は痛かった。メッシが引けばゴール前はスアレスだけになり、ターゲットが1つだけではさすがに厳しい。

 その点で、ビダルは攻撃面でも重要な役割を果たしていた。

 メッシが引いた時には、ビダルが中盤から飛び出してピンポイントのロブを引き出していた。アタッカーが引くことで人数不足になる前線を補充していたわけだ。ビダルはヘディングが強く、守備陣の穴を見つける感覚も優れている。何より、前線へ飛び出しても、すぐに戻って守備ができるのがポイントだ。

 攻守両面でメッシを助けられるビダルは、今季のバルサにおいて不可欠な存在になっていった。

 バルサに移籍してきた選手は、なかなかフィットしないことが多い。グリーズマンがそうだったし、ネイマールも少し時間がかかった。ハビエル・マスチェラーノ(アルゼンチン)はセンターバックに居場所を見出すまで苦闘していた。

 合わないか、過度に合わせすぎて個性をなくすか。いずれかのケースがよく起こっている。そんななか、バルサで生きていくための最重要事項とも言えるメッシとの協調に成功し、自分の個性も発揮しているビダルの生命力は只者ではない。どこへ行っても優勝できる秘密は、その生命力にあるのではないか。