クラシックに縁がなかった馬たち(後編)
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トライアルや前哨戦などで結果を出して、クラシックの最有力候補に挙げられながら、結局、ひとつもタイトルを獲れずに終わった馬はごまんといる。
個人的に思い出深い馬と言えば、2007年のクラシックに臨んだフサイチホウオーと、2014年のクラシックを戦ったトゥザワールドだ。
デビュー4連勝で挑んだ皐月賞は惜しくも3着だったフサイチホウオー
フサイチホウオーは、セレクトセールで1億円(税別)で落札された高額馬。当初は期待どおり、デビューから共同通信杯まで4連勝という快進撃を見せた。そのうち3勝は重賞で、ピカピカの戦績を背負ってクラシックに挑んだ。
迎えた第1弾の皐月賞。1番人気を譲ったアドマイヤオーラ(4着)と一緒に後方から追い込んだが、先行した2頭をわずかに捕え切れず、3着に終わった。
この時、勝ったのが、ウオッカ。64年ぶりに牝馬でダービーを制したウオッカの名前は、競馬ファンであれば、誰もが知っているだろう。しかし、同ダービーの1番人気は? と聞かれて「フサイチホウオー」と答えられる人は、ほんのひと握りではないか。
フサイチホウオーは、三冠最後の菊花賞も8着。その後もパッとした成績を残せずに引退した。
トゥザワールドも、名牝トゥザヴィクトリーを母に持つ良血で、デビュー前から評判が高かった。そして実際、2戦目の未勝利戦から弥生賞まで4連勝を飾って、一躍クラシックの主役候補となった。
しかし、1番人気の皐月賞は2着と惜敗。続くダービーも5着に終わった。
クラシックを勝つための、あと一歩の詰め、ここで"勝つ"という本気度が、トゥザワールドには足りなかった。菊花賞でも16着に敗れ、「この馬はこんなものか」と思われるようになった。
ところが、続く古馬相手の有馬記念でジェンティルドンナの2着となって、波乱を起こした。この"走る気"を、もっと早く出していたら......。
少し時間を遡(さかのぼ)れば、三冠に縁がなかった馬として、1996年のクラシックを戦ったロイヤルタッチを思い出す。
この年は、種牡馬2年目のサンデーサイレンスの評価を、早くも決定的にした年。「当たり年」とも言われ、クラシック戦線においても「大物」と称された産駒がふんだんにいた。イシノサンデー、ダンスインザダーク、バブルガムフェローらがそうで、ロイヤルタッチもそうした「大物」の1頭に数えられていた。
現にデビューから3連勝を飾って、直近の若葉Sでは2着に敗れるも、皐月賞では堂々の1番人気に推された。しかし皮肉にも、同じサンデーサイレンス産駒に苦杯をなめる。
続くダービーも4着に終わると、菊花賞では再び、同じサンデーサイレンス産駒のダンスインザダークの後塵を拝して2着となった。自らを強くしたのは、まさしくサンデーサイレンスの血である。だが、その血が大きな"壁"にもなった。生まれた年が悪かった、というしかない。
運がなかった――という意味では、2004年の三冠レースに挑んだコスモバルク。
最初に参戦したのは、500万下(現1勝クラス)の百日草特別。同レースを完勝すると、ラジオたんぱ杯2歳S、弥生賞と重賞も連勝した。その結果によって、「地方競馬から久々の大物登場」と話題となった。
そうして、皐月賞では1番人気に支持されるが、2着に屈した。その後、ダービーが8着、菊花賞が4着に終わり、地方の雄の悲願達成はならなかった。
惜しかったのは、皐月賞。逃げ・先行のコスモバルクだったが、大外18番枠が響いた。道中はいつもより後方に位置することになり、この位置取りが致命的となった。
というのも、勝ちタイムが1分58秒6と、当時の皐月賞レコードまでコンマ1秒差に迫るもので、この日の馬場はそれほどの高速馬場だったのだ。こうなると、圧倒的に前が有利。よく言う「前が止まらない」状態になるからだ。
案の定、コスモバルクは最後の直線で、メンバー最速の上がりを繰り出して猛然と追い込んだものの、勝ち馬に1馬身と少し届かなかった。
この時勝ったのは、のちにこの皐月賞を含めてGI通算5勝を挙げるダイワメジャー。そういう意味では、相手も悪かった。同馬も7枠14番と外目の枠だったが、出足よく2番手をキープ。その差が大きかった。
もし大外枠でなかったら、もし高速馬場でなかったら、もしダイワメジャーがいなかったら......など、いくつもの"たられば"が思い浮かぶ。大一番の勝負においては、運も必要だ――と、あらためて思う。
本番直前のケガによって予定が狂わされ、戴冠が遠のいた馬も数多くいる。最近で言えば、2018年のダノンプレミアムだ。
デビュー3戦目にGI朝日杯フューチュリティSを制し、無傷の4連勝で前哨戦の弥生賞も快勝。クラシックの大本命と目されながら、挫石(蹄底におきる炎症)で皐月賞を回避した。ダービーにはなんとか間に合って、1番人気に支持されるも、6着に敗れた。
以後、翌春まで長い休養を余儀なくされた。復帰後、重賞連勝を決めたが、いまだGIでの勝利はない。無事であったなら、皐月賞、ダービーも勝っていたかもしれないし、古馬になってからもGIのひとつやふたつ、獲得していただろう。
ダノンプレミアムに限らず、フジキセキ、バブルガムフェローなど、アクシデントに泣いて、クラシックで"無冠"に終わったケースは枚挙にいとまがない。やはり、「無事是名馬」なのである。
クラシックを勝つ馬と、「大物」「有力」と言われながら勝てないで終わる馬。その両者の明暗を分けるものは何か。
あれこれ議論はあるかもしれないが、詰まるところ「わからない」というのが、正解だろう。
生涯1度しかないクラシック。その舞台においては、勝者のみが称えられ、記録にも、記憶にも残る。そんな勝者と激戦を演じようと、それ以前に勝っていようと、2着となれば、その多くはいずれ忘れ去られてしまう。厳しくも、それが現実である。
クラシックは、厳しくもあり、それゆえの美しさもある。その勝ち負けにおいて、正解がないということを含めて、競馬の縮図のようなレースである。
今年も3つ目の"泣き笑い"の舞台が、まもなく幕を開ける。