今季のメジャーリーグは残り約20試合を切り、地区優勝やワイルドカード争い、個人タイトルの行方に注目が集まっている。

 なかでも最大の焦点のひとつが、二刀流の大谷翔平はどんなフィニッシュを迎えるのか、だ。

「今年の大谷が一番すごいのは、ケガなく、二刀流をここまで完璧にこなしてきたこと。当事者としては誰も語れませんが、"すごいこと"だけは明らかにわかります。まさにゴール手前のラストスパートに入ったので、完走してほしいのが第一の願いですね」

 そう話したのは、元メジャーリーガーで解説者の斎藤隆氏だ。

大谷翔平の改善された投球メカニクスに驚き。斎藤隆「4球くらい...の画像はこちら >>

あと1勝で103年ぶりの快挙を達成する大谷翔平

 ロサンゼルス・エンゼルスに加入して4年目の今季、異次元のパフォーマンスを見せる大谷は44本塁打でア・リーグ2位(現地9月14日時点、以下同)。すでに23盗塁をマークしており、「40本塁打20盗塁」を記録したMLB史上32人目の選手となった。

 投げては21試合で9勝2敗、防御率3.36、136奪三振。

70勝74敗と勝率5割を切るエンゼルスで大きく勝ち越していることに、大きな価値がある。あとひとつ勝って10勝に到達すれば、同一シーズンでの「ふたケタ勝利&ふたケタ本塁打」は1918年のベーブ・ルース以来だ。

 類を見ない二刀流としての活躍に年間MVPが確実視される一方、「サイ・ヤング賞候補」という声も聞こえるほど、投手としての才能も開花した。実は開幕前のオープン戦を見て、「今年は覚醒気味」とスポルティーバに語っていたのが斎藤氏だった(『投手・大谷翔平も今季は「ヤバイ」。斎藤隆が見た明らかな変化、超一流の証』@3月29日掲載)。

「ブルペンでのバランスのよさや、上半身と下半身のつながりは、過去にないくらいのものを感じていました。

それがそのまま、あるいはそれ以上に出ているという印象です」

 5月までは勝ち負けがつかない試合が多かったものの、6月以降、一気に白星を積み上げる。しかも、6回を越えて7、8回まで投げることが増えていった。そうした裏ではピッチングに明らかな変化が見られたと、斎藤氏が指摘する。

「シーズン序盤は、ひとりのバッターに対して何球でアウトを取るかという部分が若干欠けていて、まるでクローザーが先発をしているような印象でした。それが1、2カ月くらい経つと、先発ピッチャーが本来なら6回100球をメドで投げるところを、大谷は6回90球で投げているのではというくらい、いわゆる遊び球をまったく使わずに投げるようになりました」

 MLBで先発投手は100球が交代の目安とされ、マックス・シャーザー(ロサンゼルス・ドジャース)やゲリット・コール(ニューヨーク・ヤンキース)など"サイ・ヤング賞"級の投手は無駄なボールを挟まず、どんどん勝負していく。裏返せば、メジャーでトップを目指すには、そうした投球が必要になる。

 大谷も同様のピッチングスタイルに至ったことに加え、見逃せないのが、二刀流の影響もありながら投げている点だ。先発しない試合では野手として出場しており、体力的な負担は群を抜く。そのハードルの高さを斎藤氏が説明する。

「二刀流は過去に例がなく、いわば自分自身が"実験台"ですよね。その難しさを僕は球数に見ています。

 ピッチャーだけの選手なら、6回110球、日本なら7回130球でも問題ないですが、大谷は二刀流ゆえにそれを許されない。

究極のピッチャーです。それを求められて、今は成し遂げている真っ最中。そんなことができてしまっている点に、驚きを隠せません」

 少ない球数で勝負できるようになったのは、投球メカニクスがよくなり、1球1球の質が高まったことが理由だろう。メジャートップクラスの奪三振率10.61という数字がよく表している。

 こうした今季のピッチングについて、斎藤氏は「よりシンプルになった」と表現する。

「ピッチングフォームの力感が"静から動"へと劇的に移るなかで、160キロのファストボールを投げていく。

しかも非常にいい軌道で入るから、バッターに対してタイミングの取りづらさをかなり生んでいるはずです。真っすぐにタイミングを合わせると、スプリットとスライダーにタイミングを取りづらくなりますからね。

 大谷は長身から投げるのでファストボールに角度があるわけですが、ほかのボールも同じ角度で入ってきて落ちる、曲がる。バッターが真っすぐに対して目線を合わせるなか、逆にその軌道を使って変化球を投げます。

 しかも、どの球でも三振をとれる。大谷のなかでは、4球くらいでバッターをアウトにとれるイメージで投げていると思います。

すごくシンプルですが、とてつもないことをやっています」

 投球メカニクスが改善されて1球ごとの質が高まり、先発のマウンドに立てば1試合トータルでパフォーマンスを発揮できるようになった。そうしたハイレベルの投球を継続しているから、9勝2敗という好成績が残り、さらに二刀流としても躍動できている。

 特筆すべきは、23盗塁を記録している点だ。投げて走るすごさについて、投手視点で斎藤氏が語る。

「ピッチャーがボールのスピードを求めると、自分の体重に筋力をつけて、自重がよりかかるようにします。指先の反発と言いますか、ボールを離す力を強くしたいために、筋力をつけていく。そうすると体重が重くなるので、走ることは二の次、三の次になります。

 でも、大谷は盗塁数が物語っているように、ピッチャーとしてだけでなく、野手としても、スカウトが言うところのすべての"ツール"を使いこなしている。恐ろしいと言いますか、本当にすごいものを見させてもらっています」

 誰も想像できなかったことをやってみせ、「マンガの世界を超越した」とまで言われた。だからこそ周囲は大谷に夢中になり、さまざまに議論し、憶測を飛ばしている。

 その内容は「投手に専念すべきだ」という起用法に及ぶものから、2023年オフにFAになったらどれほどの大型契約を勝ち取るかというものまで、メディアの報道は多岐に渡る。たとえばESPN電子版は、エンゼルスは先手を打ち、今季終了後に年俸55億円の契約更新を結ぶのではと報じた。

 現実として本塁打王争いでトップの座を争う一方、サイ・ヤング賞の可能性は果たしてあるのか。アメリカの各メディアでさまざまに語られるなか、斎藤氏はこんな見解を持っている。

「そういう声が聞こえてくるのはわかりますけど、僕の勝手な想像では、サイ・ヤング賞はとてもタフな人たちがとっている印象です。そういう意味では二刀流をしていると、どうしてもイニング数に少し寂しさを感じます。ピッチャーに専念すれば、間違いなく可能性はあると思いますが」

 今季ここまでの投球回数は大谷が115回1/3に対し、同じア・リーグでサイ・ヤング賞の候補に挙げられるコールは163回2/3、ロビー・レイ(トロント・ブルージェイズ)は170回1/3、クリス・バジット(オークランド・アスレチックス)は151回。ナ・リーグを見ると、ウォーカー・ビューラー(ドジャース)は186回、ザック・ウィーラー(フィリーズ)は195回1/3に達している。斎藤氏が言うように、投手として最高のタイトルを狙うには物足りなさが残る。

 ただし、イニング数に表れる"寂しさ"は、同時に別のものに光を当てている。それが、斎藤氏の見方だ。

「今のイニング数は、二刀流ゆえの数字です。逆に今の大谷にとって、称賛すべき数字だと思うんですね。本来であれば、『二刀流の新しい指針を大谷がつくっているのでは』という見方さえできる。

 固定観念さえも壊してしまうのでは、という面白さがありますよね。メジャーリーグで日本人がそれをやっているのは、痛快でたまりません」

 長いMLBの歴史を振り返っても異彩を放つ大谷は、果たして今季どんなフィナーレを迎えるのか。永遠に語り継がれるこの1年がどう終わるのか、目を離せない試合が最後の最後まで続く。