5月11日、西武戦(PayPayドーム)での東浜巨(ソフトバンク)のノーヒット・ノーランには、思わずため息が出た。
「いい顔になってきたなぁ......」
テレビ観戦だったから、何度も東浜の顔が映し出された。
5月11日の西武戦でノーヒット・ノーランを達成した東浜巨
9回でも150キロをマークした速球は、16勝した2017年の頃の勢いと強さを取り戻したように見えたし、カットボールとシンカーが両サイドに放物線の球筋を描いて、打者の目線を最後まで翻弄し続けていた。
「あの頃は投げていなかったボールだな......」
テレビ画面には「今年でプロ10年目」とテロップで流れていた。もう14年前になるのか......。2008年2月、私は「流しのブルペンキャッチャー」として、当時、沖縄尚学高校の2年生だった東浜の全力投球を受けていた。
見た目はタイの修行僧
17歳の東浜は、すでにもう大人のようなピッチャーだった。
初対面のジャージ、Tシャツ姿の東浜は痩せていた。
それでも骨格は大きく、前から見ると体の面積がすごく大きく見えた。この先、次のステージで筋肉量を増やしていった時の均整抜群の立派なマウンド姿が、その頃から簡単に想像できた。
東浜のボールを受けるまでは、「パチーン!」とくるような軽めの球質を想像していたら、真逆の「ガツーン!」とくる重くて、強いボールだったから驚いた。
「なぜこの体で、こんなボールを投げられるのか......」
まもなく高校3年に上がる直前の2月。沖縄ではプロ野球キャンプがたけなわだった。沖縄独特のムッとする熱気のなか、パラパラ降っていた雨が、20球ぐらい投げてもらったところで、あっという間にドシャ降りになった。南国特有の"スコール"だ。
沖縄尚学時代、2008年のセンバツで優勝した東浜巨
屋根つきのブルペンだったが、横なぐりの雨がガンガン吹き込んでくる。その時の東浜は、来月にセンバツ大会を控えた大事な時期だった。
「やめとこうか?」
もの静かで優しい物言いの少年だから、「そうですね......」といった穏やかな反応かなと思っていたら、「いや、やります!」と強い意志で返してきた。
「こりゃ、本物だ!」
むしろ、こっちの弱気に気合いを入れられたような瞬間だった。
ピッチャーとしての誠実さ
雨はおさまる気配がなく、まるでウォーターカーテンのようだった。18.44メートル先のマウンドに立つ東浜がぼんやり霞んで見える。
「じゃあ、本気で!」
「はい、もちろんです!」
リクエストしたアウトローに、すばらしい角度と回転のボールが決まった。
「ナイスボール! すばらしい! 続けろ、続けろ! 続けて、アウトローに投げる感覚、覚えちゃえ!」
「おっしっ!」
そこからがすごかった。右打者のアウトローに、3球、4球、5球......構えたミットに寸分たがわず、すばらしい回転の快速球が次々に決まる。
「続けろ! 続けろ! 続くところまで続けろ!」
スコールを切り裂くように、水しぶきを上げた140キロのアウトローを、結局9球続けた。
「ナオくん、スゴい! ベリーグー!」
受けたこっちも、「とんでもないピッチャーが出てきた」と心底驚いたものだ。
コントロールも、ボールの威力もすごい。再現性抜群の投球フォームも、間違いなく大人顔負けだったが、それ以上に、甲子園でもないのに、1球1球、魂を込めて投げ込んでくるピッチャーとしての「誠実さ」に胸を打たれた。
投げてもらったあと、せっかくだから話を聞くのは、「何か食べながらにしようか......」ということになって、あれこれと手伝ってくれたキャプテンの西銘生悟(内野手/その後、中央大→現・ホンダ鈴鹿コーチ)と3人で入ったファミリーレストランで、フルーツパフェをおかわりしながら、話は2時間半にも及んだ。
大半の時間は、「野球もの知り」の西銘が話の主導権を握っていたが、その合間合間で、東浜の繰り出す補足説明が、絶妙な「合いの手」となって、最後まで話が弾んだものだった。
西武戦での圧巻の97球
西武戦での97球のノーヒット・ノーラン。
アベレージ140キロ前半の速球と、ほぼほぼ3分の1ずつ投げていたカットボールとシンカーは、高校時代には投げていなかったボールだ。
もっと滑りの大きなスライダーに落差の大きなカーブ、それに、時々フォークボール。当時は、そんな「お品書き」で投げていた。
スローの映像で見ると、「シンカー」はスプリットのようにボールの上半分で挟んでいるように見えたが、左打者の外に滑り落ちる軌道は見事なものだった。
捕手のサインに首を振る時の目の「怖さ」は、沖縄のスコールのブルペンで向き合った時と同じだった。
97球といっても、今まで対戦した記憶をたぐり寄せ、打者を観察しながら、考えて、考え抜いて、丁寧にコースを狙い、1球1球、渾身の腕の振りから投げ込んだボールである。
ピッチングに行き詰まりを感じている投手がいたら、これ以上のお手本はないだろう。そんな「仕事」に見えた。
あの頃よりグッとコンパクトになったテイクバックから、腕の振りはむしろ豪快になったように見えた。それでも、精密なコントロールは最後まで揺らぐことはない。
投げる形は変わったが、捕手が構えたミットではなく、打者に向かって投げ込んでいく"魂"は、プロを目指していた頃とそのままだ。
投手の仕事は捕手のミットに投げることじゃない。打者に向かって、渾身の腕の振りを発揮し、手玉にとることだ。
「ピッチャーって、こういうことだよな......」
スピードばかりが注目されるなかで、そんな思いをあらためて認識されてくれる職人・東浜巨の快投だった。