山本昌×辻孟彦 師弟対談(前編)

 ルーキーながら「二刀流」として早くも脚光を浴びる矢澤宏太(日本ハム)。高校時代にドラフト指名漏れの憂き目に遭った矢澤が、4年後にドラフト1位の評価を勝ちとれた大きな要因は進学先の日本体育大にあった。

 松本航(西武)をはじめ、毎年のようにプロ球界に好投手を送り込む「虎の穴」には何があるのか。2015年に投手コーチに就任した辻孟彦コーチ(元中日)にその秘密を探るべく、球界の"レジェンド"が直撃。辻コーチの中日時代の先輩だった山本昌が、日本体育大を訪ねた。

大学球界屈指の名コーチになった元中日・辻孟彦が師匠・山本昌と...の画像はこちら >>

中日時代はチームメイトだった山本昌氏(写真左)と日体大・辻孟彦コーチ

【昌さんと過ごした時間は財産】

山本昌 今やスーパー投手コーチになった辻コーチに、こうして再会できるのはうれしいです(笑)。今日は指導者の先輩として、いろいろと教えてください。

 とんでもないです(笑)。僕のほうこそ、現役時代に本当にお世話になった昌さんにこうしてお越しいただいて感慨深いです。

山本昌 現役時代はキャッチボールもよく一緒にやったよね。

 もう毎日、一緒にやっていただきました。今でも昌さんのフォームが頭に思い浮かびます(笑)。

山本昌 僕のフォームは体のラインから腕が出ないで、ボールがスーッと出てくるとよく言われるんです。辻コーチは最後にちょっとシュートするボールだったんだよね。それをなんとか直せないかなぁと思って、居残り練習を一緒にやったんだけど。

辻コーチも一生懸命に頑張ってくれたけど、なかなか難しかったね。

 昌さんは自分の練習が終わっているのに、若手が終わるのを待って、僕の自主練習に付き合ってくださったんですよね。一緒にキャッチボールをしながら、いろいろなことを教えてくださって。僕はプロの3年間で13試合しか投げられない、短いプロ人生でしたけど、昌さんと過ごした時間は自分のなかで一番の財産になっています。

山本昌 ありがとうございます(笑)。でも、矢澤くん(宏太/日本ハムドラフト1位)とも会話させてもらったんだけど、彼は中学から初動負荷トレーニングを積んできたんだってね。

僕も辻コーチに初動負荷から得たものをいろいろと伝えてきたけど、言ってみれば矢澤くんは僕の孫弟子にあたるのかな(笑)。

 はははは、そうですね(笑)。

山本昌 そもそも、日体大の投手陣は何人いるんですか?

 4学年合わせて70人くらいです。

山本昌 えぇ~、それを辻コーチが一手に引き受けるんですよね。それは大変だ。

 学生野球ですから、いろんなレベルの選手がいます。

プロや社会人に行くような選手もいれば、将来教員になって子どもに野球を教えるような選手もいます。人によってアドバイスの内容は変わってきますが、トップクラスのレベルの動きを見たり、時には一緒に練習したりすることに価値があると考えています。

山本昌 差別はいかんけど、区別はしないとね。でも、大変だよなぁ。高校から上がってきたばかりの子は、どうやって指導するんですか? まだ素質だけでやっている子もいると思うんだけど。

 投球フォームに関しては、最初の3カ月くらいは、ただ見るだけですね。

選手によって指導のされ方、練習の仕方が違うので。

山本昌 おぉ、なるほど。

 高校の3年間って、大きいと思うんです。その選手にとっては原点なので、それをまず崩さないように気をつけています。どんな練習をやってきたのか、どんな指導のされ方をしてきたのか、観察しながら会話しながら少しずつ理解していきます。だから1年生には「辻さん、突っ立ってるだけで何も指導してこないな」と思われているかもしれません(笑)。

【辻コーチが考える投手指導論】

山本昌 投球フォームはどんな部分をチェックしているんですか?

 僕は大きく分けて2つです。1つは並進運動、いわゆる体重移動の部分。2つめは回転運動、体幹が回転するところですね。この2点でロスしているところはないか、動きにおかしなところはないかを見ます。でも、最初は体重移動から入りますね。ここからすべてが変わってしまうので。

山本昌 体重移動のやり方も人それぞれに違うものね。真っすぐに立ってからスーッと自然に体重移動できる子もいれば、軸足(右投手なら右足)のヒザを曲げないと物足りない子もいるでしょう。

 多いです。力が入っていることを体感したいみたいで。

山本昌 でも、あのヒザを早く折る使い方はロスが大きいから、僕はやめたほうがいいという考えです。ヒザは曲げようとしなくても、体重移動していくうちに勝手に曲がっていくもの。移動距離を長くとろうと思ったら、それが理に適っています。

 僕も同じ考えです。昌さんをはじめプロ野球の一流投手を見ると、あえて自分でヒザを曲げにいく投手は少ないですよね。マウンドには傾斜がありますから、体重移動の過程で自然にヒザが曲がっていくものだと考えています。でも、アマチュアの投手は平地でフォームをつくろうとしすぎる傾向があります。平地でキャッチボールをして「今、いいボールがいった」と満足してしまう。でも、大事なのはマウンドでどういうフォームで投げるかなので。そこはうるさいくらいに言っています。

山本昌 プロでもキャッチボールはいいけど、マウンドでは全然ダメという投手は何人もいました。18歳でドラゴンズに入ってきた当初のチェン・ウェイン(前阪神)なんかもそう。キャッチボールではものすごいボールを投げているのに、マウンドに立ったらリリースのタイミングが合わなくて片鱗もない(笑)。それがだんだん合うようになって、やっぱりすごい投手になった。

 キャッチボールが大事なのは間違いないんですけど、平地でのキャッチボールで満足するのではなくて、マウンドや試合でパフォーマンスを発揮するための過程としてキャッチボールがあるということですよね。昌さんはキャッチボールだけじゃなく、ケアとか毎日淡々と継続されていましたよね。

山本昌 僕の場合は「バカの一つ覚え」が得意だったんです(笑)。自分がいいと思ったことをしつこくやるタイプだったので。ワンパターンなんだけど、でもラクなんですよね。習慣化するから。

 学生を見ていて、継続する力の大切さを感じます。

山本昌 肩周りや上半身の動きは何かアドバイスをしますか?

 先ほどの「回転運動」に含まれるのですが、体幹の改善とか上胴部分の動きですね。よく「胸を張れ」と言われますが、そういった部分は見ます。あとは大学のいろんな先生方と話すのですが、「違和感を感じられる」ことが大事だなと。

山本昌 おお、なるほど。

 フォームを静止画で見るのではなく、動作の流れのなかで「あれ、ここがおかしい」と違和感があるところを見つけ出すんです。映像で撮って、何回も何回も見返すなかで気づける部分なんですけど。

山本昌 それは評論家のチェックの仕方と共通しているかもしれないですね。

後編へつづく>>


山本昌(やまもと・まさ)/1965年、神奈川県生まれ。日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。5年目のシーズン終盤に5勝を挙げブレイク。90年には自身初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。その後も中日のエースとして活躍し、最多勝3回(93年、94年、97年)、沢村賞1回(94年)など数々のタイトルを獲得。06年には41歳1カ月でのノーヒット・ノーランを達成し、14年には49歳0カ月の勝利など、次々と最年長記録を打ち立てた。50歳の15年に現役を引退。現在は野球解説者として活躍中。

辻孟彦(つじ・たけひこ)/1989年7月27日、京都府生まれ。京都外大西高では3年夏に甲子園に出場。卒業後は日本体育大へ進学し、1年春からリーグ戦に登板。4年春のリーグ戦では13試合に登板し、リーグ新記録の10勝をマーク(5完封)するなど、大車輪の活躍でMVPを獲得。11年のドラフト会議で中日から4巡目で指名され入団。プロでは13試合の登板で、3年で現役生活を終えた。引退後は母校・日体大の投手コーチに。著書に『エース育成の新常識 「100人100様」のコーチング術』(ベースボールマガジン社)がある。