WBC日本代表ブルペン捕手・鶴岡慎也インタビュー(前編)

 2009年の第2回大会以来、じつに14年ぶりにWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を制した日本代表。なかでも投手陣の充実ぶりは圧巻だった。

そんな投手陣をブルペン捕手として支えたひとりが鶴岡慎也氏だ。日本代表はいかにして世界の頂点へと上り詰めたのか。ブルペンから見た世界一までの軌跡を鶴岡氏に語ってもらった。

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14年ぶりのWBC制覇を達成し、握手を交わす大谷翔平ダルビッシュ有(写真奥)

【先発投手は知らされていなかった】

── WBC世界一、おめでとうございます。

鶴岡 ありがとうございます。じつは現役時代、選手として「侍ジャパン入り」「世界一」を目指していたのですが、まさかブルペン捕手として歓喜の瞬間に立ちあえるなんて......ほんと選手たちにいい思いをさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

── 鶴岡さんは日本ハムでプレーしていた時、ダルビッシュ有投手(現・パドレス)の専属捕手、また大谷翔平選手(現・エンゼルス)のプロ初勝利の時のキャッチャーでした。

今回もダルビッシュ投手から「一番投げやすいのは鶴岡さん」というコメントがありました。

鶴岡 ダルビッシュ投手とはキャッチボールをする機会が多かったですね。

── 1年前はまだ育成選手だった宇田川優希投手(オリックス)が戸惑うなか、ダルビッシュ投手が"宇田川会"と名づけた食事会を開催して親睦を図るなど、投手陣のリーダー役を買って出ました。

鶴岡 ダルビッシュ投手は渡米してはや10年が経ちます。最近は日本人の後輩投手と接する機会も減っていたと思いますし、本人にとっても新鮮だったのではないでしょうか。技術面では変化球の握りや投げ方を惜しげもなくアドバイスするなど、チームのため、日本球界の発展のために尽くす姿が印象的でした。

── 第1先発と第2先発は、早い段階で決まっていたのですか。グループリーグは中国戦が大谷投手と戸郷翔征投手(巨人)、韓国戦がダルビッシュ投手と今永昇太投手(DeNA)、チェコ戦が佐々木朗希投手(ロッテ)と宮城大弥投手(オリックス)、オーストラリア戦が山本由伸投手(オリックス)と高橋奎二投手(ヤクルト)でした。

鶴岡 栗山英樹監督が情報漏れ防止のために、登板日を周囲には知らせませんでした。でも、調整がしやすいように本人たちには伝えられていたと思います。ただ(登板の)1、2日前はブルペンに入るといった調整法がありますので、大体の察しはついていました。

── 中継ぎ投手の順番はどうだったのでしょうか。

鶴岡 1次ラウンドの東京ドームは、ブルペンに試合映像を流すモニターがありました。厚澤和幸ブルペン担当コーチが「この状況になったらこの投手」というように、事細かに指示を出してくれました。厚澤コーチはブルペンのスペシャリストなので、中継ぎ投手は準備がしやすかったのではないでしょうか。

【日本投手陣の適応力に感心】

── 初戦の中国戦の試合運び、選手たちの反応はどうでしたか?

鶴岡 周囲の評価は、中国とは実力差があるということでした。先発の大谷投手は4回を無失点。しかし攻撃陣は5回まで11四死球を選びながら3得点と、中国投手陣を完全に攻略できませんでした。

そんななか、第2先発の戸郷投手がソロ本塁打を浴びました。ほぼ知らない相手と戦う一発勝負の国際大会の怖さを知りました。

── 2戦目の韓国戦はいかがでしたか。

鶴岡 韓国戦は過去の戦いの歴史もあって、選手たちから特別な緊張感が伝わってきました。先発したダルビッシュ投手は、契約の問題もあって、この試合が今季初の対外試合でした。計り知れない重圧、さらに本調子でないなか、2ランは浴びましたが、3回3失点でまとめたのはさすがだなと感じました。

打線もすぐに逆転してくれましたし、さすが侍ジャパンに選出された選手たちだなと思いました。

── 3戦目のチェコは、教師や金融トレーダーなど、さまざまな本職を持つ選手の集団でした。

鶴岡 いろいろな情報はあったと思いますし、映像も見たと思います。しかし実際に対戦してみるまで、どんな投手なのか、どんな打撃をするのかわかりませんし、戸惑いながら戦いに突入した感じです。実際、先発したサトリア投手の125キロのストレートを打ちあぐね、3回には大谷選手が三振に打ちとられました。投手ひとりで全然違う結果が出るし、野球というスポーツは、初見では投手が圧倒的有利であるということを実感しました。

── 4戦目、オーストラリアのニルソン監督は日本でプレーした経験があり、2004年のアテネ五輪では捕手として日本戦の勝利に貢献しました。

鶴岡 昨年11月の強化試合では、8対1、9対0でオーストラリアに勝利しました。ただオーストラリアの選手はそのあとの国内リーグで調子を上げ、初戦の韓国戦に勝利するなど、侮れない相手でした。事前のキャンプでネルソン監督は「パワフルな打撃陣とコントロールに優れた投手陣に注目してほしい」と語っていたようで、そこがハマったら怖いなと感じていました。

 しかしその不安を、初回の大谷選手の3ランが打ち消してくれました。大谷選手はプロ入り時、左中間に伸びる打球が印象的な18歳でした。10年の時を経て、メジャーでMVPを獲得した打撃は、バットコントロール、スイングスピード、飛距離など、すべての要素が格段にグレードアップしていました。

 試合前の打撃練習で、私は外野を守って彼のバッティングを見ていましたが、とにかく飛距離が圧倒的です。ふつうの打者なら落下する角度の飛球がそのままスタンドインしてしまう。常識を覆す大谷選手の打撃でした。パ・リーグ本塁打王の山川穂高選手(西武)が見とれたくらいですからね。

── ほかに1次ラウンドで気づいたことはありましたか。

鶴岡 やはりWBCの公式球ですね。NPBで使用されるボールより縫い目の山が高いし、皮の質が違って滑りやすいと言われています。もちろん個人差はあると思いますが、変化球の曲がり具合も違うので扱うのは難しかったと思います。それでも、シーズンと同じような投球をした日本人投手の適応能力の高さをあらためて感じました。

 あと個人的には、今回初めてブルペン捕手を経験して、いらぬ感情を挟まないのが"いいブルペン捕手"なのだということがわかりました。投手が投げることだけに集中できるよう、何もなかったかのように捕って、何もなかったように投手に返す──この重要性をあらためて知りましたね。

後編につづく>>