村主章枝インタビュー後編(全2回)

現在はアメリカを拠点にフィギュアスケートのコーチとして、また映画のプロデューサーとして多忙な日々を送る村主章枝さん。インタビュー後編では、今のフィギュアスケート界について感じていることを聞いた。



村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの...の画像はこちら >>

現在、フィギュアスケートの指導者や映画のプロデューサーとして活動する村主章枝さん

●コロナ禍のオンラインレッスンに縁

ーー現在、フィギュアスケートのコーチングのほうはいかがですか?

村主章枝(以下、同) コーチングを始めてすぐにコロナ禍になったんですが、そこからオンラインでレッスンをしてくださいという依頼がすごく増えたんです。

 その生徒はテキサスだったりオハイオだったり、アメリカ各地にいて。コロナでの制限が解除されていくにつれて、今度は対面でのレッスンも、という依頼も増えました。

 私が住んでいるラスベガスの生徒は数人なんですけど、テキサスの生徒がすごく多くて月1回でテキサスに出張して教えています。面白い縁ですよね。

ーーオンラインのレッスンは生徒も村主さんもそれぞれリンクにいてビデオ通話をつないでいるんですか?

 生徒はリンクで、私は自宅のことが多いです。レッスンは対面のほうが100%いいんですけど、1カ月に1回だと間がけっこう空いてしまうじゃないですか。



 でもオンラインでレッスンを継続していくことで質が落ちにくくなるんです。(取材日の)今朝もレッスンがあったんですよ。

ーー日本にいても教えられるのはいいですね。

 2022年まではベースづくりみたいなところがあって、今年はそれまでやってきたのが実を結んできたかなと思っています。

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」

オンラインに加えラスベガスのスケートリンクで子どもたちの指導に当たる

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」

●今後も拠点はアメリカ予定

ーー村主さんは佐藤信夫先生やローリー・ニコル、アレクサンドル・ズーリン、ニコライ・モロゾフ、アレクセイ・ミーシンなどそうそうたる先生方に師事してきましたが、印象に残っている教えはありますか?

 やはり佐藤先生とローリーの教えは大きいですね。ローリーはすばらしい振付師さん。佐藤先生は技術的な面はもちろんですが、今、生徒を教えるベースは佐藤先生の姿というのはありますね。

あまり過度に褒めすぎないし、淡々としているところが私に合っていた部分もあります。あと、先生の忍耐力も印象に残っています。

ーー佐藤先生は基礎を大切に教えている印象ですが、村主さんもやはり基礎に重点を置いていますか?

 そうですね。悩んだら基礎に戻って、という感じですね。コンパルソリーもじっくりやる時間はなかなかとれないのですが、そこからの流れはきちんと教えていますね。

ーーコーチの資格もとられたとか。


 カナダとアメリカでとりました。特にカナダはすごく厳しいですね。80時間くらいの講習と筆記、実技がありました。同じ氷上で行なうホッケーがすごく盛んな国なので、誰でも教えられるようにしてはいけない、みたいなのがあって。アメリカのほうがやや易しいかな。アメリカはセクハラやモラハラに関しての講習時間がすごく多いですね。


村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」

日本帰国時にインタビューに応じた村主さん

ーー今後、日本で教える予定はありますか?

 環境がやっぱり難しいですよね。リンクが少ないですし、東京は教えられるところが少ないので。江戸川(東京都江戸川区スポーツランド)のリンクがオープンしていればそこで教えられますけど、都内近郊だとやっぱり埼玉か千葉まで行かないといけないので。

ーーいつか日本に、というビジョンは?

 映画(プロデューサー)の仕事もあって、映画はマーケットの規模がアメリカのほうが大きいので、今後もメインの活動場所はアメリカになると思います。

●現行の得点システムに疑問

ーー現在のフィギュアスケート界についてどんなことを感じていますか?

 コーチングをしていると現行のルールについて、クエスチョンを持つことは多いです。点数をとるために、スピンを何回転してこうしなさい、ああしなさい、こうしなきゃダメですという教え方になっちゃう。

 もちろん、ジャンプやスピンなどの技術も大事ですけど、子どもたちを見ていると、大人では考えつかない自由な発想を持っていて、表現力も豊かで技術面以外でもすばらしいところがたくさんあります。



 それなのに、どんなに素敵な演技をしても、ジャンプが飛べなければ得点に反映されにくく、ジャンプが飛べれば演技が劣っていても点がとれてしまいます。

 振付師の目線から言うと、技術点と同じくらい、個々が持っている自由な発想、自由な表現で点数を伸ばせるシステムに変わっていけば、フィギュアスケートが今よりもっといいものになるのではないかなと感じています。

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」

2006年トリノ五輪で4位入賞した村主さん photo by AFLO

ーーステップなども組み込まなければいけないことが多いですね。

 そう。点数をとれる人の構成を見て、同じような構成にしていくから自由度がないですよね。

ーー村主さんが現役の頃と比べるとスポーツ寄り、システマチックな印象もあります。


 ジャンプの技術は上がりましたけど、プログラムとして面白いかというと疑問に思いますね。すぐに変えていくのは難しいと思うので、私たち指導者が違う視点からアプローチしていかないと変わらないかもしれませんね。

 なので私は得点もとれて、プログラムとしてもすばらしいと思ってもらえるように、自分が新しい発想や視点を持ちながら指導するように心がけています。

 子どもたちも、点をとるためにあれをやりなさいと言われるよりも、自由な発想で滑るほうが楽しいと思うので、一緒に探りながら最高のプログラムをつくれるように日々精進しています。

●フィギュアスケートは「ハート」

ーー村主さんの理想のフィギュアスケートとはどういうものですか?

 やっぱりハートじゃないですかね。心を動かされるもの。楽しいとか悲しいとか、一生懸命私の人生を生きようじゃないですけど、そういうきっかけになるようなエンターテインメントをつくるのが私の人生の目標です。

 それはスケートかもしれないし、映画かもしれないし、また他のものかもしれないけれど手法が違うだけで、根幹は変わっていないですね。

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」
ーー村主さんが見て目を引く選手はいますか?

(即答で)ジェイソン・ブラウン選手。斬新ですし、音楽の解釈もダントツで、彼の世界観がある。世界観を伝えるのってすごく難しくて。映画でもそうですけど、たとえば、『アバター』の新作とかあるじゃないですか。

 映画に携わるようになって最後のエンドロールまで見るようになったんですけど、ほぼ1曲分ずーっとエンドロールがあるんですよ。全部に関わっていないにしても、世界観を共有してそのすべての人が何年も動くわけじゃないですか。その力がすごいなと思って。

 今やっているプロジェクトでも、私が言ってもそれぞれ捉える意味が違ったりするんです。それを一緒の船に乗って一緒の方向に進ませるのがすごく難しくて。自分の世界観があってそれを唯一無二の作品にできるというのは、自然にやっているのかどうかはわからないですけどすごいなと思います。だから見ていて面白いですよね。

ーーブラウン選手の伝える力はどういうところから来ていると思いますか?

 小さい時の環境とかご両親や関わってきた方たちの影響が大きいんじゃないですかね。それは私も同じで、もしアラスカに住んでいた頃に遊びでスケートを始めていなかったら、芸術的なものを見てもそこに対する感性みたいなものはなかったと思うんです。

 アラスカにいた時に大自然のなかで両親ができる限りの経験をさせようといろんなところに連れて行ってくれて、流氷やクジラを見に行ったり、犬ぞりや魚釣りを経験したり、いろんなことをやって。そこで感性が育った感じがしましたね。そういった経験がスケートにも活きてくるんだと思います。

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」

●「悠々自適な生活はまだまだ先」

ーー技術面での今のフィギュアスケートの状況はいかがですか?

 男子は4回転もほぼ全種類跳ぶ選手も出てきてすごいですよね。そのうち両回転まわりの選手とか出てくるんじゃないですか? 誰かやってきたら絶対挑戦する人が出てきますよね。

ーースピンでは両回転をやるスケーターはすでにいますからね。

 いますよね。出来栄えなどで加点されるとか。5回転は......どうなんだろう(笑)。

ーーでは40代となった今、どんな自分になれていると思いますか?

 うーん、もうちょっとラクな人生を歩んでいると思っていたんだけどなぁ。なんで40歳になってもこんなに一生懸命になっているんだろうって(笑)。なんで優雅に、悠々自適な感じにならないのかなって思いますけどね。

ーーイメージではそんな感じでしたか?

 そう。それなのにあくせくあくせく、みたいな(笑)。なんか次から次へと乗り越えられないような山が次々と来る、みたいな。

ーーみずから山に挑んでいるのでは?

 諦めたりやめたり、回避する手もあると思うんですよね。何かが来たらとりあえずやってみようかと思ってしまうんでしょうね。悠々自適な生活はまだまだ先です(笑)。

村主章枝はフィギュアスケートの現行ルールを疑問視「ジャンプの技術は上がったけどプログラムとして面白いかというと…」
終わり

インタビュー前編<村主章枝がラスベガスで映画プロデューサーになっていた? 「軽い気持ちで始めたら、どえらいことになってしまって(笑)」>

【プロフィール】
村主章枝 すぐり・ふみえ 
1980年、千葉県生まれ。幼少期をアメリカ・アラスカ州で過ごし、ウインタースポーツに親しむ。帰国後、6歳でフィギュアスケートを始める。1997年、16歳の時に全日本選手権で初優勝。以降、同大会で5回優勝。2002年ソルトレイクシティ五輪、2006年トリノ五輪で2大会連続入賞。日本人初となるISUグランプリファイナル優勝、四大陸フィギュアスケート選手権優勝3回など世界トップスケーターとして活躍。2014年、28年間の競技者生活を引退。2019年に拠点をアメリカに移し、コーチや映画プロデューサーとして活動している。