プロ野球の球団がSNSや自前のメディアで情報発信するのが当たり前の時代となったが、その先がけとなったのが福岡ソフトバンクホークスだろう。チームの輪に入り込んで選手たちの素顔を発信している、ホークスの名物広報、加藤和子さんに話を聞いた。



「選手に拒絶されることが多かった」球団広報が「ホークスと結婚...の画像はこちら >>

ストレッチ中の選手たちを撮影する加藤和子さん(中央) 写真提供/福岡ソフトバンクホークス

●「選手の個性をちゃんと伝えられるように」

 突然だが、これが何の順位表かおわかりだろうか。

1位 福岡ソフトバンクホークス 

2位 北海道日本ハムファイターズ 

3位 千葉ロッテマリーンズ 

4位 東北楽天ゴールデンイーグルス 

5位 埼玉西武ライオンズ 

6位 オリックス・バファローズ

 もちろん今季のパ・リーグの順位ではない。じつは、これはパ・リーグ各球団のツイッターのフォロワー数をランキングにしたものだ。

 2010年3月に開設したホークスのフォロワー数は、7月10日現在(以下同)で115万3000人。2位のファイターズも110万6000人とかなりの数だが、100万人の大台を超えているのはパ・リーグではこの2チームのみだ。

 ちなみに、セ・リーグ阪神タイガースが171.5万人とダントツの1位。2位の中日ドラゴンズ96.2万人に大差をつけている。



 ホークスはツイッターだけでなく、インスタグラム、ティックトック、ユーチューブといったソーシャルメディア、さらには球団公式動画配信サービスの「ホークスTV」で、自社発信を積極的に行なっている。

 ファンは、選手たちの試合での勇ましいプレーのみならず、試合前後の選手たちの素顔までをのぞき見ることができる。

 試合前の練習から試合後のオフショット、さらには試合前の円陣や勝利のハイタッチをその輪のなかから届けるなど、他のメディアでは絶対に見ることができない場面もあり、ファンにはたまらないコンテンツが満載だ。ファンから多くの支持を集めているのもうなずける。

「(フォロワー数が多い理由の)ひとつはチームが強いことが大前提としてあると思っています。あとは、選手一人ひとりのキャラクターを見てもらって、好きになってもらう。
そうなると、チームを応援したくなるのではないでしょうか。

 監督もコーチも選手も、みんな、すごくいい人ばかりなんですよ。なので、それぞれの個性をちゃんと伝えられるように、気をつけています」

 こう話すのは、これら自社発信の先駆者ともいうべき存在であり、球団オフィシャルリポーターの加藤和子さんだ。

●「ホークスと結婚した女」と呼ばれるまでの苦労

 加藤さん自身のツイッターも19.1万人ものフォロワーがおり、ホークスファンにはお馴染みの存在だ。お笑い芸人の博多華丸さんからは「ホークスと結婚した女」の異名を与えられている。

「今はどの球団もどのスポーツチームもSNSを持っていて、いろんな戦略を立てています。他に負けないように、他球団がどんなことをしているのかなと目を光らせつつ、自分たちらしいコンテンツづくりを心がけています」

「選手に拒絶されることが多かった」球団広報が「ホークスと結婚した女」と呼ばれるまでの苦労 大人気SNSの舞台裏を語る
 加藤さんがホークスに入団したのは2006年のこと。
大学卒業後に福岡放送でスポーツ番組のキャスターを務めていたことが縁で、ホークスがオフィシャルメディアを立ち上げる際に、リポーターを探していた球団から声をかけられた。

 しかし、当初はうまくいかないことばかりだった。

「当時は女性が現場にいるっていうことがなかったですし、今みたいにSNSもありませんでした。それに選手は年上ばかり。

 外部の人間だった時はお客さんという感じで接してくれていましたが、球団に入ってからは身内の人という感じで扱われるので、キャスターだった時とは違って、選手に拒絶されることのほうが多かったんです。

 とにかく現場に慣れることに必死でしたし、私自身、『なにか失礼なことをしていないかな...』と、周りに対して気を遣いすぎていました」

 自身も大学まではバスケットボールに取り組んでおり、同じアスリートとして選手の気持ちをおもんぱかるあまり、遠慮や怖さが先行してしまっていた。
そして、気づかぬうちにストレスをため込み、ついには体調を崩したことがあった。

●選手の「素顔」「本音」を引き出す

 ただ、これが転機にもなった。「周りを気にせずに、どんどんやっちゃっていいんだって、逆に解放されました」と加藤さんが言うように、選手との向き合い方が変わるきっかけになった。

「チームやその選手がいい時も悪い時も、私は変わらないでいようって思いました。よくても悪くても話しかけるし、よくても悪くても放っておく。普段と変わらない一定の姿勢を保っているように気をつけています」

 もちろん選手たちから次第に理解されるようになったことも大きいだろうが、加藤さんのマイルールが確立されたことで、選手との距離はぐっと縮まった。

 そして、加藤さん自らが選手の円陣の輪に入ったり、ハイタッチの列に加わったりと、独自の映像を発信するようになった。



「メディアの方が取り扱えないような、選手の素顔に近い部分、オフィシャルだからこそ撮れる映像を出していこうっていうのが一番だと思います」

 我々外部のメディアの人間には、なかなかできないこと。同じ情報を発信する立場として、白旗を上げるわけではないが、ちょっぴりうらやましくもある。

 インタビュー動画も、加藤さん自身が撮影者とインタビュアーを兼ねている場合が多い。

「選手に、私が1対1で話を聞く時の雰囲気と、カメラマンや音声もいる時の雰囲気とではまったく違います。選手の素が一番出るのが1対1なんですよ」

「選手に拒絶されることが多かった」球団広報が「ホークスと結婚した女」と呼ばれるまでの苦労 大人気SNSの舞台裏を語る
 カメラを回していない時でも、普段から選手とコミュニケーションをとることを大事にしているという。だからこそ、加藤さんに対して選手がぼそっと本音を漏らす場面も出てくる。


 WBCでのサムライジャパンの活躍を追ったドキュメンタリー映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』のヒットも記憶に新しいが、戦いの舞台裏は我々が普段見ることができない場面だからこそ、ファンも大きな関心を傾けるのだろう。

●すべては優勝の瞬間のために

 加藤さんの奮闘ぶりはたびたびメディアにも取り上げられている。現在は、SNSなどで情報発信を行なうコンテンツ推進課が2年前にできて、4人のメンバーでさまざまな業務を分担している。

 少ない人数でこれほどの量の情報を日々発信していることには驚いたが、加藤さんいわく「他球団にはひとりでやっているところもあるので、これでもうらやましがられます」とのこと。

「私ひとりの時は、『いいね』がついた数とかをほとんど気にせずに、とにかく情報を出すことを優先していました。でも、今は仲間が増えて、目に見えてバズったものなどを参考にして、こういうのをもっと出していこうなどと話し合ったりしています」

 ホークスの自社発信のコンテンツはますます充実していくことだろう。その土台をつくったのが、ほかならぬ加藤さんだった。

 加藤さんがホークスに入団してからの成績を見ると、リーグ優勝は6回、日本一はなんと7回を誇る(一方で、Bクラスは3回しかない)。この2年間はチームも加藤さんも悔しい思いを味わったが、今シーズンもホークスは首位争いの真っただ中にいる。

「自分の仕事が報われたと思える瞬間って、やっぱり優勝した選手たちの表情を見た時なんですね」

 最高の瞬間に立ち会えると信じて、加藤さんは今日も選手たちの奮闘ぶりを発信している。

「選手に拒絶されることが多かった」球団広報が「ホークスと結婚した女」と呼ばれるまでの苦労 大人気SNSの舞台裏を語る


【プロフィール】
加藤和子 かとう・かずこ 
福岡ソフトバンクホークス球団オフィシャルリポーター。大学卒業後、福岡放送でスポーツ番組のキャスターなどを経て2006年にホークス入り。以降、広報担当としてチームや選手の姿をファンに向けて発信している。