甲子園球児は時代を映す鏡である。

 野球界にスターが出現すると、そのフォームを模倣する選手が必ず現れる。

イチローが登場すれば「振り子打法」をマネする選手、右投左打に転向する選手が続出した。近年では山本由伸(オリックス)の影響で、投げ腕を大きく使うフォームが流行している感がある。

 そしていま、高校球界を席巻しているのが「朗希フォーム」である。

 佐々木朗希(ロッテ)のように、セットポジションからフリーフット(踏み出し足)を高々と上げて始動する投手が増えているのだ。左足のつま先でゆったりと半円を描くような佐々木のフリーフットの使い方を模倣しているのだろう。

高校球界を席巻する「佐々木朗希フォーム」の明と暗 日大山形の...の画像はこちら >>

最速147キロを誇る日大山形の本格派右腕・菅井颯

【1年足らずで球速11キロアップ】

 今大会でもっとも「朗希感」を感じさせたのは、菅井颯(日大山形)だった。

 身長184センチ、体重79キロの本格派右腕。

昨秋まではほぼ無名の存在だったが、今春に台頭。今では最速147キロをマークして、今大会の注目投手のひとりに数えられていた。

 菅井は左足を一塁側に引くオープンスタンスでセットポジションに入り、左足をゆったりと高く上げる。当然のごとくモデルは佐々木だが、つま先を上げる高さは本家以上かもしれない。

 菅井が朗希フォームを始めたのは、「球速を上げたい」という理由から。当初は股関節が硬かったため、左足が上がりにくかったという。

「冬の期間は毎日ストレッチをやって、股関節が柔らかくなるようにしていました」

 朗希フォームを取り入れると、今までになかった「下半身を使って投げる」感覚が芽生えた。2年秋に最速136キロだった球速は1年足らずで11キロも増速。指にかかったストレートが角度よく低めのストライクゾーンに決まると、打者は手も足も出なくなった。

 学業成績もよく、日頃の取り組みを高く評価する荒木準也監督は、今春の時点で「ポテンシャルも高いので、高卒でプロに行かせたい」という意向を語っていた。

 だが、絶好のアピールの舞台になるはずだった甲子園で待っていたのは、過酷な現実だった。8月8日、おかやま山陽との初戦に先発した菅井は、12安打を浴びて8失点(自責点5)。

6回持たずにノックアウトされた。

 この日の投球には、朗希フォームの難しさが表れていた。

 菅井に「今日は指にかかったボールは何球くらいありましたか?」と聞くと、「10球くらい」という答えが返ってきた。

「ブルペンではよかったんですけど、試合のマウンドになると下半身がふわふわしていて。いつもは下半身が使えていれば試合後に筋肉が張るんですけど、今は全然張っていないので。それがすべてかなと思います」

 体をダイナミックに使うがゆえに、1球1球リリースのタイミングを合わせるのが難しい。

いわゆる「再現性」に難があるのだ。捕手の高橋直叶(なおと)にも聞いてみたが、「いい時はリリースのズレはないんですけど、今日は本調子じゃなくてズレがありました」と証言した。

【警察官の夢を捨て、目標はプロ】

 試合後、菅井に今後の進路について聞くと、「まだ力不足なので、まずは大学へ行ってからプロを目指します」という意向を語った。

 じつは大会のアンケートでは、「将来の夢」の項目に「警察官」と書いていた。

「もともと小学生の頃からの夢だったので。でも、今日負けたことで『野球で生きていきたい』と思いました。

警察官の夢を捨てて、プロ野球選手になるために大学で足りないところを補えるように練習したいです」

 リリースのタイミングがハマったボールは、間違いなくプロを意識できるだけのエネルギーがある。菅井が朗希フォームを究めていくのか、それとも新たな感覚を見つけるのか、今後も見守りたい。

 今大会はほかにも、足の上げ方をダイナミックにしたことで急成長した森煌誠(徳島商)や、佐々木朗希に似たフォルムとモーションで投げ下ろす2年生右腕・清水大暉(前橋商)など「朗希」のムードが滲み出る投手が見られた。

 これからも佐々木がプロ球界で無双ぶりを見せ続ければ、佐々木に憧れる「朗希フォーム」の高校球児はあとを絶たないだろう。