10月24日、宮崎・西都原運動公園野球場。ヤクルトの長岡秀樹はソフトバンク戦で4打数3安打の活躍を見せ、フェニックスリーグ(※)での打率を.462としていたが、8回表の守備でファウルフライを追ってレフトを守る澤井廉と激突。

ふたりとも起き上がることができず、救急車で病院に運ばれる痛ましいプレーになってしまった。
※毎年10月に宮崎県で開催されるプロ野球の教育リーグのひとつ

 長岡はその一週間前に「今シーズンはチームの勝利に貢献できなかったことが、すごく悔しくて情けなくて......」と、心情を吐露していた。

ヤクルト長岡秀樹の「逆襲のシナリオ」実力不足を思い知らされた...の画像はこちら >>

【本当に実力がなかった】

 プロ3年目の昨シーズンは、ショートとして開幕スタメンの座を勝ちとると、チーム2位の139試合に出場。思いきりのいい打撃と、日に日に成長する守備でゴールデングラブ賞にも輝き、背番号も『58』から『7』に変更となった。

 大きな飛躍が期待された今季、キャンプ、オープン戦と進むなかで「今年はいけるかも」という手応えをつかみ開幕を迎えたが、苦しい時間だけが過ぎていった。

「何をやってもうまくいかないし、どうすればいいのかもわからなかった。本当に実力がなかったと思い知らされた1年でした」

 早出練習は欠かさなかった。

ビジターではチームの試合前練習時間のギリギリまで、コーチ陣に見てもらいながら打撃練習をする日もあったが、結果はついてこなかった。ホームランは昨年の9本から3本に減らし、打率も長く1割台が続いた。最終成績は.227だったが、これが今シーズン最高だった。

「自分としては数字以上に進塁打が打てず、バントもできず、チャンスを潰してしまった。本当に堪えましたし、これまでになかった悔しさでした。でもこの経験を絶対に生かさなきゃいけない」

 悔しさのなか、長岡はフェニックスリーグに開幕から参加。

チームが拠点とする西都は二軍の春季キャンプ地であり、本格的にプロ野球生活をスタートさせた場所でもある。

「西都でお世話になった方たちには申し訳ないのですが、『もうここには絶対に来ない。二軍には落ちないぞ』と、それが恩返しだという気持ちが強かったので、今回西都に戻ってきて悔しい気持ちはあります。でも逆に、『また1からやってやるぞ。もっともっとやらなきゃダメなんだ』という思いで西都に入りました」

 フェニックスリーグの期間中、長岡の練習や試合に向き合う姿勢は強く印象に残るものばかりで、聞きたいことが日ごとに増えていった。

【2番を任される選手に】

 試合前練習のティー打撃中、池山隆寛二軍監督が長岡に"バットのヘッドの抜け"についてアドバイスを送っていた。

「バットというのはヘッドの操作というか、しなりで打たないといけないんです。

それが悪い時の長岡は、手の押し込みで頑張って振っているだけでしなりがない。力いっぱい振っているのでヘッドスピードが速くなっていると錯覚しがちなのですが、それだとバットを棒のようにしか扱えない」(池山監督)

 力任せに振るだけではバットとボールが正面衝突するため、思ったほど飛距離は出ない。バットをしならせる感覚をつかむために、グリップを逆手に持つなど、ふたりのやりとりは続いた。

「一軍のピッチャーはボールが強いので、なんとか弾き返そうと必要以上に力が入り、体を振って飛ばそうとしてしまうんです。フェニックス期間中、悪くなった時に自分の戻れる場所をしっかりつくって、来シーズンにつなげてほしい」

 池山監督からの助言について、長岡は「そこは僕も感じていました」と言った。

「バットを木の棒のように使っているな......という感覚はあるので、しっかり扱えるように取り組んでいます。

今年、結果が出なかった理由を挙げたらキリがないのですが、一番は自分の実力がなかったこと、技術が足りなかったことだと思います」

 フェニックスリーグでは、ほとんどの試合で「2番」を任された。髙津臣吾監督は10月19日に視察で西都を訪れた際、その意図についてこう説明した。

「バントをたくさんやらせるとか、彼に対する課題のために2番に置いています。今のチームのラインアップを考えると、彼が2番に入ってくれるのが一番。ただそのためには、もっともっと成長してほしいですね」

 長岡もそのことは十分に理解している。

「昨年はずっと8番を打たせてもらい、今年は2番を任されるかも思っていたのですが、できませんでした。

チームには本当に頼もしい3、4、5番がいますので、その前を打ちたいですし、そのためにも出塁率を高くしたい」

 実際、逆方向だけを意識したバッティングをする日もあれば、送りバントを3回した試合もあった。

「(逆方向の打席は)2ストライクに追い込まれてから、どうしたら三振をしないかを考えたというか......そういう意識の打席でした。バントはサインだけでなく、自分からした打席もありました」

 昨年は成功率100%(10回)を誇ったバントだったが、今年は13回のバント機会で成功したのは7回。ほぼ半分は失敗だった。

「本当に技術がなかったんですけど、一回失敗してしまうと『また失敗したらどうしよう』とか、そんなメンタルになってしまったこともありました。バントする時に構える足がバラバラで、こっちで成功しなかったら次はこっち、それでもダメだったら今度はこっちと」

 自分の形を最後まで見つけられなかったと、長岡は言う。

「今はコーチに聞いたり、先輩に(宮本)丈さんというすごいお手本もいますので、いろいろ質問させてもらっています。徐々にですが自分の形はできてきたのかなと。大事なのはピッチャーの生きた球で決めることなので、試行錯誤しながら練習するしかないと思っています」

【イージーこそ丁寧に】

 一方、守備では二塁や三塁も守った。

「ほかにもショートを守る選手はいますし、セカンドもサードもできるにこしたことはないので、いい経験だと思っています。セカンドは1年目、2年目の時にファームでやっていましたけど、あらためて併殺時のトスなど、いつもと逆の動きになるので、こんなに難しいんだなと」

 フェニックスでは、土橋勝征育成チーフコーチとの久しぶりの特守もあった。土橋コーチが「イージーこそ」と問いノックすると、長岡が「丁寧に!」と即答して捕る。終盤には「おっ、頑張る力がついてきたな」という褒め言葉も出た。流れるような動きと安定したスローイング。見ていて飽きのこない30分間だった。

 今シーズン、チームのピンチを何度も救った守備ついては「まだまだだな、という気持ちが強いですね」と話した。

「よかった守備より、無駄な出塁をさせてしまったなとか、そっちのほうが強く残っています」

 土橋コーチに、久しぶりにノックした長岡の印象について聞くと「そんなに大きく変わんないですよ」と苦笑いしてこう続けた。

「ただ、余裕と自信がすごくついているように見えました。余裕ができると雑になりがちなんだけど、そこも気をつけながらできている。守備って、アウトにできるものをしっかりアウトにすることが一番大事で、それがほどよくできるようになってきています」

 一軍のレギュラー遊撃手に値する守備かどうか聞くと、こんな答えが返ってきた。

「土台さえしっかりつくってしまえば......。あいつら(長岡と同期の武岡龍世)に関しては、1年目からコロナ禍の影響で二軍でも試合がなかったので、土台づくりのための地味な作業に時間を割けたんです。それが完璧とは言わないけど、そういう時間が多かった。土台さえできれば、あとは実戦で経験しながら応用作業を覚えていくだけですから」

【当たり前のことを全力で】

 フェニックスリーグでは、練習から試合まで一つひとつの動きが丁寧で、緊張感があった。とくに印象深かったのが、打席で四球を選んだあと、捕手がボールを少し逸らした場面だった。長岡は転がるボールを目で追いながら、セカンドを狙おうと一塁へ走りだしたのだった。

「自分より年下の選手もいますし、ここに来ているメンバーだったら、僕がお手本にならないといけない。隙を見せてはいけない、当たり前のことを全力でという気持ちを持ちながらやっています」

 来シーズンについての目標を聞くと、長岡はこう答えた。

「今年の反省を生かしてレベルアップしたいのと、本当にチームの足を引っ張ってしまったので......来年はまた1からレギュラーを獲りにいかないといけない立場ですし、必ず獲れるように。そのなかで、いつまでもテツさん(山田哲人)、ムネさん(村上宗隆)、そしてノリさん(青木宣親)に頼ってばかりいられません。若手の底上げの代表として、自分が引っ張っていけたらいいなと。このフェニックスリーグでも、もちろんチームを引っ張る気持ちでやっています」

 試合後は「体脂肪を減らしたくて」と黙々と走り込み、夜間練習ではバントやバスターに重点を置き、汗を流していた。このフェニックスリーグでは、課題としていた送りバントを6回すべて成功させるなど、来季に向け手応えを感じ始めていた矢先でのアクシデントだった。

 長岡が今年味わった「悔しさと情けなさ」は、間違いなくプラスに働くはずだし、フェニックスリーグでのケガも絶対に乗り越えるはずだ。