今オフ、ミネソタ・ツインズからFAになった前田健太は、ツインズと同じア・リーグ中地区のデトロイト・タイガースに2年2400万ドル(約35億円/2024年~2025年)の契約で迎えられた。

 契約の内訳は、来シーズンの年俸1400万ドル(約20億円)と2025年の年俸1000万ドル(約15億円)だ。

年俸のなかから0.5%ずつ、7万ドルと5万ドルを球団のチャリティに寄付する。

前田健太の2年35億円は高いのか、安いのか? 先輩・黒田博樹...の画像はこちら >>
「この度デトロイトタイガースと契約させていただきました。人生初のFAで不安もたくさんありましたが思っていたよりも早く決まり安心しました。1番最初にオファーをくれたチームがタイガースでした。その気持ちが嬉しく選ばせていただきました。チームの勝利に貢献できるように一生懸命投げたいと思います!(後略)」

 前田はインスタグラムにこう綴った。

 その前にも2度、前田は移籍している。けれども、インスタグラムの文章にあるとおり、今シーズンが終わるまでFAになったことはなかった。2015年のオフはポスティングシステムを利用し、広島東洋カープからロサンゼルス・ドジャースへ移った。2020年2月にドジャースからツインズへ移籍したのは、トレードによるものだ。

 前田がドジャースと交わし、ツインズがドジャースから引き継いだ8年2500万ドル(約29億円・当時、以下同/2016年~2023年)の契約には、開幕ロースター入り、先発登板数、イニングに応じた出来高がついていた。たとえば、メジャーリーグ1年目の2016年に前田が得た金額は、出来高を含めると1190万ドル(約13億5000万円)に達した。

 さらに契約には、トレードにされるたびに100万ドルという条項もあった。この100万ドルは前田を獲得したツインズではなく、放出したドジャースが負担したようだ。

 ただ当然ながら、出来高はゼロの可能性もある。トレードも起きるとは限らない。契約の時点で確実にもらえることが決まっていた金額は、前回が年平均312万5000ドル(約3億5000万円)だったのに対し、今回は年平均1200万ドル(約17億5000万円)だ。4倍近くアップしたことになる。

【前回の契約は信じられないほど安かった?】

 近年の成績と年齢からすると、サプライズの増額にも見える。

 ここ3シーズンのうち、2022年は前年9月にトミー・ジョン手術を受けて全休し、その前後はどちらも110イニング未満で防御率4点台。2021年が106.1イニングで防御率4.66、2023年は104.1イニングで防御率4.23だ。来シーズンの開幕早々、前田は36歳の誕生日を迎える。

 もっとも、そこには理由がある。前回の契約は、信じられないほど安かった。

 こちらも広島からドジャースへ移籍した黒田博樹と比べると、わかりやすいかもしれない。

 黒田は、2007年のオフにFA権を行使し、ドジャースと3年3530万ドル(約39億円/2008年~2010年)の契約を交わした。年平均は1176万6667ドル(約13億円)だ。

 前田がドジャースから得た契約の年平均はその3分の1に満たず、年数は長いにもかかわらず、総額も1000万ドル以上少ない。黒田の入団が前田の8年前だったことを踏まえると、その差はもっと大きくなる。

 渡米直前の3シーズンは、2005年~2007年の黒田が581.2イニングで奪三振率6.68と与四球率1.62、防御率2.86。2013年~2015年の前田は569.0イニングで奪三振率7.82と与四球率1.93、防御率2.26だ。

イニングと与四球率は黒田が少し勝るが、奪三振率と防御率は前田のほうが明らかに優れている。

 渡米前の1シーズンに限ると、前田の防御率は黒田より1.47も低く、イニング、奪三振率、与四球率の数値も前田のほうがいい。加えてドジャースに入団した時点の年齢は、黒田が32歳、前田は27歳。そこには、5歳の差があった。

 また、35歳以上であっても、先発投手が年平均1000万ドル以上の契約を得ることは珍しいことではない。

 黒田のその後の契約もそうだったし、今オフ、セントルイス・カージナルスに入団したランス・リンとカイル・ギブソンは現時点ですでに36歳ながら、1年1100万ドル(約16億円)と1年1300万ドル(約19億円)の契約を手にした。

ふたりとも今シーズンは180イニング以上を投げたが、防御率は前田よりかなり高かった。

【前田健太にタイガースが求めている最低ライン】

 とはいえ、今回の契約は決して安くはない。2年契約の期間に36歳・37歳となる前田に対してタイガースが計2400万ドルを投じるのは、先発投手として期待しているからにほかならない。

 黒田は36歳の2011年も、37歳の2012年も、200イニング以上を投げて防御率は3.07と3.32を記録した。そこまではいかずとも、タイガースはローテーションの2番手か3番手の役割──具体的には規定投球回の162イニング以上と3点台の防御率を前田に望んでいるのではないだろうか。

 大きなケガに見舞われることさえなければ、タイガースの期待に応え、契約に見合う投球をする可能性は十分あるはずだ。

 今シーズンは4月下旬に右上腕を痛め、故障者リストに入った時点では4登板の16.0イニングで自責点16、防御率9.00だった。けれども、2カ月の離脱を経たあとは88.1イニングで防御率3.36を記録した。

 前田は2018年からチェンジアップの握りを変えた。それまでよりも落差の大きいスプリット・チェンジ(スタットキャストはスプリッターに分類)を投げるようになり、スライダーと4シームとともに主要3球種としている。

 変化は、それだけにとどまらない。スタットキャストによると、2018年~2019年は4シーム、2020年~2021年はスライダーが最も多かった。2023年はスプリッターが最多だ。わずかながら、スライダーを超えている。

 2016年~2017年のシーズン奪三振率は9.40に届かなかったが、2018年以降は9.50を下回ったことがない。今シーズンの奪三振率は、最初の4登板を含めても10.09だ。もともと球速で勝負するタイプではないので、ここからの数年も10.00前後の奪三振率を維持し、3点台前半の防御率を記録してもおかしくない。

 もうひとつ、前田の経験値もタイガースにはプラスになり得る。おそらく前田に続いてあとひとり、タイガースは先発投手を加えようとするだろうが、このままいくと前田以外は全員20代のローテーションとなる。

 この若手たちは資質を備えているとはいえ、いずれも規定投球回に達したことがない。なかでも2018年のドラフトで全体1位指名を受けたケイシー・マイズ(26歳)は、昨年6月に受けたトミー・ジョン手術から復帰のシーズンとなる。これは、前田が辿ってきた道のりだ。

 タイガースは2011年~2014年の地区4連覇を最後にポストシーズンから遠ざかり、2017年以降は負け越しているものの、若手が芽吹き始めている。彼らが順調に伸び、前田の好投もプラスされれば、このア・リーグ中地区には絶対的な強さのチームが不在なので、10年ぶりのポストシーズン進出も現実的なゴールとして見えてきそうだ。