今季プレミアリーグでマンチェスター・シティ、リバプールと熾烈な優勝争いをし、チャンピオンズリーグも準々決勝を戦っているアーセナル。欧州トップクラブの戦術や選手の特長を、人気解説者の林陵平氏に教えてもらった。

林陵平がアーセナルのチーム戦術、選手の特長を徹底解説 悲願の...の画像はこちら >>
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【守備がよく整備されている】

――アーセナルの基本の戦い方を教えてください。

 基本の初期配置はアンカーを置いた4-3-3ですが、攻撃時と守備時でシステムを可変させ、うまく使っていると感じます。

 最近は右サイドバック(SB)のベン・ホワイトが(ボランチのように)中に入ってきて、後ろがセンターバック(CB)のウィリアン・サリバ、ガブリエウ・マガリャンイスと左SBヤクブ・キビウォルを含めて3枚に。ジョルジーニョとホワイトがボランチの位置で組んで、マルティン・ウーデゴールとデクラン・ライスが少し高い位置にいる3-2-5の形を採用しています。

 この形のポイントは、相手のウイングの選手が、こちらの中に入るSBをどうしても意識することになり、外側にスペースが作り出されます。そこで、アーセナルの強みであるブカヨ・サカとガブリエウ・マルティネッリに、クリーンなボールを送り込めるところです。

 守備では、ハイプレスの強度が非常に高く、チーム全体の連動もすばらしい。

このプレスを回避できるチームはプレミアリーグでもなかなかいないのが、今季の強みになっています。

 プレスの形もさまざまあって、相手が4-2-3-1の時は、基本的にはウーデゴールやアンカーの選手が前に出て、サイドの選手も前をつかまえに行く4-4-2や4-2-4の形を取ります。

 また、相手のふたりのボランチをインサイドハーフがつかまえ、1トップの選手が相手のふたりのCBを見る形もありますが、この時はサカが相手の開いた左CBを、ホワイトが大きく縦スライドして相手左SBをつかまえに行きます。さらに、サリバは相手の左ウイングをつかまえに行くという、右肩上がりのマンツーマンのような形を採用しています。

 これが可能なのは、CBのふたり、サリバとガブリエウの対人能力のおかげです。前にプレスをかける分、後ろにリスクが増えますが、数的均衡の1対1でも勝負できる選手がいるので高いラインを設定できます。

さらに背後のスペースをGKダビド・ラヤが守ることによって、前から守備ができるバランスになっています。

 相手が3-2-5の場合は、配置のかみ合わせのズレが生じてプレスがかけにくくなります。アーセナルの3トップが相手の3人のCBへプレスに行った時に、相手のウイングバック(WB)に位置的優位を取られやすくなるからです。

 ただ、アーセナルはこのWBにもホワイトが縦スライドで出ていきます。すると今度は相手の前線のシャドーの位置の選手が空いてくるのですが、そこに対しても、サリバないしガブリエウがついていく。ここでもマンツーマン気味の守備を採用しています。

 見ている多くの人にとっては「攻撃のアーセナル」というイメージがあるので、ビルドアップや崩し、ショートパスなどの印象が強いと思いますが、守備時のバランスの整え方、ゲームプランについても、ミケル・アルテタ監督はすごく整備していると思います。

【GKを使ったポゼッションも特徴的】

――攻撃面はいかがですか?

 攻撃面で、ビルドアップのあとの崩しの局面で特筆すべきは、右サイドの関係性です。4-3-3の右SBホワイト、右インサイドハーフのウーデゴール、右ウイングのサカと、3人の関係性が非常によく、このままの位置関係で攻める時もあれば、サカにボールが入った時にホワイトが追い越すサポートをしたり、ウーデゴールが内側でサポートし、3人目の動きでホワイトが出て行くという形もよく見られます。

 サカがカットインした時に、ウーデゴールが絡んでワンツーで抜け出す。ウーデゴールがランニングしてできたスペースを使って、サカがドリブルで進入するシーンもお馴染みだと思います。こうした3人のローテーション、関係性がうまくできているので、右の攻撃はスムーズです。

 左サイドはマルティネッリが単騎で突破できるので、左SBのキビウォルや冨安は主に後ろでサポート。

また、左インサイドハーフにカイ・ハヴァーツが入った時は、右サイドからチャンスを作った際にボックス(ペナルティーエリア)内に進入していました。

 誰が出ても同じような戦い方ができつつ、異なるキャラクターで違いも生み出せています。

――GKを使ったポゼッションも特徴的ですよね。

 決してアーロン・ラムズデールの足元がないというわけではないのですが、ラヤはポゼッションに適したGKです。状況に応じて、たとえば後ろが3枚になった時に、左CBの役割でラヤが前に入ってきて、相手のフィールドプレーヤー10人に対してプラス1を作ることができます。

 そこからドリブルをするわけではないのですが、ここに入ることによって、一瞬全体の配置を整える時間ができるだけで、チームがまったく変わるんですよ。

 ここで相手のプレスが来た時に蹴り出すしかなくなれば、全体の布陣が間延びしてしまいますが、ここでGKがサポートに入るだけで相手は前から取りに行けなくなります。その1、2秒だけで全体を落ち着かせて、バランスを整えることができるGKがラヤなのかなと思います。

 基本的には、やはりGKはボックスの外には出たくないものですが、そこに組み込む配置作りをアルテタ監督がしています。状況に応じて、キビウォルが高い位置を取った時に前に入りましょう、というのがチーム戦術として組み込まれています。

 また、ラヤは手前の選手だけではなく奥を見れる。遠くウイングのサカやマルティネッリの足元にボールを預けることができるのも大きいです。

 それに1トップにハヴァーツが入ることで高さも生まれたので、そこにプレスをひっくり返すボールを入れて、全体が陣形を押し上げる形もあります。自分たちのプレースタイルがありながらも、相手を見てプレーができる点も今のアーセナルの強みです。

 セットプレーも、2024年初頭のキャンプからキッカーをマルティネッリからライスに変えて、そこから得点が生まれるようになっています。セットプレーコーチもいますし、キャンプでの成果もすごく出ています。CBのサリバ、ガブリエウが、守備をしながらもゴールを決めてくれるのが大きいですね。

【今季加入のライスがキーマンになっている】

――シーズン途中で、アンカーがライスからジョルジーニョに代わりましたが、ここの違いはありますか?

 ふたりともアンカーとしての能力が高いのですが、どちらかというと、ジョルジーニョのほうがゲームをコントロールでき、ライスのほうが人に強くてプレーエリアも広く、ふたり分ぐらいのスペースを守れる。そこは違いです。

 ビルドアップの時の前線への配球の仕方も、ジョルジーニョの場合は状況に応じて下りたり、逆に真ん中に留まったり。相手を押し込んだ時には、上の空間を使ってのループパスも得意としています。彼はピッチ内の監督みたいな感じで、周りの選手たちをうまく動かして自分も生きる選手です。

 でもチームのキーマンになっているのは、やっぱりライスですよね。彼の場合は自分でボールを引き取ってドリブルで運びますし、パスの強弱、縦パスのスピードの速さなども違います。彼がひとりで二役、三役をこなしています。今季1億5000万ポンド(約190億円)という大金をかけて獲得しましたが、それ以上の活躍をしていると思います。

 あとは、うしろのサリバとガブリエルですよね。このふたりなくして、今季の躍進はなかったかなと思います。

 でもやはり、全員がすごいですよ。サカはひとりでもらって崩せるし、マルティネッリも批判された時期はありましたが、独力で運んで全体を押し上げることができて、カウンターでも力を出せます。両ウイングはすごく強みがありますね。

 ハヴァーツも前半戦は少し苦しみましたが、アルテタ監督が信じて使ってきたことによって、最近は結果が出ています。彼のポリバレント性と、アーセナルに高さをもたらしたことは大きいですね。

 そして、10番のウーデゴール。貴公子ですよね。チームのために戦えて、走れるファンタジスタ。本当にうまい選手で、とにかくかっこいいです。

 レアンドロ・トロサールは完全なスタメンではないのですが、途中から出てきてあそこまで安定している選手はいないと思います。アシストもできればゴールもできるし、CF、左ウイング、左のインサイドハーフもできてポリバレントな選手です。本当に彼には期待したいですね。目の下のクマだけは気になりますが(笑)。

【今後はシーズン20点取れるCFが欲しい】

――アーセナル相手に引いてくるチームもありますが、そういうなかでもここまで得点できている要因は何でしょう?

 以前と比べると、相手の背後のスペースを取るアクションがすごく増えているのが、今季のよさだと思います。

 相手DFライン手前の狭いスペースでの崩しもアーセナルの特徴だと思いますが、結局はその最終ラインの背後を、どれだけ取りに行けるかがポイントになります。先ほど言った右サイドの3人の関係性やいろんな形で、個人でもグループでもそこを取りに行けるのが、今のアーセナルが強いなと感じさせるところです。

――どこからでも点が取れるのはアーセナルらしさだと思いますが、一方でスーパーなストライカーがいればというのは、今後の伸びしろの部分になりますか?

 そこをアルテタ監督がどう考えているかですね。僕もやはり、最後はセンターフォワード(CF)が勝負を決めると思うので。ガブリエウ・ジェズス、エドワード・エンケティア、ハヴァーツらがプレーしていますが、ここにやっぱり点取り屋が欲しい。

 マンチェスター・シティは、アーリング・ハーランドを獲得したことでチャンピオンズリーグを獲れたのもあります。アーセナルはいろんなところから点が取れるチームなんですけど、「最後は誰?」という部分はこれからの課題かなと。

 僅差の勝負で、攻め込んでいるけど点が取れない。誰が取ってくれるんだよとなった時に、シーズン20点以上取れるCFが必要にはなってくると思います。