喜びの輪の中に、遠藤航の笑顔が見える。闘い続けた男にだけ許される、精神の解放だ。

 2025年4月27日、リバプールは2位アーセナルに15ポイントもの大差をつけて、5年ぶり20度目のプレミアリーグ優勝を達成した。

 下馬評ではマンチェスター・シティ、アーセナルに続く3番手だった。9シーズンに渡って指揮してきたユルゲン・クロップが去り、即戦力の補強も叶わなかった事実を、多くのメディアが「致命的な欠陥」と指摘していた。

 それでもリバプールは、周囲の心配などどこ吹く風とばかりに好スタートを切った。4節、伏兵ノッティンガム・フォレストに足をすくわれたものの、全体の目安となる3カ月を11勝2分1敗でクリア。29得点はアーセナルと並んで首位で、11失点はリーグ最少と、バランスのよさが際立っていた。

【プレミアリーグ】遠藤航が「陰のMVP」と言われる理由 リバ...の画像はこちら >>
 データサイト『Opta』によると、4月23日時点のゴール期待値(0~100)はリーグ最高の74.44。失点予測値はアーセナル(27.53)に次ぐ29.38だ。最終盤を迎えてもバランスは崩れていない。

 サー・アレックス・ファーガソン監督退任後、10年以上も戦略・戦術を徹底できなかったマンチェスター・ユナイテッドの歴代指揮官とは異なり、リバプールは前任者のクロップから「ヘビーメタル・フットボール」を選手に植えつけている。

 だが、アルネ・スロット新監督は短期間でビルドアップからのポゼッション、守備時のハイプレスを、より緻密なスタイルにアップデートした。人気者クロップの後任だけに、プレッシャーも尋常ではなかったはずだが、バランスのいいチームを見事なまでに創りあげている。

「遠藤の出番を奪った男」のレッテルは、そっと剥がしておこう。

 さらにライバルチームも、気前よくリバプール優勝をアシストした。

 アーセナルのブカヨ・サカ、マルティン・ウーデゴールが疲労の蓄積で長期欠場を余儀なくされたのは、ミケル・アルテタ監督がローテーションを活用しなかったからだ。カイ・ハヴァーツとガブリエウ・ジェズス、ガブリエウ・マルティネッリもフルシーズンで稼働できず、ガブリエウ・マガリャンイスは最終盤で右足ハムストリング断裂の深手を負った。

 また、格下相手に勝ち点を取りこぼす試合も多かった。引き分けはエバートンの14に次ぐリーグ2位の13を数える。

【遠藤はロッカールームでもプロ】

 同じくマンチェスター・シティも不甲斐なく、ケヴィン・デ・ブライネとアーリング・ハーランドが負傷し、昨シーズンまでの4連覇によってハングリー精神を失った。チェルシーは好不調の波が激しく、マンチェスター・Uとトッテナム・ホットスパーはあのザマ(14位と16位)だ。

 シーズン前にリバプールと対等、もしくははるかに上回ると言われたライバルは、次々に優勝戦線から脱落。マージーサイドの名門は10節以降、一度も首位の座を明け渡さずに戴冠した。

 ハードなスタイルのため、3月以降は足色が鈍った。昨シーズン比でスタメン出場が約3倍増となったライアン・フラーフェンベルフに至っては、疲労の色を隠せなかった。それでも、ライバルが追いつき、追い越す気配はなかった。

「圧倒的」「強すぎる」「左うちわ」など、楽勝をイメージする言葉が次々と浮かんでくる。

「エンドーはピッチでもプロ、ロッカールームでもプロ」

 リバプールOBで、現在は解説者を務めるスティーブ・マクマナマンがTVショーで力説していた。

「選手はみんなスターターになりたいものだ。控えなんか受け入れたくない。でも、エンドーは辛抱し、わずか数分の出場でもパーフェクトだ」

同じくリバプールOBのディトマール・ハマンも、そう絶賛している。シャビ・アロンソに定位置を奪われた苦い経験が、遠藤の気持ちを代弁した。

 彼らの言葉は、今シーズンの遠藤を如実に表現している。中盤に攻撃力を求めたスロット監督がフラーフェンベルフを重用したため、遠藤の序列が低下した。

 このようなケースでは、監督が不利になる偽情報をエージェントが流したり、選手本人がクラブを批判するSNSに「いいね」をしたり、双方の関係が綻(ほころ)びていく。マンチェスター・Uとジェイドン・サンチョ(チェルシーにローン)が典型的な例だ。

 しかし、遠藤はただひたすらチャンスを待ち、上々のコンディションを維持し続けた。ワールドカップ予選を終えた長いフライトのあとでも、疲れも見せずにジムで汗を流した。

 そして、ごくわずかな出場時間のなかで、与えられた仕事を一分の緩みもなくこなしていった。いつの日かメディアから「クローザー」のニックネームを頂戴し、遠藤が出てくればリバプールの勝ちパターン、という考え方が定着する。

【ファン・ダイクも残留を熱望】

 25節のウルヴァーハンプトン・ワンダラーズ戦は、前半を1-0で折り返しながら、後半になってシュートを撃てなくなった。この非常事態に投入されたのが、ベンチの遠藤だった。

 残り20分、一気呵成に攻め立てるウルヴズを力強いデュエルと巧妙なポジショニングで難なく鎮圧し、プレーヤー・オブ・ザ・マッチ(POM)に選ばれる。攻撃側のスーパーサブがPOMに輝くケースは時折あるが、守備者がわずか20分で最高評価を得た事例はほとんどない。

 任務遂行に努力を惜しまない彼の姿勢は、ピッチ上でもよく表れている。

 ボールを奪うまで繰り返し、繰り返し、しつこすぎるほどチャレンジする。相手をサイドに追いやり、ボールをキープする姿勢が変わった瞬間にタックル。身長で20cm以上も上回る巨漢FWとの空中戦では体をぶつけて自由を奪い、セカンドボールへの反応は誰よりも素早く、鋭い。

 身を粉にして闘う遠藤の姿は美しく、彼がボールを奪った時、空中戦で競り勝った時に、本拠アンフィールドは万雷の拍手に包まれる。リバプールのサポーターが遠藤を愛し、必要としている何よりの証(あかし)だ。

「ワタ(遠藤の愛称)はこの先、何年も、何年もリバプールにいてくれるだろうな。俺がキャプテンだけど、このクラブには頼りになるリーダーがほかにも数人いる。そのひとりがワタなんだ」

 フィルジル・ファン・ダイクが、こう高く評価したように、遠藤は自分が生き残るために何をすべきか、自分の役割とは何か、自ら模範を示し、リバプール全体の見本となった。

 不慣れなサイドバックでも、センターバックでも、スロット監督の期待に十分すぎるほど応えた。特別な存在で、陰のMVPであることは、ファン・ダイクのコメントからもうかがい知れる。

 さすが、と言うしかない。

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