【連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第27回>
◆【連載・谷口彰悟】第1回から読む>>
◆第26回>>CBとしての覚悟「何度でも復活できるし、何度でも立ち上がれる」
5月10日に行なわれたベルギーリーグ・下位プレーオフ第6節。2024-25シーズンを締めくくる最終戦で、谷口彰悟が6カ月ぶりにピッチに立った。
11月8日のメヘレン戦で負傷して交代となり、告げられた診断は左足首のアキレス腱断裂。ワールドカップ・アジア最終予選も主力として戦っている最中のアクシデントに、谷口はどんな思いで向き合ったのか。これまで秘めていた心の内を、静かに明かしてくれた。
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ベルギーに戻り、確かな一歩を踏み出した今だから、振り返ることができる。さかのぼること6カ月前──あれは2024年11月8日、ベルギーリーグ第14節のメヘレン戦だった。
あの日は試合前から、左足のふくらはぎ周辺に少し嫌な感覚を抱いていた。ただ、プレーできない状態ではなかったため、僕は3バックのセンターで先発出場した。
思い返すと、その違和感は身体からのサインだったのかもしれない......。
負傷したのは、キックオフからわずか11分後だった。
その瞬間を鮮明に覚えている。しばらくは映像を見る気分にもなれなかったが、復帰までの過程が現実的になってきたことで気持ちも切り替わり、映像を見返すこともできた。だから、今ならはっきりと説明もできる。
相手陣内からロングボールが蹴られると、マークしていた相手FWは、正対していた僕の左側にあるスペースへと流れながら、ボールを受けようとしていた。それを阻止しようとした僕は、相手FWについていこうと身体の角度を変えた。
その瞬間、ふくらはぎ周辺に衝撃が走った。どのような表現が適切なのかは定かではないが、それは破裂したような痛みに近かった。
アキレス腱を切った人が、「後ろから思いきり蹴られたような感覚」と表現しているのを聞いたことがあったが、まさにそんな衝撃だった。
【普通の打撲ではないかも...】
相手FWと並走していた僕も、その瞬間は相手の足が当たったと感じて、「これは相手のファウルになるだろう」と思いながらピッチに倒れ込んだ。
だから、ピッチ内へと駆けつけたチームドクターにも、こう告げた。
「蹴られた。(相手に)蹴られた」と──。
まだ痛みは続いていたものの、思いっきり蹴られたことによる打撲だろうとの印象を抱いていた。きっと、しばらくすれば痛みも治まっていくだろうと......。
そう思って立ち上がろうとして、ピッチに足をついても、足に力が入らず、「これは普通の打撲ではないかもしれない」......そう思った。
プレー続行は難しいと判断してロッカールームに戻るときも、まだ打撲だと思っていた。
「大丈夫。きっと大丈夫だ」
ロッカールームに戻り、処置室のベッドに上がると、チームドクターがふくらはぎをつまんだ。ギュッ、ギュッと何度かつまむと言われた。
「アキレス腱が切れている」
そのとき、「えっ!」と言ったことは覚えている。
嘘だという気持ちと、最悪の事態を招いてしまった現実を受け入れられなかった。
たしかに試合前から足に違和感を覚えていたが、それが黄色信号だったとは考えていなかった。その黄色は赤色に変わり、最悪の結果を招いたことに、僕は言葉を失った。
同時に、いろいろなことが頭の中を駆け巡った。
アキレス腱の断裂となれば、大ケガの部類に入る。ピッチを離れる期間は長期に及ぶ。この試合(リーグ第12節)の直後には、日本代表の活動があり、そこにも参加できなくなる。
また、ここまでの自分自身についても思いを巡らせた。今シーズン、やっとの思いでシント・トロイデンへの移籍が決まり、ヨーロッパで自分が戦えることを証明しようと決意していた。コンディションも徐々に上がり、やれる自覚を抱いていた矢先だった。日本代表においてもワールドカップ最終予選では先発出場する機会が増え、確かな自信をつかんでいた。
それなのに「今か」......。
時間にすればほんの一瞬だったが、本当に多くのことを考えた。
その悔しさと虚しさ、同時に不安も抱いた。
【目を向けるべきは過去よりも未来】
アキレス腱の断裂という事実を突きつけられた自分は、精神的にも落ち込んだ。すぐに気持ちを切り替えて、「ここからまた強くなろう」と思うことはできなかった。それは偽ることのない当時の率直な心境だ。
プロになって12年目になるが、これまで長期離脱を強いられる負傷を経験したことはなかった。その事実は、本当に幸せなことだったとあらためて実感しているが、今回、大ケガを負ったからといって、その事実に対しては、何か特別な感情や思いを抱くことはなかった。
もちろん、アスリートである以上、ケガをしないに越したことはない。でも、ケガをしてしまったからといって悩んだり、後悔したりしたところで、その事実が消えるわけではない。
大事なのは、そこからどういった過程を踏んで再びピッチに立てるのか。目を向けるべきは、過去よりも未来なのは明白だった。
そう思うことができたのは、自分のもとに届いた、多くの人からの励ましの声だった。
ドクターからも説明は受けたが、自分自身でもアキレス腱の断裂から復帰する過程については調べた。また、届いたメッセージのなかには、自分と同じくアキレス腱断裂を経験したことのある選手もいた。ケガを完治させて復帰している事実を伝えてくれるとともに、心強い言葉が添えられていた。
「だから大丈夫。しっかり治るからな」
経験者だけでなく、メッセージを送ってくれた人たちからの言葉は、自分が前を向くきっかけになり、支えになった。
常日頃から感じていることではあるが、ケガをしてあらためて自分は多くの人たちに支えられてプレーできていることを実感した。
所属するシント・トロイデンの理解もあり、僕は日本でオペを受けることにした。
左足のアキレス腱を断裂するケガを負った自分はその翌日、手術を受けるため、日本に帰国した。
◆第28回につづく>>
【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2023年からカタールのアル・ラーヤンSCでプレーしたのち、2024年7月にベルギーのシント・トロイデンに完全移籍する。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。