「ルイス・エンリケはすばらしい仕事をした。監督に就任してからすばらしいチームを築き、そこには多くの努力があった。

彼は天才だよ!」

 チャンピオンズリーグ(CL)準決勝でアーセナルを撃破した直後、チームの重鎮、右SBのアクラフ・ハキミが語ったように、現在パリ・サンジェルマン(PSG)を率いるスペイン人監督ルイス・エンリケの評価はうなぎのぼりだ。

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 就任2年目の今シーズンは、開幕から30戦連続無敗の快進撃を見せると、無敗優勝こそ逃したものの圧倒的な強さで早々にリーグタイトルを獲得。クープ・ドゥ・フランスではファイナルに勝ち進み、さらにはCLでもチームを決勝の舞台に導いた。

 カタール資本になってからのPSGがCL決勝に勝ち進んだのは、2019−20シーズンのみ。コロナ禍により変則レギュレーションでトーナメントが開催されたトーマス・トゥヘル監督時代だ。

 その翌シーズンも、トゥヘルからシーズン途中にバトンを受けたマウリシオ・ポチェッティーノ監督がベスト4に導いたが、ルイス・エンリケは就任1年目にベスト4、そして2年目の今回が決勝進出と、CLではクラブ史上最高成績を誇る。まだ初優勝に導いたわけではないにせよ、周囲の評価が高まるのも当然だ。

 ルイス・エンリケは現在55歳。現役時代はレアル・マドリードとバルセロナのスペイン2大クラブに所属し、主に攻撃的MFとして活躍した。

 監督としては、これまでバルセロナBチームを皮切りに、ローマ、セルタの監督を歴任。2014年に就任したバルセロナの監督として、3シーズンでラ・リーガ優勝2回とコパ・デル・レイ優勝3回のほか、初年度にはCL優勝も経験した。

 2018年からはスペイン代表を指揮。

カタールワールドカップではベスト16敗退の失態を演じたが、これまでの監督キャリアを振り返れば、PSGにおける好成績が偶然ではないことがわかる。

 とはいえ、パリでの監督生活が最初から順風満帆だったわけではない。今シーズンの後半戦から開花するに至ったチーム作りにおいても、これまで試行錯誤が繰り返されてきた。

【ビルドアップの基礎を浸透させた】

「チーム作りのプロセスにおいて、1年目は分析のためのシーズンで、2年目の今シーズンは成長のためにある。来シーズンも現在のチーム作りを継続するつもりだが、しかし今シーズン、すでにチームは大きく前進している」

 CL準決勝第2戦に臨む会見で、ルイス・エンリケは自分のこれまの仕事についてそう語った。

 たしかに現在、世界中で高く評価されているPSGのプレースタイルも、昨シーズンに植えつけたベースがあってこそのポゼッションサッカーと言っていい。

 基本布陣としては4−3−3でありながら、ビルドアップから敵陣でのボール保持においては3−2−5に可変するPSG。そのサッカーの構造は、マンチェスター・シティでペップ・グアルディオラ監督が成功に導いた可変システムと基本的に同じだ。

 最大の目的は、ボールを握り続けて相手を圧倒するためのシステム。現時点において、ポゼッションサッカーを標榜するなかでは理想的なプレースタイルと言える。

 しかし、最初から現在の可変システムに取り組んだわけではなく、初年度はボール保持の基礎作りから着手。4−3−3を基本としながら選手たちにビルドアップの基礎を浸透させ、時には4−2−2−2(4−4−2)を、あるいは3−4−2−1も採用しながら、少しずつポゼッションのためのポジショニングを植えつけた。

 初めて明確な可変を見せたのは、昨年3月のクープ・ドゥ・フランス準々決勝、ニース戦。

本来MFの神童ワレン・ザイール=エムリを右SBで起用した時だ。

 PSGはその時期、CLラウンド16でレアル・ソシエダを破り、その約1カ月後の準々決勝でバルセロナとの対戦が控えていた。そのため、当初は対バルセロナ対策の一環と思われた。しかしそのバルセロナ戦では、ニース戦後の国内リーグでも多用したその可変システムを封印する。

 つまり、もともとルイス・エンリケは現在の可変システムの採用を視野に入れてチーム作りを進めていたと見て間違いない。それが、本人の言う「1年目の分析」なのだろう。

【主軸のデンベレをメンバー外に】

 そして2年目の今シーズンは、可変システムの精度が高まり、誰が出場しても国内では無双を誇った。しかし一方、CLでは得点源キリアン・エムバペの抜けた穴が埋められず、ポゼッション後のフィニッシュワークに課題を露呈する。

 CL第2節からのアーセナル戦、PSV戦、アトレティコ戦、バイエルン戦と、試合を支配しながらゴールを決められず、白星を逃す状況が続くと、グループフェーズ敗退の危機に陥った。

 そんな苦境のなかで希望の光となったのが、昨年のクリスマスシーズンにチャンスメーカーからフィニッシャーに華麗なる変身を遂げたウスマン・デンベレだ。

 その変貌ぶりを会見で問われたルイス・エンリケは、冗談まじりに「クリスマスに何を食べたのか、本人に聞いてくれ(笑)」と返す一幕もあった。結果、ゴールを量産できるウインガーを1トップ起用する試合が増え、課題だったCLでの決定力不足はあっという間に解消された。

 もっとも、ルイス・エンリケの評価は、戦術構築にとどまらない。

バルセロナ時代もそうだったように、チーム内に自分の意思決定の妨げになる特別な選手を作ることを嫌う指揮官は、PSGでも自分のマネジメントスタイルを貫いている。

 そのスタイルについて、特にクローズアップされるエピソードがある。それは、チーム内のルール違反を犯した主軸のデンベレを、大事なCLグループフェーズ第2節のアーセナル戦(2024年10月1日)でメンバーから外したことだ。

 結果的にPSGは、その試合を落として苦しむことになる。しかしルイス・エンリケ本人は、内部崩壊の原因と批判されたその決断こそが、チーム作りにおける最大の意思決定だったと振り返っている。

 もちろん、体質改善や練習方法の変更にも取り組んだだけに、その一件だけがデンベレの変化のきっかけになったとは言えない。だが、それでものちにデンベレが覚醒して、チームとしても大きくレベルアップを果たしたことを考えれば、ルイス・エンリケの苦渋の決断がデンベレのみならず、チーム全体に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。

【ほしいのは汗をかける選手だけ】

 いずれにしても、将来有望な若手を主体とする現在のPSGには、もう「金満クラブ」と揶揄された過去の姿は微塵も見受けられない。

 3年前の夏、「これからは派手なスター選手ではなく、チームのために汗をかける選手だけでチームを作る」と宣言したナーセル・アル=ヘライフィー会長の重要な方針転換は、想定以上に早い段階で実を結びつつある。

 クラブの方針が現場のチーム作りと絶妙にシンクロしてきた現在のPSGは、だからこそ魅力的なチームに生まれ変わることができた。

 そして、その新生PSG最大のキーマンとなっているのが、まぎれもなくルイス・エンリケ監督であることに疑いの余地はない。

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