髙阪剛インタビュー 前編

 5月4日、東京ドームが大歓声に揺れた。『RIZIN男祭り』に詰めかけた観衆は4万2706人(主催者発表)。

セミファイナルで激突したのは、一度引退を宣言した朝倉未来と、平本蓮の負傷欠場によりスクランブル出場を決めた鈴木千裕。朝倉はテイクダウンから堅実なトップキープで主導権を握ると、3ラウンド、打ち合いの中でカウンターの左フックをヒット。鈴木の左目上を深くカットさせ、1分56秒、TKO(ドクターストップ)で約2年ぶりの勝利を掴んだ。

 その勝因と今後の可能性を、今大会で解説を務めた"世界のTK"髙阪剛氏に訊いた。

朝倉未来はいったん引退したことで進化 髙阪剛も「距離を置いた...の画像はこちら >>

【朝倉未来がいったん引退したことで手に入れた強さ】

――セミファイナル、朝倉未来選手と鈴木千裕選手の一戦について、率直な感想からお願いします。

「未来選手がうまく戦ったな、というのが全体の印象ですね」

――うまく戦ったというのは具体的にどのあたりでしょうか?

「ちゃんとMMAをやっていた印象です。単なる打ち合いではなく、その中に未来選手らしさもエッセンスとして入れていた。そこはプロ意識が高いなと感じました。テイクダウンを取って、相手を立たせない戦術は、最初から頭にあったと思います。ただ、それを全面に出し過ぎると、鈴木選手のような洞察力が高い選手には読まれてしまう。動物的な勘で『タックル狙ってるな』とバレていたと思います。だからこそ、悟られないように仕掛けていた。そのあたりに未来選手のうまさが光っていたと感じましたね」

――打撃にも応じながらテイクダウンにつなげたと。

「打撃でいく、という雰囲気を出しながら、間合いを調整してタックルにつなげています。あとから映像を見返すと、そういう組み立てをしていたことがよくわかります。タックルに入る前の段階で距離を調整していたり、間合いを変えたり。現場では気づきにくいんですけど、試合を終えて映像で見ると、『ここで距離を変えたんだな』というのがわかりますね」

――リング上では気づきにくい動きだったということでしょうか?

「はい。現場ではなかなか分からないと思います。未来選手は、鈴木選手に気づかれないように巧みに試合を運んでいました」

――朝倉選手は、練習仲間やコーチからも組み技・寝技も強いと言われながら、なかなか試合で発揮できない状況が続いていました。今回はそれが出たということでしょうか?

「未来選手はいったん引退すると決めて、自分を少し引いた視点で見られるようになったと思うんです。僕自身も経験がありますが、ファイターとして常にど真ん中にいると見えないものが、距離を置いたことで見える部分がある。『あっ、この場面では、こうすればいいんじゃないか』『こんな戦い方もあるな』と、気づきがどんどん出てくるんです。『なんで現役の時に気づけなかったんだろう......』と。

 未来選手の場合は、もともとの能力が高いので、できることがたくさんある。だからこそ、俯瞰したことであらためてそれに気づいたんだと思います。

他の選手の試合や練習を客観的に見る中で、『この動きは自分にも取り入れられるな』とか、新たな気づきがたくさん生まれたんじゃないかなと思いますね」

――今回、未来選手はトップポジションをキープしながら、コーナーに鈴木選手を押し込む展開が目立ちました。

「あれは"リングならでは"の非常に重要な動きですね。ケージ(例:UFCは八角形、ONEは円形)は柱がありますが円形に近い。下になっている側は少し体がズレれば壁を使えるようになります。でも、リングはコーナーポストの横はロープで抜けていて、壁として機能しない。しかも今回、鈴木選手は首が曲がった状態でコーナーに押しつけられていました。身体も斜めに折れたような状態になっていて、完全に動きを封じられていました。いわゆる"死に体"というやつで、なにかアクションをするのは無理な状態ですね」

―― 一見、コーナーを壁代わりに使えば立ちやすいようにも見えますが、そうではなかった?

「頭の位置が少し横にズレれば、背中をコーナーに当てて壁代わりにできるんですが、今回は首が曲がった状態でピタッと押し込まれていました。そうすると逃げ場がないです。パウンドも落ちてくるのでホールドせざるを得ず、コーナーを壁として使うこともできなかった、ということですね」

――試合後、レフェリーがブレイクをかけるべきだったか、という議論もありました。未来選手としては、ギリギリのラインを狙ったのでしょうか?

「未来選手は、ブレイクのタイミングを頭に入れながら、レフェリーやセコンドの声を聞いて戦っていたと思いますね。膠着しかけたら、リスクを覚悟で一度腰を上げたり、ときどき強いパウンドを落としたり、抑え方に変化をつけたり。

そのあたり、うまいなぁと思いながら見ていましたね」

【"混ぜた戦い"が今後もたらすもの】

――打撃の攻防からのテイクダウンの動きは、どうご覧になりましたか?

「特に印象的だったのは、1ラウンドと2ラウンドでテイクダウンの入り方を変えたことです。1ラウンドは距離が遠いところから入っていました。未来選手はサウスポー、鈴木選手はオーソドックス。未来選手は、自分の頭を鈴木選手の前足の外側に倒しているのですが、一度、ニータップの動きを入れてからタックルを取りに行っています。これは、堀口恭司選手が得意にしている動きです」

――どんな技術があるんでしょうか?

「例えば、オーソドックス対オーソドックスでも、一度サウスポーにスイッチして"ケンカ四つ"の状態を作ってからニータップを入れてからタックル。レッグドライブしてケージまで押し込んでいきます。堀口選手だけでなく、UFCやPFL、北米系のトップどころの選手は、必ずといっていいほど持っている動きですね」

――朝倉選手のニータップは過去にも見られましたが、今回はもうひと展開あったということですね。

「そうですね。もしかしたらニータップからのリカバリーであの動きになったのかもしれません。未来選手からすれば、ニータップで倒れてくれたらそれはそれでいいので。最初から準備していたにせよ、とっさに出たにせよ、いずれにしても次の動きが出せる選手だということが証明されましたね」

――2ラウンドのテイクダウンは、1ラウンドよりも近い距離から仕掛けましたね?

「はい。2ラウンドは四つの状態から押し込んで、最後は『櫓投げ』。組んで相手を引きつけて、自分の膝を相手の内股に差し入れて、持ち上げて小内刈で倒す技です。

これも北米系というか、ダゲスタン系のフィジカルが強い選手がよくやります。イスラム・マカチェフ(元UFCライト級王者)もやりますね。この動きを、試合で出せるかどうかが実力です」

――テイクダウンのパターンを変えたのは、どんな意図があったと見ていますか?

「鈴木選手からすれば、1ラウンドで倒されたことで、当然、倒されないようにディフェンスしてきます。ですから、朝倉選手が同じ入り方をしても倒れてくれない可能性が高いので変化させたということでしょう。これも先ほども話したように、いったん引退したことで『これもできるな』という気づきによるものかなと思いますね」

――打撃、組み、寝技をうまく混ぜて勝利したことは、今後の朝倉選手にどんな影響を与えると見ていますか?

「相手にとって警戒すべき要素が格段に増えた、というのが最大のポイントですね。これがまさにMMAの醍醐味でもあり、面白さでもあるところです。相手がテイクダウンを警戒するようになる結果、打撃が入るようになる。今回、未来選手が組みの展開を見せたことが、今後対戦する選手にはプレッシャーになるはずです。当然、対戦相手もそこを研究してくるので、未来選手もさらにレベルアップしていく。未来選手は、あらためて格闘技の面白さを感じているんじゃないでしょうか」

――髙阪さんに以前も伺いましたが、組みや寝技が入ると、打撃の勝負も全く別物になるということですね。

「混ぜることで、打撃もテイクダウンも入りやすくなる。まさに好循環です」

――今回の試合に向けて、朝倉選手は、少し後ろ重心に戻したとおっしゃっていました。

この狙いはついては?

「重心移動のためだと思います。タックルに入る際、前重心だと一歩目がどうしても弱くなります。後ろ足に少し重心をかけておくことで、前に踏み出す力が入る。ただ、これは"諸刃の剣"でもあって、後ろから前に体重を移す分、動きは大きくなる。相手にすかされた場合、前につんのめるリスクもあります。だからこそ、ギリギリの後ろ体重、ギリギリの体重移動の加減が重要になります。今回は、そのバランスが絶妙だったと思いますね」

【鈴木の再起への期待】

―― 一方、敗れた鈴木選手ですが、少し休養が必要なタイミングかもしれませんね。

「そうですね。前回の試合(3月30日)のダウトベック戦のダメージが抜けきっていたとは考えにくいです。本人は言わないでしょうけど、あれだけの試合をして影響がない、ということはまずないと思います」

――鈴木選手は、パトリシオ・ピットブル選手、ヴガール・ケラモフ選手、金原正徳選手と、強豪に破竹の勢いで連勝してきました。今はオーバーホールの時期かも知れませんね。

「ここで少し立ち止まって休むことは、決して悪いことじゃないと思います。僕自身も現役時代、UFCに出ていた頃は『試合間隔が短いけど、上に行くチャンスだから』と、出場を決めたことが何度かありました。

1カ月半程度のスパンで『やります!』と。でも、練習を重ねていくうちに、2、3週目から体が動かなくなるんです。集中もできなくなって、気持ちはあるのに体がついてこない感じです。そうなると、どんどん自信まで失ってしまうんです」

――勝負をかける試合だと分かっていても、体が動かない?

「無理やり体を動かそうとすればするほど悪循環になって、疲労も蓄積して......。週末に1、2日休んだくらいでは全然回復しない。僕は、そういうことを20代の頃に経験しました。だから、今回の鈴木選手の状態を見て、理解できる部分はありましたね。未来選手が引退期間を設けて俯瞰で見る時間があったように、ファイターにとって休む時間は大事なことだと思います」

――髙阪さんの教え子たちにも、休養とリフレッシュの重要性はレクチャーされているんですか?

「はい。試合が終わってしばらく試合がない選手には、『スパーリングを遊びながらやろう』と伝えています。もちろん、ふざけてやるということではなくて、遊びの延長で自由にいろいろ試すという意味です。試合前はどうしても対戦相手の対策に、練習内容を絞る作業になります。ですから、遊びの感覚で色々試すと、意外と試合でもやれることが見つかったりします」

―― 鈴木選手には、心身を十分に回復してもらって、あの爆発力を存分に発揮できるコンディションで戻ってきてほしいですね。

「ファンも彼の完全復活を待っていると思いますし、まだ若いですから。焦らずじっくり準備してほしいですね」

【ふんどし姿での和太鼓は「いい経験をさせてもらいました」】

――ちなみにオープニングでは、髙阪さんと川尻達也さんが見事なふんどし姿での和太鼓を披露しましたね。

「周りからの評判もいいです(笑)。どうせやるなら振り切ったほうがいいと思ったので、オファーも快く受けました。娘はめちゃくちゃ喜んでいましたね(笑)」

――今回のために体を仕上げたりしたんですか?

「いや、特別なことはしていません。選手を指導する立場として、普段からある程度は体を作っていたので。選手を強くする立場の人間が弱くちゃいけない、強くなきゃいけないっていう意識は常にあります。だから、強い状態をちゃんと維持してきました」

――打楽器という点で、髙阪さんは中学時代にドラムをやっていたそうですね?

「ふたりの兄の影響です。長男、次男がドラムをやっていて、僕もそれを見てマネして始めました。次男はプロ(ジャズドラマー・テルシファー高阪氏)になって、ドラムを生業にしています」

――ドラム経験者として和太鼓はいかがでした?

「全然違いましたね。叩き方がまるで違う。出演者で臨んだ最初のレッスンの時、ドラムの叩き方で手首や肘を使って叩いちゃったんですけど、それだと全然音が響かない。ポコポコと表面的な音しか鳴らないんです。腕全体をバチのように振らないと、いい音が出ないんですよ。だから、1回目のレッスンが終わった後は、バチを持ち帰って鏡の前でシャドーを繰り返しました(笑)」

――東京ドームのど真ん中、4万人の前での和太鼓はいかがでしたか?

「すごく楽しかったですね」

――その後、解説席にふんどし姿で川尻さんと並んで座っていらっしゃいましたが。

「あれはRIZINスタッフにやられました。『そのままいっちゃいましょう!』って言われて、結局ふんどし姿のまま解説席へ(笑)。まぁ、いい経験をさせてもらいましたね」

(後編:髙阪剛が振り返るクレベル・コイケの62秒での王者陥落「RIZINがシェイドゥラエフを怪物にした」>>)

【プロフィール】

■髙阪剛(こうさか・つよし)

1970年3月6日生まれ、滋賀県出身。学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行っている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。

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