少なくとも外から我々が見る「比江島慎」という選手の表情は、ほとんどの場合で一緒だと言っていい。
それは、控えめな彼を如実に表わす、うっすらとした笑みだ。
5月27日に行なわれた宇都宮ブレックスと琉球ゴールデンキングスのBリーグファイナル最終戦。終了直後に目にした彼は、雄叫びを上げ、顔には涙と満面の笑顔があった。
「宇都宮ブレックスは本当にすばらしいチームですし、年々Bリーグが盛り上がってきているなかで、歴史に刻まれるような優勝が今シーズンできたことは、非常に大きく、すごくうれしいです」
試合直後のコート上でのインタビュー。比江島はいつもよりも少しだけ高揚を感じさせる口調で、こう語った。
もっとも、試合の展開と宇都宮の勝利をくまなく見ていたならば、そしてそこへ至るまでの彼らの抱えた悲壮な思いを知っているならば、チーム一のスター選手である比江島が悲喜こもごもの表情をしていることに納得こそすれ、驚く者は多くなかったに違いない。いや、それだからこそ、比江島の感情があそこまであふれ出てしまっただろうか。
Bリーグの頂点を狙うポストシーズンで、比江島のシュートは好調だとは言えなかった。過去ここまで3P成功率が40%を超えたシーズンを6度記録し、今シーズンは同カテゴリーで2年連続してB1トップとなった。それなのに、である。
ファイナル第1戦では5得点、第2戦では8得点。比江島らしいプレーは、なかなか見られなかった。
第3戦、試合開始前のウォームアップ。
案の定、試合が始まっても、比江島のシュートがリングの間をとらえる場面はなかなか訪れない。レイアップへ行けばブロックされ、得意のドリブルから波長を戻そうとすればボールを失ってしまうなど、なかば空回りを引き起こしてしまっていた。
【性格的に追い込まれないと...】
しかし、最後に「眠れる獅子」は目を覚ました。
第4クォーター序盤、レイアップと3Pを立て続けに決めたことで心理的な余裕ができたのか、比江島はその後もドライブからの難しいフローターを決めた。時にバスケットボール選手に対して気まぐれなリングは、行き詰まる勝負の局面で比江島に味方した。
そして宇都宮が1点ビハインドで迎えた、試合時間残り30秒強の場面。D.J・ニュービルからボールを受けた比江島は、左のコーナーから逆転の3Pをリングにねじ込んだ。
文字にすると、なんとも淡白だ。
だがこの場面、比江島をオープンにさせるために、40歳のビッグマン竹内公輔が衝立となって相手のマークを引き剥がす役割を担っていた。また、その直前にもニュービルにドリブルでボールを進めてもらうために、やはり同じように衝立役を買って出ている。
これらのプレーの直前に、タイムアウトなどで話し合う時間があったわけではない。それなのに彼らは、図ったかのように連係したプレーを決めてみせた。試合を決定づける相当な重圧の場面で、しかも第4クォーター前までシュートがまったく入っていなかった比江島に、そのプレーを託したのだ。
年月をかけて積み上げてきた宇都宮のバスケットボールが、優勝の行方が左右する際のところで発揮されたのは、あまりに印象的だった。
もちろん、それを決めきったのは、「やはり比江島」と言うべきだろう。第4クォーターだけで14得点。打った5本のシュートすべてを決めてみせた。並の選手ならばそう簡単に立ち直れるはずもない不調から勝負どころで自然と集中力を高めてくるのは、彼が特別な選手だからだ。
「性格的に追い込まれないと、やらない性格なので」
この3Pのシーンについて問われた比江島は、苦笑しながらそう語った。その瞬間、横浜アリーナ内の宙には「ワアッ」という笑いが舞った。それは彼の言葉どおり、崖を背中に背負ったところから脚光をかっさらう活躍ぶりだったからだ。
【自然と相手を引きつける重力】
その一方で、仮に宇都宮が敗れていたとしても、比江島が敗因の大部分を占めていたかといえば、そうではなかっただろう。
得点の印象の強い比江島は、たしかにファイナルを含めたこのポストシーズンで際立った数字を残していない。
今年のチャンピオンシップでは平均10.4得点、3Pの成功率は29.4%に終わったものの、平均3.1リバウンド、オフェンスリバウンド1.5本は、過去に出場したポストシーズンで最も多かった(同1.5スティールも2番目に高い数字)。「怖い」というよりも「やっかい」というのが、今の比江島を評するに適当だろうか。
「なんでもできます」
この言葉は、最近の比江島から複数回にわたって聞いてきた。
得点のみならず、ほかのプレーでも目立った活躍を見せる最近の比江島には、どこか新境地を開いた手応えを感じさせもした。
それは今シーズン、宇都宮のヘッドコーチ(HC)に就任しながら今年2月に突如、46歳の若さでこの世を去ったケビン・ブラスウェル氏との出会いがもたらしたのかもしれない。アメリカ人のブラスウェル氏は選手の技術指導に長けた人物として知られ、かつ前向きな性格から助言者としての側面も持っていた。
「34歳になっても進化できているのは、ケビンが自信を与えてくれて、スキルも磨いてくれたから。非常に感謝しています」
ブラスウェル氏が亡くなって初めての試合となった3月初頭、比江島は彼を偲びながらこのように語った。
たとえば、宇都宮が勝利したファイナル第1戦の第4クォーター終盤。比江島はドリブルで中に切れ込んで相手ディフェンダーを目一杯に誘い込むと、コーナーでノーマークとなった遠藤祐亮にパス。遠藤は3Pを沈めて10点差とし、勝利を大きく手繰り寄せた。
彼がドリブルをすれば、自然と相手は反応してしまう。比江島の最大の武器はその「重力」にあると思われるが、自身で得点ができずとも、それを生かしてチームの勝利に寄与できる。「なんでもできます」は冗談半分で言った言葉かもしれないが、あながち間違ってはいない。
【君がここにいるのには理由がある】
好調だったチームに襲った突然の訃報は、チームをより結託させた。ブラスウェル氏の葬儀の際に、比江島は「ケビンのバスケで優勝します」と誓った。
果たして、彼らの強い思いは結実した。優勝以外は失望という重圧は、重くのしかかっていたに違いない。そんな状況下で、比江島は一番のプレーを決めてみせた。
「局面でこそ力を発揮してみせる」という言葉は、あまりに言い尽くされたスターの表現方法である。だが、土壇場で見せたあのパフォーマンスは、彼がそういった類(たぐい)の選手であることをあらためて示した。
もっともその控えめ性格は、スターらしさとは遠い。表面上は頼りなさそうにも見える雰囲気は、多少なりとも味方に動揺を与えるのだろうか。
「僕はふだん、味方にそのようなことを言ったりするほうではないけれど、(比江島)はとても静かな男で、とても穏やかで謙虚。だからこそ僕は『君がここにいるのには理由がある。君がやらないとダメだよ』と伝えたんだ」
生前のブラスウェル氏は、比江島のことを「NBA界のレジェンド」であるコービー・ブライアント氏(元ロサンゼルス・レイカーズ)に例えていた。今年3月からHC代行として宇都宮を牽引してきたジーコ・コロネル氏も、それをよく知るひとりだ。
2021-22シーズンのファイナル、比江島は平均20.5得点を記録する活躍で優勝の立役者となり、チャンピオンシップ(CS)のMVPに選出された。この時の比江島の働きについて、コロネルHC代行は「彼はプレーオフを通して最高の選手でした。外国籍選手を上回るプレーでチームを優勝に牽引できるのは非常に価値のあることです」と話していた。
そして、今回のファイナル最終戦後。コロネル氏は、最後の最後で光を放った比江島の肩に手を置きながら、「彼がなぜコービーなのかがわかったでしょう」と破顔した。その横で比江島が浮かべていた表情は、やはりうっすらとした、あるいは照れたような笑顔だった。
記者会見が終わり、宇都宮の面々はアリーナ内に設置された会場でシャンパンファイトを行なった。
ほかの多くの選手・スタッフと同様、比江島も輪のなかで狂喜した。
ワールドカップとオリンピックにそれぞれ2度出場し、Bリーグでも常に勝者であり続けたスターにとって、2024−25シーズンは涙と笑顔の入り交じる、あまりに特別な1年となった。