西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第65回 ジョアン・ネベス

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、パリ・サンジェルマンの20歳のMFジョアン・ネベス。リーグアンでハットトリックするなど得点能力が開花していますが、これはトータルフットボールの完成された姿だといいます。

【MFがハットトリック】

 リーグアン第3節のトゥールーズ戦で、パリ・サンジェルマン(PSG)のジョアン・ネベスはハットトリックを達成した。7分にゴール前のこぼれ球をオーバーヘッドキックで決めて先制。14分にはまたもオーバーヘッドで2点目。さらに78分には豪快なミドルシュートを叩き込み、6-3大勝の立役者となった。

偽9番システムでジョアン・ネベスが得点量産 完成されたトータ...の画像はこちら >>
 ベンフィカのアカデミー育ち、そのままベンフィカでデビューして2シーズン活躍した後、昨季PSG移籍。中盤のダイナモとしてヴィティーニャ、ファビアン・ルイスとともに攻守に渡って貢献し、リーグアン優勝、クープ・ドゥ・フランス、チャンピオンズリーグのタイトルも獲得した。

 174センチと大柄ではないが、図抜けた敏捷性とスキルを示し、攻撃だけでなく守備でも素早いマークと勇敢なタックルを得意とする。頭脳的で落ち着いたプレーぶりは20歳とは思えず、同時に無類のハードワーカーでもある。

 トゥールーズ戦の3ゴールはジョアン・ネベスの新たな一面を示していた。

 プレーメーカーとしての優秀さはすでに実証済みだったが、ストライカー顔負けの得点力を発揮しはじめたのだ。2つのオーバーヘッドシュートは機敏さと瞬時の判断の確かさが発揮されていて、3点目のミドルはアウトサイドでボールを切るように蹴って右へカーブしていく完璧なシュートだった。

もともと持っていた資質かもしれないが、PSGで開花した面も少なからずあると思う。

 得点するには得点できる場所にいなければならない。最初の2点はペナルティーエリア内のシュートであり、そこにいたことがまず重要なのだが、PSGはその機会が多いプレースタイルになっているのだ。

【大胆かつ広範囲にポジションが動くPSG】

 PSGの基本システムは4-3-3。MFの中央はヴィティーニャ、ビルドアップの軸となる中盤の底にいるプレーメーカーだが、運動量は非常に豊富でフィールドのいたるところに顔を出す。インサイドハーフは左がファビアン・ルイス、右にジョアン・ネベスだが、このふたりも稼働範囲がかなり広い。

 守備はハイプレス基調、MF3人はマンツーマンでつく。3人とも高い技術と戦術眼の持ち主だが守備力も高い。この3人のクオリティがPSGのスタイルを支えている。

 デジレ・ドゥエ、ウスマン・デンベレ、ブラッドリー・バルコラ、フビチャ・クバラツヘリアのFW4人のうち3人が先発する。いずれも突破力、得点力に優れた強力なフロントライン。カウンターアタックの鋭さは大きな武器だ。

 さらに独特の特徴として流動性があげられる。

 昨季後半から定着したデンベレの「偽9番」はよく知られているが、それに伴うポジションの流動性が非常に大きい。偽9番は流動性の引き金になる攻撃方法とはいえ、PSGほど大胆かつ広範囲にポジションが動くチームはかなり珍しい。

 偽9番と流動性の組み合わせは、古くは1940年代のリーベル・プレート、1950年代のハンガリー代表があるが、世界的に大きな影響をもたらしたのが1974年W杯でのオランダ代表である。センターフォワード(CF)のヨハン・クライフの変幻自在のポジショニングに伴い、まるでポジションがないようなチーム全体の流動性が衝撃的だった。プレッシングの源流でもあり、のちのバルセロナ、マンチェスター・シティなど、多くのチームのモデルと言っていいだろう。

 そのなかでも、PSGはかつてのオランダに最も近いかもしれない。

【秩序ある混沌】

 流動性のトリガーになるのがCFデンベレである。

 デンベレが中盤に下りる、サイドに開く、といった動きに呼応して全体が動き出す。そしてCFがいなくなった場所には、さまざまな選手が出ていく。ドゥエ、バルコラ、クバラツヘリアのFWに限らず、ジョアン・ネベスやファビアン・ルイスも頻繁に最前線に出る。左サイドバック(SB)のヌーノ・メンデス、右SBアクラム・ハキミがトップにいることさえある。

 偽9番システムというと、CFが不在のゴール前に人が足りないという事態もよく起こりがちなのだが、PSGはそうならないようなルールが定められているのだろう。

ボックスに入っていくのが誰かは決まっていないが、ラストパスが入ってきそうなタイミングでは少なくともふたりは必ずいる。

 その流動性は無秩序にも見えるが、意外とルールが決まっているのではないか。ある程度の法則が見て取れるからだ。

 まず偽9番のデンベレが中盤に引く、あるいはサイドへ流れる。中盤に引く時はヴィティーニャと連係できるところまで引く場合が多い。デンベレが引いて空いた前線の中央にウイングが移動すると、それと連動してSBがサイドの高い位置へ進出する。ジョアン・ネベスやファビアン・ルイスが上がるなら、ウイングは外へ開くかインサイドハーフとして振る舞う。誰がデンベレとポジションを入れ替えるかは決まっていないが、この誰かによって次のアクションが決まってくる。

 つまり非常に複雑に見えて、じつは誰の動きを見ておくべきかがそれぞれ決まっているのではないか。

 たとえば、左ウイングのバルコラと左SBヌーノ・メンデスはセット。バルコラが中へ入ったらヌーノ・メンデスが外。右はデンベレが右サイドへ開くことが多いので左よりも少し複雑だが、ドゥエ、デンベレ、ハキミがそれぞれの動きに連動する。

ジョアン・ネベスとファビアン・ルイスはどちらかが前線なら、もう一方は中盤に残る。大きなユニットが3つあって、そのなかでバランスを取ることで全体のバランスもとれているようだ。

 センターバックふたり以外はかなり自由に動きながら混乱は起きていない。デンベレが引けば、誰かが前進するというように、逆方向の動きがセットになっている流動性なので、守備側にはかなり捕捉しにくくなっているのも特徴である。

 こうした流動的なスタイルのなかで、ジョアン・ネベスとファビアン・ルイスにはFW以上にシュートチャンスが巡ってきていて、ふたりとも得点能力を開花させている。偽9番は、CF以外が得点することを前提としているので、CFの代わりにフィニッシュを行なう選手が得点できなければ成立しにくい。

 その点では、山のようなチャンスを豪快に外し続けていた本家のオランダよりもPSGは決定力に優れていて、年月を経てより完成されたトータルフットボールの姿を示している。

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