西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第68回 リュカ・シュバリエ&ジャンルイジ・ドンナルンマ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今季スタートにあたって、パリ・サンジェルマンがGKジャンルイジ・ドンナルンマを放出したことが話題に。トップクラブのなかでもそれぞれGKに求める役割が違うようです。

【シュバリエを優先したPSG】

 今季、GKに動きがあった。昨季チャンピオンズリーグ(CL)優勝のパリ・サンジェルマン(PSG)は、立役者のひとりだったジャンルイジ・ドンナルンマを放出している。ルイス・エンリケ監督は新加入のリュカ・シュバリエを優先。契約交渉が難航していたドンナルンマは、マンチェスター・シティからのオファーを受けて移籍した。

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 ドンナルンマを獲得したシティは、8年間に渡ってシティの守護神だったエデルソンを放出している。現在32歳のエデルソンはGKとしてまだまだやれる年齢ながら、契約期間が残り1年となっていた。そこにフェネルバフチェから好条件のオファーがあり、本人の意向もあって移籍が成立している。

 シュバリエ、ドンナルンマ、エデルソンはいずれも世界トップクラスのGKと評価されている。にもかかわらず、PSGはドンナルンマを放出してシュバリエを選び、シティはドンナルンマを獲ってエデルソンを放出した。それぞれのクラブのGKへの要求が微妙に違うからだ。

 シュバリエは23歳、昨季までリールでプレーしていた。

2024-25シーズンのヤシン賞(『フランスフットボール』誌が2019年に創設したGK賞)にノミネートされている。セーブ率は74.6%と高率、PSGのドンナルンマ(67.9%)を上回る数値だった。ただ、ルイス・エンリケ監督がドンナルンマよりシュバリエを優先したのは、セーブ能力よりビルドアップ能力によるものと考えられる。

 ヤシン賞を受賞したドンナルンマの唯一の弱点はビルドアップである。下手ではないが、それが長所というほどではない。ドンナルンマの活躍がなければPSGのCL優勝はなかったと思うが、ルイス・エンリケ監督にはシュバリエが必要だったのだ。

 PSGはボール保持によって押し込み、敵陣でのハイプレスによってカウンターを封じて圧倒的にゲームを支配する。特にリーグアンのほとんどの試合はそうなっていて、GKには安定したビルドアップ能力が求められる。前記のとおりシュバリエはセーブ能力も高く、フランス代表でも正GKの座をつかみつつある逸材である。

 PSGはボール保持力の高いチームだが、MFヴィティーニャにかなりの部分依存している。相手のハイプレスを外す、ドリブルで持ち上がる能力が抜群で、ビルドアップにおいてフリーになるGKを経由しなくても組み立てができた。ヴィティーニャがいるかぎりGKがドンナルンマでもさほど不都合はなかったはずだが、ルイス・エンリケ監督としてはより完成度を高めたかったのだろう。

【足下の技術が突出していたエデルソン】

 ドンナルンマを獲得したシティのプレースタイルはPSGとほぼ同じと言っていい。

 圧倒的なボール保持とハイプレスの循環でゲームを支配するプレースタイルは、2008年にジョゼップ・グアルディオラ監督がバルセロナで始めたものだ。グアルディオラは「自分はラファエロの弟子」と言っていて、その戦術の原画を描いたのはヨハン・クライフ監督だとしているが、クライフの構想を実現したのはグアルディオラ監督の時代だ。

 バルセロナのサッカーは戦術史の大きな転換点となった。ただ、バルサを模倣したチームはいずれも惨憺たる結果に終わっている。リオネル・メッシ、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケツがいてこそのプレースタイルだったわけだが、ビルドアップに関与できるGKの存在も当時としては珍しかった。

 その後、バイエルンを経てシティの監督になったグアルディオラはいずれもバルサ方式の移植に成功している。バルサをコピーしようとした模倣者ではなく、オリジナルを創り上げたパイオニアなので、何が必要なのかを完璧に理解していたからだろう。シティではイングランド代表GKジョー・ハートを放出してクラウディオ・ブラーボをバルセロナから獲得した。ブラーボは総合力ではハートに劣るが、足下の技術では上回っていた。さらにエデルソンを獲得してプレミアを制している。

 エデルソンは足下の技術が突出しているGKだ。シティのビルドアップを向上させ、正確なロングキックでたびたび決定機を演出して、グアルディオラのチームに不可欠な存在となっていった。

そのエデルソンを放出してドンナルンマは理屈に合わないように思えるのだが、そこにはそれなりの事情がある。

【撤退戦で頼りになるドンナルンマ】

 プレミアリーグ第5節のアーセナル戦、シティは保持率32%というグアルディオラ監督下では異例の数字を記録した。

 9分にアーリング・ハーランドが先制した後、シティはホームのアーセナルに押され始め、70分以降はローブロックで守備を固めた。これもグアルディオラ監督下では異例。ロスタイムに失点して1-1のドローとなっている。

 グアルディオラ監督のチームは、およそどんな試合でもボール保持率で圧倒してきた。しかし、近年はその優位性が減退している。その原因はグアルディオラのプレースタイルをコピーできたチームが現れたからだ。保持とハイプレスで相手を圧倒する戦術は、模倣者たちが失敗の山を築いた後、アーセナル、PSG、バイエルンなどが「ペップ方式」を消化して台頭してきた。

 アーセナルのハイプレスをシティがどれだけかわせるか、逆にアーセナルのビルドアップをシティが封じ込められるか。保持とプレスの両面でシティはアーセナルを圧倒できる見込みがなくなった。かつてバルサ時代の教義だった「70%の保持なら80%勝てる」が成立困難になったわけだ。

 プレミアリーグはアーセナルのほかにもリバプール、チェルシーがいて、その他のチームも保持はともかくプレスの強度は高く、必勝ラインの保持70%を維持するのが難しくなっている。

 おそらくグアルディオラ監督はこうした現状から、アーセナル戦後半のような撤退戦も想定しているのだろう。撤退戦においてGKに要求されるのは守備力だ。アーセナル戦でのドンナルンマはチームを救うセーブを連発した。ビルドアップは無理をせず、ロングボールをハーランドへ蹴る。GKからトップへのロングボールは、ハイプレスを仕掛ける相手に対しての模範解答のひとつだ。

 ルイス・エンリケとグアルディオラの志向するサッカーは同じだが、置かれているリーグの状況が違う。リーグアンで突出した一強であるPSGはビルドアップできるGKを重視し、熾烈な優勝争いのなかで幅広い戦い方が要求されるプレミアでシティは守備力の高いGKを求めたわけだ。

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