篠塚和典×岡田圭右 前編

 長らく巨人の主力として活躍した篠塚和典氏。スカウトは反対していたという巨人からのドラフト指名や長嶋茂雄氏にまつわるエピソードを振り返ってもらった。

(聞き手・お笑いコンビ「ますだおかだ」の岡田圭右さん)

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【巨人スカウトは反対していた篠塚の1位指名】

岡田圭右(以下、岡田) さあ、始まりました!「Sportiva ベースボールチャンネル」。今回のゲストは篠塚和典さんです。世代的に僕は高校時代にプレーを見てました。うちは関西なんですけど、テレビをつけると巨人戦が一番多かったんですよ。おかんが、なんでか知らんけど巨人ファンで。サンテレビでは阪神戦をやっているけど、巨人戦を見ていたんです。

 それで「誰が好きなん?」って聞いたら、「篠塚やねん」って。篠塚さんは男性の野球ファンも虜にするけど、大阪のおかんを虜にするくらい女性の野球ファンにも人気でした。しなやかな打撃フォーム、守備などの華麗さ、立ち姿、雰囲気が女性の心を掴んだんでしょうね。

篠塚和典(以下、篠塚) ありがたいです(笑)

岡田 あらためて聞いときます。篠塚さんが巨人に入ったのは何年ですか?

篠塚 1975年です。

岡田 高卒(銚子商/千葉県)で入団したんですよね。ちなみにドラフト何位で?

篠塚 1位ですね。

岡田  あらっ! 巨人のスカウトようやった! オリックスもそうやけど、名選手は案外、ドラフト3位とか下位に多かったりするんですよね。でも篠塚さんは、ちゃんとドラ1で入って期待どおりの選手になりましたね。

篠塚 よくやったって言いましたけど、スカウトはみんな反対したんですよ。

岡田 えっ? スカウトが反対したのに、誰が推してくれたんですか?

篠塚 長嶋(茂雄)さんです。「俺に任せろ」と。

岡田 ちょっと待ってください。長嶋さんがトレードとかそういう場面に出てくるのはわかるんですけど......。要するに、長嶋さんは高校とかアマチュアの選手を見ていたということですか?

篠塚 そういうことでしょうね。でも自分は、夏の甲子園で優勝したあと、高校2年の時に肋膜炎(ろくまくえん)を患ってしまって。それで入院して、3カ月静養していましたし、およそ半年間は何もできなかったんです。

【野球部の監督から突然「どの球団が好きなんだ?」】

岡田 いよいよ3年生になるという大事な時に病気をしたということもあって、球団のスカウトの方々は指名をやめておこうと?

篠塚 自分としても、体力的に病み上がりで回復するまでの不安がありましたし、社会人野球に進むことを決めていたんです。ただ、ドラフトの1週間くらい前に、斉藤一之監督(当時の銚子商野球部の監督)に呼ばれてちょっと話をしたんです。

岡田 でも、篠塚さんは社会人野球に進むと決めてたんですよね?

篠塚 はい。

でも、その時に斉藤監督から「どの球団が好きなんだ?」と聞かれたんです。「いきなり何の話かな?」と思いますよね。

岡田 急に監督から言われたらそうなりますよね。

篠塚 僕、阪神ファンだったんですよ(笑)。

岡田 変わってるわー(笑)。篠塚さんは千葉県生まれやし、さっきの話やないけど、その時代のテレビは巨人戦しかやってないでしょ。

篠塚 阪神の藤田平さんのバッティングを見て、「ああいう風に打ちたい」という思いで、中学校の頃に野球をやっていたんです。

岡田 藤田平さんといえば、クールな雰囲気で、渋い打ち方をしていた右投げ左打ちの名ショート。そのプレースタイルが好きで阪神ファンだったと?

篠塚 小さい頃から、いろいろな方向に打つのがものすごく楽しかったんです。藤田さんが逆方向(レフト)に打った時の打ち方が「きれいだな」と。その影響もあってか、確かにテレビは巨人がメインで放送されていましたが、巨人対阪神戦くらいしか見ませんでした。

岡田 なるほど。

自分の好きな藤田さんが試合に出ている姿をテレビにかぶりついて見ていたんですね?

篠塚 そうですね。あと、長嶋さんと王貞治さんは、もう別格ですよ!

岡田 まぁ、当然そうでしょうね。ほんで、阪神が好きだと言ったあとに別の球団名も言ったんですか?

篠塚 中日って言ったんです。

岡田 えっ? いろんなところが好きだったんですか(笑)。僕はオリックスファンひと筋やから、「オリックスの次は西武が好き」とか言われへんよ 。

篠塚 どこかの球団ひと筋ということはなかったですから。

岡田 中日にも好きな選手がいたんですか?

篠塚 土屋正勝さん(銚子商の1学年上のエース)が中日に入団していたので、ちょっと意識しますよね。阪神、中日ときて、3番目が巨人でした。

【家族、周囲の反応は?】

岡田 巨人が3番目!? 監督から好きな球団を聞かれて、阪神、中日、巨人が好きですという会話があって......。

篠塚 そういう会話をしていたら、「実は巨人から話がきているんだ」と。ただ、喜べなかったんですよね。練習も当時、流行していた漫画『巨人の星』のようなキツいイメージがあったので。

病気のこともあって体力面で不安がありましたし、まさかドラフト1位での指名を考えているとは思わないじゃないですか。

岡田 社会人野球に進むことが決まっていたのに、天下の巨人から声がかかったと。

篠塚 周りの人たちは「巨人から話がきてるんだから行ったほうがいいんじゃないか」となりましたね。

岡田 ちなみに、スカウトの方が学校に来たり、篠塚さんに直接コンタクトするようなことはなかったんですか?

篠塚 ないですね。以前は来ていましたけど、ドラフトが近づくにつれて離れていきました。

岡田 指名すると事前に言われていても、ほんまに指名されるんかとういう不安もありますよね。その1週間、篠塚少年の心はかなり揺れ動いたでしょう。ちなみに、ご家族の意見は?

篠塚 「行ったほうがいいんじゃないの」という感じでした。

岡田 ご家族に最初に話した時はどんな反応でした?

篠塚 親父やお袋、兄貴からも、「自分の考えで決めなさい」と言われました。

岡田 そう言いながらも、最終的にはお父様が「巨人へ行け」と?

篠塚 巨人ファンですから。

岡田 千葉県だったら、やっぱり長嶋さんのファンであり、巨人ファンですよね。

篠塚 そうですね。

ユニフォームの背番号は、王さんがつけていた1番か長嶋さんがつけていた3番をみんながつけたがりましたし、銭湯に行けばロッカーは1番か3番でしたからね。

岡田 そうやって周りの意見も聞きながら、いよいよドラフト当日を迎えるわけですね。

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(中編:篠塚和典が語る、2009年のWBCをともに戦った原辰徳イチロー 現役時代の秘話も>>)

【プロフィール】

■篠塚和典(しのづか・かずのり)

1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年~2003年、2006年~2010年と1軍打撃コーチ、1軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。

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