福井工業大野球部を支える指導者たち 後編

(前編:元カープ新人王投手が、大学のコーチとして向き合う学生指導の難しさ 現役時代とのギャップにも「日々勉強です」>>)

【伸びる選手の特徴】

 昨年の全日本大学野球選手権で、福井工業大はノーシードから準優勝を果たした。昨季までヘッドコーチを務めた黒坂洋介氏は今季、監督に就任。今春の北陸大学野球春季リーグ1部では8連勝を記録するなど、全国制覇に向けて視界良好に思えたが......。

最後に金沢学院大に連敗し、全国出場を逃すことになった。

「相手チームは伸び伸び、ハツラツとプレーしていましたが、僕らは『勝たなければならない』というプレッシャーのなかで、従来のパフォーマンスが発揮できなかった。僕が大胆な采配を振るって、局面を打開してもよかったのかなと感じます」

ノムさんの教えを胸に福井工業大を指揮 黒坂洋介監督が着手した...の画像はこちら >>

 毎年、全国大会進出の切符をかけて戦ってきた金沢学院大に対し、2連戦の初戦は9回表終了時点で6-1とリードしながら、その裏に5点差を追いつかれ、タイブレークの末に敗戦。第2戦は2点ビハインドから8、9回に1点ずつ得点して同点に追いついたものの、やはりタイブレークで敗れた。その2連敗について、指揮官は唇を噛んだ。

 1975年生まれの黒坂氏は、駒澤大を卒業後、社会人野球のシダックスに入社。引退後の2005年からは母校・昌平高校(2007年までは東和大附属昌平高校)の監督に就任し、ブランクを挟みつつ、計11年間に渡って同校を指揮。チームを県内屈指の強豪校に鍛え上げ、プロ選手も輩出した。

「伸びる選手の特徴は、とにかく素直な心を持っていること。頑固さや意志の強さも必要ですが、根本に素直さがなければ、何をやってもさほど実力は伸ばせないと思うんですよ。確かに、劣等感や反骨精神を力に変えさせる指導者もいますが、僕はそれが苦手で。もしかしたら、自分の弱点なのかもしれませんね」

 そんな指導の背景にあるのは、2002年の秋にシダックスの監督に就任し、3年間ともに戦った野村克也氏だ。

【学びが多かった野村克也の言葉】

 黒坂氏が野村氏と出会ったのは、社会人野球では「ベテラン」と呼ばれる年齢に差し掛かった27歳の時。当時のチームでは試合終盤の守備固めや代走が主な役割で、「ベンチで自身の出番を待つ時間が長かった」という。そこで黒坂氏は野村監督のそばに座り、"ボヤキ"に耳を傾けて教養を深めた。

「野村さんは、これまで漠然と理解していた物事を的確な言葉や文章で示してくれました。野球に限らず人生哲学なども学ばせていただきましたし、状況に応じたプレーをする習慣も身についたと思います」

ノムさんの教えを胸に福井工業大を指揮 黒坂洋介監督が着手したチーム改革と、全国制覇のために「足りないもの」
シダックス監督時代の野村氏 photo by Sankei Visual

 野村氏と過ごした日々をそう振り返る黒坂氏は、野村氏の言葉について、こう続ける。

「打席に立った時のボールカウントは全部で12種類あり、カウントごとに投手と打者の力関係が変わる、といったことですかね。守備につく時には、気候や天候、環境によって守備位置を変えるのは当然で、対戦する打者やイニング、点差など試合状況に応じて守備位置を決めるとか。

 野球以外でも、『謙虚に生きることが大切。謙虚とは、相手より一段自分を低く見て、接することだぞ』などと、わかりやすい言葉で伝えてくださいました。おかげで物事の理解が深まったような感覚がありました」

 野村氏の教えを胸に母校の昌平高校を強豪に育てた黒坂氏が、福井工業大のコーチに招かれたのは、チームが全日本大学野球選手権を控えた2024年6月のことだった。

「顔を合わせるたびに部員たちが気持ちのいい挨拶をしてくれて、長年培われてきた伝統や礼儀を大切にしている点がすばらしかった。正直に言うと、選手個人の能力はさほど高くなかったかもしれません。それでも、選手たちが練習で見せる機敏な動きを見て、全国大会常連校のチーム力の高さに驚かされました」

【監督就任後のチーム改革】

 2024年の全日本大学野球選手権は、中西聖輝(中日)、西川史礁(ロッテ)らを擁する青山学院大に力の差を見せつけられて2回戦敗退に終わった。しかし翌年は、3年生を主体とするチームだったものの、ノーシードからトーナメントを勝ち上がり、大学としては4年ぶりの決勝進出。

7年ぶりに王座奪還を目指す東北福祉大と対戦した。

 その決勝では、東北福祉大の先発・櫻井頼之介(中日)の前に打線が沈黙。投手陣も序盤から失点を重ね、1-8で敗れた。

「昨季、全国制覇に届かなかったのは、 『"心の体力"が足りなかったからではないか』と思っていて。不慣れな環境で5試合を戦うのは、想像以上にしんどかったですし、僅差の試合が続いた反動が出てしまったのかなと感じます」

 そして今年2月には、広島、阪神で活躍した町田公二郎監督(現・専修大監督)に代わり、黒坂氏がヘッドコーチから監督に就任した。

「機動力を生かして果敢に先の塁を狙ったり、サインプレーを取り入れた攻めの姿勢を見せられるような守備を取り入れたりして、動きのある野球を目指していきたい」

 悲願の全国制覇に向けてそう意欲を見せた新指揮官は、前年の躍進を支えた3年生が最高学年となり、成熟期を迎えたチームのさらなる改革に着手した。

「どうしても立地面でのハンデはあるので、関東の強豪大学に入るような選手の獲得はなかなか難しいのが実情」としつつも、高校野球で培った人脈を生かしつつ、各地をくまなく回る地道なスカウティングで有望選手の獲得に奔走。専大松戸で主軸を担った土田悠翔や、地元の敦賀気比高校で春夏連続甲子園に出場した小林拓斗らをチームに招き入れた。

「実質2年半で選手を育てないといけない高校野球よりも時間的な余裕がありますし、選手の大半は成人していて生活について細かく指摘するような場面もそんなに多くない。じっくりチーム作りに取り組める環境が整っていて、大学野球には高校生の指導とは異なる魅力があると感じています」

【ライバルに敗戦でメラメラ】

 そう語る指揮官の指導を選手たちも真摯に受け止め、日々レベルアップに励んでいる。チームの主将を務める山田久敬(4年)も、手応えを次のように語った。

「昨年、決勝で対戦した櫻井投手は、とにかくコントロールがよくて、甘いボールもほとんどありませんでした。

高いレベルの投手を打ち崩すために、数少ない制球ミスをどのように仕留めるか。試合で活躍することを考えながら、日々練習に取り組みました」

 チームは春のリーグ戦開幕前に遠征し、練習試合では15勝3敗と確かな実力を示した。

「厳しい入れ替え戦のある東都大学リーグや、有力な選手が揃う東京六大学リーグを制したチームと一発勝負で当たることを考えて、戦術を磨いていかなければいけないと考えていました」(黒坂監督?)

 そうして新たなシーズンに臨んだ福井工業大は、北陸大学リーグで順調に勝ち星を重ねたものの金沢学院大の後塵を拝し、全国の舞台に舞い戻ることはできなかった。

「僕自身、反省点がたくさんありますし、あらためて振り返ってみると、『どこか覚悟が足りなかったのかな』と感じることもあります。心の奥にメラメラと燃え上がるような感情が芽生えたような気がするんです」

 秋季リーグ戦を制し、悲願の日本一を獲るために。名将の挑戦はまだまだ始まったばかりだ。

<取材協力/秋山高志>

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