この記事をまとめると
■旭川電気軌道が60年前に製造された3軸大型路線バスをレストア■44年ぶりに公道復帰を果たした
■三菱日本重工業製「MR430」ついて詳しく解説する
「MR430」が44年ぶりに公道復帰を果たした
北海道旭川市にある旭川電気軌道が60年前に製造された国内初の3軸大型路線バスをレストアし、公道走行可能な状態としたことで話題を集めた。このバスは三菱日本重工業(現:三菱ふそうトラック・バス)製の「MR430」と呼ばれる路線用のバスで、1960年代の高度成長期の輸送需要に応える為に1963年に登場した。今回レストアされた個体は1963年に旧旭川バスが導入し、1978年で廃車となったもの。
その後、場所を転々としつつ保管されていた廃車体を譲り受け、旭川電気軌道が創立100周年を迎えることから記念事業の一環として走行可能状態までレストアした。2021年6月にスタートしたレストアは、廃番部品の調達をはじめ、床板、外板、骨組みに至るまで各部の腐食部分の補修から、一部新規製作された部品まで、じつに困難を極めたそうだ。レストアの様子はSNSを中心に多くのバスファンから注目を集め、今年9月に見事車検を取得し廃車から44年ぶりに公道復帰を果たしたのだ。
公道復帰までに支援協力した企業は15社。整備に携わった延べ人数は約1000人。レストアにかかった時間は1日8時間計算で約8000時間。そしてレストアにかかった費用は観光庁の「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業 交通連携型」による助成を受け、旭川電気軌道の整備関連会社「旭川オートサービス」の手により整備され2,800万円で購入したそうだ。
今回レストアされたMR430の最大の特徴はなんといっても前輪2軸、後輪1軸という3軸構成である点。当時は三菱製トラックでも前2軸のものは存在せず、じつは「MR430」が初の前2軸車だ。のちにタンクローリーなど狭い場所でのニーズに応えた前2軸の3軸貨物自動車は登場するが、バスにおいては1982年に日産ディーゼル(現:UDトラックス)が前1軸、後2軸の3軸バスを登場させているが、前2軸となると国産では「FUKUOKA OPEN TOP BUS」で使用されている日野製完全オーダーメイドの4軸バスくらいしか存在しない。このFUKUOKA OPEN TOP BUSについても、基本は大型4軸低床トラックである日野 プロフィアのエアサス仕様がベースであり、あくまでトラックという事を考えると、純国産の前2軸バスは「MR430」くらいしか存在しないといえるだろう。

また、9280kgという車重を2軸の操舵輪で操作するため、なんとパワーステアリングが装備されていることにも驚く。
レストアされた「MR430」は見学が可能!
この「MR430」は軸数以外にも、路線用としては驚異的なサイズも特徴だ。三菱トラック・バス製の現行型路線車である「エアロスター」と比較すると、全幅こそ全く同一の2490mmだが、全長はエアロスターでもっとも長い都市型路線用ワンステップ車(MP35FP)で11450mmであるのに対し、MR430は11985mmとほぼ12mという長さにも驚かされる。ちなみに、一般的な路線バスの多くは全長が11m前後だ。また、前2軸のデメリットもあり、最小回転半径は11.8mもあり、現行型の全長11mクラスのエアロスターが最小回転半径9.8m、全長12mクラスの観光型であるエアロクイーンは9.5mと扱いやすい最小回転半径が時代を感じる部分だ。
この巨大なサイズをもっとも感じるのが乗車定員だ。前述のエアロスター(MP35FPF 都市型ワンステップ 中扉4枚折戸仕様)が座席:33人+立席:52人+乗務員:1人の86人乗り。一方のMR430は座席:46人+立席:62人+乗務員:2人の110名!まさに大量輸送向けの仕様であることがうかがえる。(レストア時に貸切車登録へ変更となったため、現在は立席なしの45人乗り)また、当時の旭川電気軌道では乗務員は1人のワンマン運行だったが、車掌用の機器を搭載したツーマン対応となっていた部分も時代を感じる。

車体は「MR430」に限らず、この時代のバスは外板を骨組みにリベット留めとするモノコック構造が特徴。現代のバスはリベットを使用しないスケルトン構造と呼ばれるもので、1970年代後半から登場した構造。そのため、現代のバスと比べると「MR430」は非常に無骨な印象だ。バスのボディは乗用車と異なり、シャシーメーカーとボディメーカーが異なることがほとんどで、同一の車型でも異なるメーカーが製造している場合があるのも面白い。
「MR430」はシャシーメーカーが三菱だが、ボディは呉羽自動車工業(現:三菱ふそうバス製造)と、富士重工業(現:SUBARU)の2社によって製造。1963年から65年の間に2社合わせてわずか14台という販売台数はかなりのレアモデルといえる。とくに呉羽製はこのうちのたったの3台で、いずれも旭川バス(現:旭川電気軌道)が導入した。ちなみに富士重工製は国鉄(現:JRバス)と名古屋鉄道が導入したそうだ。

パワーユニットはDB34型 8.5リッター直列6気筒ディーゼルターボエンジンを搭載。当時公開されていたスペックは最高出力220馬力/2300rpm、最大トルク72m・kg/1,800rpmとなっていた。ちなみにこれまで比較対象で紹介してきたエアロスターは6M60型 7.5リッター直列6気筒4バルブSOHCディーゼルターボエンジンで、スペックは最高出力 270馬力/2500rpm、最大トルク80kgf-m/1100-2400とスペック上は大きく異ならないように感じる。
ただし、現代のモデルは環境に配慮し排ガス規制に適合したダウサイジングされた結果であり、一時は路線用エアロスターに6M70 13リッター直列6気筒 ディーゼルエンジンが搭載された歴史もあり、スペックは320馬力という高出力モデルも存在した。つまり、60年前と現代では、スペックは大きく変わらないものの、環境性能と省燃費を高次元で両立し、比較にならないほどクリーンなパワーユニットとなっている。

トランスミッションはシンクロなしの5速MT。こちらもエア式間接駆動のフィンガーシフトMTや機械式ATなどを経て、現行エアロスターではトルコン式6速ATとなっている。フロアから伸びたロッド式のシフトレバーに加え、変速にコツがいるシンクロ無しのトランスミッションと比べると、現行車のATは乗務員の疲労を軽減し、乗客の快適性や環境性能までも向上させるなど、60年前とは驚異的な進化といえるだろう。
バスといえば公共交通機関で多くの人が触れる乗り物。普段はさほど気に留めることのないクルマながら、こうして時の流れを見るとバスも大きく進化し、それを取り巻く環境や需要も大きく変化していることを感じる。
今回紹介した旭川電気軌道の「MR430」は公道走行可能状態ながら、レストアに携わった人によれば「走らせたらどこかが壊れる」と言われるほどデリケートな状態。それゆえにイベントなどを除き、基本的には走行せず、北海道旭川市東旭川町にある旭川電気軌道共栄バスセンターに隣接される、バリアフリー研修施設に格納されている。それでも美しく復元されたレアなバスは、見学可能エリアから窓越しに見ることが可能。見学料は無料で9:00~17:00の間で見ることができる。旭川を訪れた際は是非見ておきたい!