この記事をまとめると
■バンコクではコロナ禍前とそれ以降で町を走っているクルマがさま変わりした■アジア圏では中国の電気自動車がシェアを伸ばしつつある
■日本でも中国製の安価なBEVの展開が始まると国産車の脅威となる可能性がある
たった数年で町を走るクルマがさま変わりした
2022年春にコロナ禍後初めてタイの首都バンコクを訪れた。
その時にコロナ禍前からどんなクルマが走っているのか定点観測している大通りの交差点にて、そこを走るクルマをウォッチしていると、日本でも人気の高いトヨタ・カローラクロスばかりが走っているという、ある種異常事態に遭遇した。
しかし、それよりも驚かされたのが中国メーカーのBEV(バッテリー電気自動車)の台頭である。
そして2023年春、再びバンコク市内でクルマウォッチングをしていると、相変わらず中国系BEVがよく走っているのだが、その様相が少々変わっていた。2022年秋に比亜迪(BYD)汽車がタイ市場への参入を発表。同年11月に日本でもお馴染みの「ATTO(以下アット)3」を発売すると、現地メディアの報道では発売1カ月で7000台を受注したとのこと。タイの新車販売市場が日本の2割程度と考えると、スマッシュヒットと言っていい状況といえる。そして、この販売状況が街角ウォッチングしただけでも伝わるほど、街なかにはアット3が溢れていた。「MGだけでなく、GWMのBEVがバンコク市内で目立ち始め、そしてBYDのアット3があっという間に街に溢れました。タイの人たちがこれほど躊躇なく中国メーカーのBEVを選んで乗るとは思っていませんでした」とは現地在住歴の長い業界事情通。

短期間でBYD車が目立つのだから、相当えげつない販売をしているのではないかと聞くと、中国メーカー以外でもBEVには手厚い補助金が出ているものの、そのほかに目立って囲い込みをはかろうとするようなBYD独自のインセンティブの連発などは目立っていないとのこと。単純に気に入ったり、納得して選んでいるように見えると事情通は語ってくれた。
事情通はさらにバンコクにおけるBEVは新しいフェーズに入ろうとしていると語ってくれた。「ZS EVやアット3を下まわる価格のローエンドBEVなどと表現される、中国製廉価BEVが注目されてきている」とのこと。
中国の電気自動車の勢いが止まらない
2022年秋に中国の合衆新能源汽車の哪吨(NETA)ブランドは、タイにて「NETA V」というコンパクトハッチバックタイプのローエンドBEVの予約受け付けを開始した。実際の車両価格は76万バーツ(約289万円)なのだが、現地報道では予約に限っては54.9万バーツ(約209万円)で販売したとのこと。そして2024年からはタイにて現地生産を開始予定となっている。

「NETA V」は全長4070×全幅1690mmで95馬力/150Nmの電動モーターを搭載するFFモデルとなる。最高速度は101km/hながら、航続距離は384kmとなっている。けっしてハイスペックとはいえないものの、MG「ZS EV」やBYD「アット3」のタイでの車両価格より200万円近く安くなっている。「タイ人の知り合いが通勤用にと複数保有でNETA Vを購入したので、どうなのか聞くと『通勤用というか、街乗りとして割り切れば不満はない』とのことでした」(事情通)。
2022年に開催された第43回バンコク国際モーターショー会場内のNETAブースでは、中国での「45万円BEV」として話題となった、上海通用五菱汽車の宏光のようなマイクロBEV系のモデルを展示したのだが、今回はより実用的ともいえる「NETA V」をメインに展示して存在感を見せていて驚かされた。

GWMのORAもコンパクトハッチバックBEVとなるのだが、こちらはローエンドBEVというわけではなく、MG「ZS EV」やBYD「アット3」より価格は高めとなっており、富裕層のおもに令嬢向けのセカンドカーやサードカーなどへ向けたニーズを狙っているように見える。
そして「NETA V」に続けとばかりではないが、2023年春、つまり今年春に開催された第44回バンコク国際モーターショー会場内でのプレスカンファレンスで、BYDは日本でも導入予定のドルフィンをタイ市場において正式デビューさせた。

ちなみにタイ市場における新車価格は全般的に高めとなっているとのこと。それも考慮すれば、BYDドルフィンの日本国内での販売価格は300万円を切る可能性が高まってきている。つまり、日産「サクラ」を射程距離においているのである。サクラの販売は好調だが、これはけっして「軽自動車だから」というニーズが高いというわけではない。
日本でBEVを購入しようとなれば、ほぼほぼ欧州やアメリカ(テスラ)のBEVがおもな検討対象となるが、そこでは車両価格がネックとなってくる。「もう少し手軽に乗れるBEVはないかな」というなかでサクラが選ばれることも多いので、「軽自動車規格BEVにはこだわらないがお手軽価格のBEVはないか」と考えている新たな購買層を獲得する可能性は高い。

タイで日系メーカーのHEV(ハイブリッド車)に近い車両価格のBEVがよく売れるだけでなく、さらに価格の安いローエンドBEVにおいてもすでに中国メーカーは主導権を握ろうとしてきている。これらのカテゴリーでは中国車がファーストペンギンといっていい立場になりつつある。そのなかで日系メーカーはどう攻めていくだろうか。筆者が訪れている東南アジアの国々では、一般大衆レベルでは日本ほど中国アレルギーがあるとは感じられない。